デモンズ・ランド・コンクエスト ――魔王育成学校へようこそ――

破亜々 憂生

プロローグ

第1話 ランド・コンクエスト

 店へ入って来た筋骨隆々の男は見るからに厳しい顔をしていた。男は店内に俺を見つけてにかっと歯を見せ、破顔する。


「レク。いつもの頼む」


 風体に見合った大きな枯れ声がカウンターの向こうにまではっきり届いた。


「はいよ、ホムライスね」


 近くにある鍛冶屋の店長にして職人――通称、親方が『いつもの』と言えばホムライスのことだ。炎のように赤く、火を吹くほど辛いライスに柔らかい卵焼きとチーズをたっぷり乗せた料理。もともとは俺の前世の世界で食べられていたかなり庶民的な料理の一つだ。子供が大好きなイメージだけど、ゴリゴリの渋い叔父さんの一番のお気に入りなんだから面白い。

 鉄板に刻まれた魔法陣に火を点ける。指先に灯した魔法の火種を魔法陣に移すと黄緑色の緩い炎が花開いた。

 フライパンを乗せ、油をさっと入れる。

 刻んだタマネギを入れ、次にご飯を投入――。それからトマトと大量の唐辛子を入れて真っ赤に仕上げる。

 皿に綺麗に丸く盛り上げて、空いたフライパンでチーズを溶かし、とろけたのを上から注ぐ。最後にもう一度油を引き直し、ミルクと卵を混ぜた卵液をフライパンでガシャガシャやったのを被せて出来上がり。


「はい、召し上がれ」


「おう。ありがとな」


 親方は決まって入り口側の席に座る。と言うか、常連はみんな入って直ぐの席で屯する。カウンターの方へは滅多に来ない。

 俺が親方の席へホムライスを届けると、それで空いた俺の手へ、乱暴に代金を握らせた。支払い金は適当だ。ただ足りてないなんて事は恐らくなくて、小遣いでも渡すように硬貨を余計に寄越す。

 10ズッツ硬貨が全部で1、2、4……8。80ズッツ。そこらで食べられる豆のスープの四倍額。焼いただけのステーキの倍額だから、やっぱり多い。

 まあ、とやかくは言わない。子供の身分を活かして稼がせて貰っているんだから文句なんてない。

 ――大体、赤ん坊からやり直している時点で、もう子供扱いされるのがどうとか変なプライドもなければ、むしろ大多数の大人がそうであるように、恐らくは俺という人間も子供に戻りたいと思っていたんだろう。今は子供であることに得体の知れない優越感を持っている。

 受け取った金を一先ずはポケットに詰めた。

 後で店にも入れるけど、俺のランチメニューは値段が決まっているわけじゃないし、材料の原価についてもあまり知らない。相場は何となく知っているけど、それも毎日違うし、貰い物も多い。

 よく分からないから50ズッツを店長に渡すことにしよう。30はそのまま懐へ……。


「おうし。やっぱ昼はホムライスだぜ」


 親方は大きなスプーンを真っ直ぐ突き立てて、表層の卵とチーズを断つ。いくらかぐりぐりやって、ごっそり米ごと掬い上げる。俺がホムライスを開発してしばらく――その味を大層気に入った親方が作ってくれたホムライス専用スプーンは、何というか視力検査で目を温めるための黒いアレみたいだ。


 ところで、何故目を温めるんだっけか。

 試しに右手を右目に置いてみる。……じんわり暖かくて、確かに調子は上がりそうだった。


「おい、レク。ひと段落ついたろう? おれと代わってくれよ」


 手を外し、誰だ? ――と店内を一瞥する。

 俺に向かって挙げた手を振る若い男がいる。そいつは食べた後も長々と店に屯するうちの一人、医者の男だった。町に二つある病院の中でも小さい方の先生。だから通称も先生。最近結婚したらしいけど、今日も仕事をサボって店へ来ている。むしろ、何かあったら患者の連れが血相を変えてうちの店へ来る。

 先生の好物はトウ汁。豆の乳と肉と各種根菜を煮込んだ汁物で、本当だったら手軽な料理のはずなんだけど、こっちじゃ豆を潰して溶かさないといけないから手間が掛かって良くない。美味しいんだけどさ。


「代わるって何を?」


 取り敢えず、俺は手招きする先生の元へ向かう。先生はテーブルに置かれるボードをトントンと忌々しそうに指先で叩き、疲れたように微笑む。


「ああー」


 いつものか。常連客たちがやっているのはクレイガリア唯一の娯楽と言っていいボードゲームのランド・コンクエストだった。ランドとだけ言われることもあるし、コンクエストの方だけのパターンもある。でも聞き馴染みがいいのは後者の方だ。


 領土を表す『ランド』と信奉者を表す『フォロワー』。それを限られたマス目に配置して行く。自分が魔王になったつもりで『フォロワー』を率い、盤上に『ランド』を広げて支配域を獲得して行くボードゲーム。ボードのマス目は3×5で、両端のベース拠点から侵略をスタートする。


 俺は今まで何度も付き合ったことがある。でも、もう今はあんまり好きじゃない。ゲーム自体は面白い。何せ唯一の娯楽だし。けれど、もう付き合わされた数が多過ぎて、別にやりたいとも思わない。

 ――確かに、楽しくなって滅茶苦茶にせがみはした。子供だったんだ。小さな頃は肉体年齢に精神年齢がかなり引っ張られていたと思う。けど、それでも俺は転生者だから。前世にプラスで14年生きているわけで、心の中はオジサンかもしれない。オジサンの知恵と子供の吸収率バフで俺は見る見る上達し、負け無しになった。

 それもあって、今は料理してる方が楽しい。


「頼むよ。おれの負け分を取り返してくれ」


 いかにも嫌そうな顔をしていたんだろう、先生は席を立って俺の背中へ回り込み、肩を揉む。10歳くらい年上なのに、この人にはプライドがないんだろうか。いや、色んな人間を診ているから扱いは心得ているのかも。

 肩周りが楽になっていく――。


「けど、誰に負けたんすか?」


 イマイチ釈然としないのは、先生は間違っても弱くない。医者なんていかにも頭の良さそうな仕事に就けるんだから、ここが異世界とは言えやっぱり頭がよく回る。

 常連連中でもこれまたやはり勝者の側にいて、だからこそ負けず嫌いのオジサン達に付き合わされて、それが板について仕事をサボるようになった。

 まあ、そもそもクレイガリアの人たちはあんまり働かないから、先生も収まるところへ収まっただけだけど。


「レクこっちだ。この人だよ、この人!」


 また別の常連が声を上げる。みんな酒も飲んでいないのに馬鹿みたいに大きな声を出す。そういう雰囲気の店だからもう仕方ない。

 とにかく。見れば、常連の中に見るからに怪しそうな爺さんが居た。禿頭に長い髭。70近いんじゃないだろうか。背中はやや反っていて、骨と皮みたいな腕がボロのローブから覗いていた。

 キッチンはカウンター席を挟んで客席が見える造りになっているけど、その爺さんの存在に俺は今し方気が付いた。言われるまで気付かないくらいには気配がなかった。


 そもそも、注文もしてないんじゃないか?


「おお。次は若いシェフさんが相手かい?」


 爺さんはくつくつと不気味に笑っている。


「……まあ、じゃあ」


 俺は爺さんの向かいの席へ着いた。断るのが忍びなかったし、俺と爺さんの対決を是非見物しようという周りの雰囲気がやらないなんて許してくれそうになかった。



◇ ◇ ◇

 

【ランド・コンクエストについて少しだけ】

 我ながら分かり難いと思ったので、作中に登場するオリジナルカード(ボード)ゲームについて、少しだけ解説します。

 ランド・コンクエストの基本ボードとマス目は次のような感じです。

 

    [][][][][]

 【】∈ [][][][][]∋【】

    [][][][][]


 【】はベースと言って、ランドカードを設置できない各プレイヤーの陣地になります。それ以外の[]は空きマスで、各プレイヤーはここにランドカードを置きます。

 ただし、ランドカードはベースもしくは既に設置した他の自分ランドカードに隣接する形でしか置けません。また、設置したランドがベースと繋がる数が、このゲームにおけるコストになります。

 つまり――。


    [][]《》〈〉[]

 【】∈ 《》《》《》[][]∋【】

    [][]〈〉〈〉〈〉


 例えば。このような状況では、《》のランドを設置する側が4。〈〉のランドを設置する側が3のベースランク(ランクとはデュフフ・マフフーズやマフッフ・ザ・ギャフフングやフホウ・ハースなどなど、様々なのカードゲームに登場するコストに相当するもの)を持っています。

 ※ベースは便宜上、中央にありますが真横の列にある3マス全てと隣接しています。


 また、ランドにはそれぞれコストとランドランクがあります。コストはベースランクを参照するもので、前述した設置の条件以外に、コストがベースランク以下のものしか設置できません。またランドランクはランドカードの持つランク(コストに相当するもの)になります。

 フォロワーについては召喚するために必要なコストがあり、その他に攻撃力、体力、行動力の3つの基本ステータスを持っています。

 ですので、召喚はベースでも(ベースランク参照)設置したランドでも(各ランドのランドランク参照)出来ます。

 攻撃力はそのまま攻撃した場合に与えるダメージであり、体力はダメージを受けられる数を表します。行動力は各フォロワーの1ターンに取れる行動の数を合わしていて、行動力を1消費すると、1マスの移動、もしくは1マス先にいる敵への攻撃(移動)が出来ます。


 このゲームの基本的な勝利条件は2つです。

 1つ目。相手ベースまで自分フォロワーを到達させること。

 2つ目。敵よりも多い数のランドを保有してゲームセットを迎える事。

 ゲームセットの基準は山札の有無で決定され、山札がなくなり、ボード上の状況が変化しなくなった時点で終了です。


 ゲームの進め方としては、先ずランドを展開し、その上にフォロワーを乗せるようにします。しかし、フォロワーを展開する一番の目的は相手ランドを占領することです。

 相手のランドを自分のランドで張り替えることが可能です。

 その場合は、相手ランドが設置されているマスを自分フォロワーによって占領する必要があります。占領できると、即座にランドを張り替えられます。

 もしも、相手ランド上に相手フォロワーが存在している時、自分はフォロワーを相手フォロワーに向け移動させ、相手と同一マスに乗って戦闘を行います。勝てば自分がそのマスに残り、負ければ自分は破壊され、相打ちになれば両者共にマスから消えます。ですので、相手マスを占領するには戦闘で勝つ事が必須になります。

 また、フォロワーの乗っていないランドは簡単に占領できる(占領される)ので、ランドを展開することも大切ですが、フォロワーも非常に大切です。


 以上がランド・コンクエストについて、ざっくりの説明です。小説内に度々登場すると思いますが、物語の最初から最後までずっとカードゲームをするわけではありませんので、ルールは覚えてなくとも結構です。何となく、雰囲気を知っていただけるとそれで十分です。

 むしろ、オリジナルのゲームを登場させるに当たり、僕がリアルな構造をこだわっただけなので、重要度は低いかもしれません。

 詳細なルールを決めたり、試しにカードの効果を決めたりして、実際に遊んでみるところまでは一応してみたので、詳しく知りたい奇特な方が居ましたらコメント下さい。

 近況ノートか何かで紹介すると思います。



◇ ◇ ◇

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