江崎高校狂騒曲

時計屋

高遠流人side

第1話「三白眼な2年生とうざ可愛い小犬の絆」

注意・暴力描写あり。

主に相手サイドメインですが、気になる人は注意してください。


一言で言って、雨宮里桜という少女に対して抱いた第一印象は最悪の一言だった。


だが、仕方ないとも思っている。

里桜の姉である小鈴とは、江崎高校に入学してからの付き合いだが、会って2ヶ月程で今の奇妙な関係になった。


付き合ってはいない。けれど互いの家に行き来して、お弁当を作り合って一緒に食べる。

休日にデートもしている。


さすがにキスや、身体に手を出したりはしてないないが、それなりに付き合ってる関係に近いのに、付き合ってはいない。

お互いに好きあってはいるが、くっつくつもりはない。

そんな歪な関係だ。

だからこそ、妹の里桜は俺を見て思ったのだろう。そして、言ったのだろう。


「アンタみたいなの、お姉ちゃんの側にいる居るとか、マジであり得ないんだけど。」


面と向かって言われた。

仕方ないと理解しているが、第一印象が最悪になるのはそれだけで十分ではある。

しかし、それだけだった。

むしろ、個人的な意見で言えば、俺は里桜個人は好ましいと思ってすらいる。


元々人相の悪い顔で、初対面の人間には大体怖がられるが、それすらなく、露骨に威嚇してくる里桜は本当に好感を持てた。


今の、会えば憎まれ口を叩き合いながらも喧嘩してど突き合い、お互いを尊重して、という関係になるのなんて一生無理だろうと思っていた。


なにせ、小鈴がどう思おうと、当初は里桜と仲良くするつもりすら無かった。

嫌がっているのなら、無理に仲良くなろうとする必要はないと。

実際、今の関係になったのも、その過程でなった訳ではない。


理由があっただけだったのだ。

最悪な、思い出しても忌々しい程の、最悪な理由が。


◆◆◆


一言で言って、お姉ちゃんの連れてきた男、高遠流人への第一印象は最悪、その一言だった。


正確に言えば、お姉ちゃんに話を聞いただけの、という意味ではあるけれど。

だって、その男はお姉ちゃんと殆ど付き合っているような体でいるのに、あくまで付き合ってない、そういう関係を貫いているのだ。


しかも、それに対してお姉ちゃんは文句すら言わずに、アタシが何か言っても。


「今はいいんだよ?私もそれを望んでいるんだもん。」


そう言うだけだったのが余計腹立たしかった。

これがちゃんと付き合っています、ならアタシはここまで感情を……たぶん見せない。

たしかにシスコンであるし、文句やお相手に突っかかるだろうが、それでもお姉ちゃんが幸せなら、そこまでは突っかからない。


しかし、その男は違うのだ。中途半端に寄っていって、そこから先に行かない。

だから初めて会った時に言ってしまった。


「アンタみたいなの、お姉ちゃんの側にいる居るとか、マジであり得ないんだけど。」


怒らせるつもりだった。怒るだろうと。

しかし、あの人は違ったのだった。

何も言わなかった。しかも、それはアタシを無視してとか、怒りとか、哀れみとかでもない。


「そう言われて仕方ない。」

と、口にはしなかったが、表情で語っていた。


そして、下手に仲良くしようとしなかった。

これも何も言わなかった時と同じ様な理由だ。


嫌われているのならば、取り繕って仲良くするなんて事をしてはいけないと、そういうタイプの物だった。


面では警戒心を隠そうともしなかったし意地悪をして、そのお陰で普段滅多に怒らないお姉ちゃんに一度、本気で怒られた事もあったけれど、アタシも今更どうやってこの人と仲良くすればいいのか、と困って仲良くしようとしなかった。


今の関係になったのは本当に奇跡の様な物だ。


理由があったんだ。


不愉快で、けれど心臓が痛くなる程、嬉しかった事が。




◆◆◆


まだ、アタシが中学3年生で、お姉ちゃんと流人先輩が2年生の時だった。


「ぐっ!?」


ある日、アタシは隣町の高校の1年生に暴行を受けていた。

場所もその高校だろう。不良の溜まり場で、生徒も手を焼いてると有名な学校だ。

こいつ等は知ってる。アタシの態度が気に入らないと、食ってかかっていた去年学校にいた先輩達だ。


「忘れようとおもったんだけどさ……やっぱりアンタむかつくんだよね。性格悪い癖に、良い子ちゃんぶって。」


だから何だ、と思った。

少なくとも、たしかに口は悪いがここまでされる覚えはない。

そう思って睨むと、気に入らなかったのかアタシの髪を掴んでそのまま持ち上げてきた。


「その目がムカつくんだよね?なんか見下してるみたいでさ。」

「あたり…前じゃん?実際、こんな事しかでき…ないアンタなんか、普通に生きてるその辺の誰よりも下、だし……っ」

「っの、クソガキが!!」

「うぐっ」


そのまま地面に叩きつけられた。

もの凄く痛いし、正直すごい怖いけど、それでも言わずにはいられなかった。

蹲っても立ち上がろうとするアタシが気に入らなかったのか、その女は隣りにいる男子達に一言言った。


「先輩、やっちゃっていいっすよ?こいつ上玉ではあるから、ひん剥けば結構良さそうだし。」

「みてえだな。ま、一回ヤれば大人しくなんだろ。」


想像はしていたが、やはり予想してた通りの展開になって、ゾクリとして身体が震えた。

逃げたいけど逃げられない。

コイツは見たことはないが、たぶん上級生か何かだろう。

ゴツくて不快な手が伸びてくる。

涙も引っ切り無しに溢れて来て、もう駄目だ……そう思った時だった。


「ぐぇ!?」


男に向けて何かが飛んできた。よく見ると人だ。

訳が分からなくて、たぶん飛んできたであろう方向を見やると、人が何人かいた。ただその内の1人は知ってる……いや、知らないかもしれない。

自分でも何を言ってるのか分からないと思う。

だって、その見たことがあるけど、無い人は……




◆◆◆


小鈴に里桜が攫われたと聞いた後、俺は中学からの付き合いの圭一に連絡した。

アイツなら、欲しい情報を持っていると踏んだからだ。

そして、それは当たった。


圭一は里桜の囚われている場所を正確に表した。隣町で悪い意味で有名な学校だった。

それに加えて、とある場所に廃材があって、それを登れば最短ルートかつ、安全ルートであるとも教えてくれた。

最後に応援を連れてくるから、無理をするな、とだけ告げて切られる。


そう言うところに、俺は圭一の良さを感じた。

止めても効かないのを知ってるから、アフターフォローはこちらに任せろ、そう言ってるのだ。


圭一の指定したポイントに着いて、塀をよじ登って、近寄らない様に警備していた男を何も出来ないくらいに殴り、引き摺って歩いていくと、探していた人物を見かけた。

ボロボロになり、いつもの元気さは何処かへ消え、ただただ怯えていた。


俺を本気で怒らせるのは、それで十分だった。

気を失って伸びてる、もう用済みとばかりに小鈴の妹へ手を伸ばしている男目掛けて投げつけて、見事に直撃した。


連中は何かを言っているが、どうでも良かった。

不思議と思考はクリアで、驚くほど冷静だった。

ただ、抑えきれない程の怒りと殺意が邪魔して仕方ないが……。


殴り倒した男が投げつけた相手が何か言いながらこちらに寄ってくる。


「なんだよ、お前?ここの生徒じゃねえよな、制服も違うけど。誰だよ、なあ?」


過剰なまでに染み付いた香水で顔を顰めたくなった。

しかし、それでも顔に出さず凪いだ瞳を相手にぶつける。


「……おい、無視すんじゃねえ、何か言え、よ………!?」


言い切る前に鳩尾に一発入れ、悶えて露わになった後頭部を掴んで一度引き上げて膝目掛けて振り下ろす。


「ぐ、が……!?」


そのまま無造作に地面に叩きつけ、鳩尾を踏みつける。


「さっき、言いかけたのは……何か言え、辺りか?」


「ひっ!?」


鼻血塗れの男がこちらを見上げて、短い悲鳴を上げた。

しかし、俺はそんな男の悲鳴など、どうでもいいので言葉を続ける。


「何か言うなら………そうだな。俺は今、どうしようもなく機嫌が悪い。」


再び鳩尾を踏みつけたあと、あえいでいる男の頭に近付いて一言。

感情の抜けた顔を見て、男は自分の終わりを悟ったかのような青ざめた顔で何か言っているが、聞いてもいない。


「それこそ……今目の前に転がってる、割った後の卵の殻以下のゴミを踏み砕くくらい、何も思わない程にな。」


自分でも驚くくらい、冷めた声を出すと、男は「す、すみ」と何か言いかけたがその頭を力を込めて踏みつけて黙らせる。

匂いもそうだったが、声もあまりにも不快だった。


顔を押さえて動けなくなったソレから、大事な人の妹に手を上げていた女を見る。

そいつはただ、俺が見ただけで青ざめてへたり込んで何かを喚いていた。


すると、脇に居た3人の内、2人がこちらに拳を振りかぶりながら走ってくるので、一人目の拳を軽く避けてから顎に一撃入れ放置し、その様を見て一瞬怯んだ男の股間を思い切り蹴り上げてやった。


あまりの痛みに悶絶してるソイツの後頭部を掴んで、先程顎に入れられフラフラしてる男の顔面に叩きつけた。


まだ動きそうだが、痛みと恐怖で戦意喪失したのか、もう襲ってくる気配は無いので奥に残ってる里桜と2人に歩み寄る。

里桜がこちらを見て、少しだけ青ざめた顔をしたので、少しばかり冷静になって心が傷んだ。


「動くな!!」


女は里桜の肩を抱く様にして捕まえ、首筋にナイフを突きつけた。


「コイツを助けたいなら、その場で止まれ!!」


そう言うので、俺は止まることにした。

それを確認して、女は脇に控えてる男と笑い合っている。

まあ、


「おい。」

「あ?何だよ…怖くて命乞いか?そんなものもうおそ…」


言い切る前に、女の手首に木刀が直撃した。


「いっ……あぁああっ!!?」

「頭上注意、と言いたいが…遅かったな!!」


手首を押さえてうずくまる女を見て視線を逸らした隙を逃がすまいと、俺は渾身の一撃を、残った男の横っ面に叩き込んで、男は吹っ飛んでいく。

往生際悪く、立ち上がったところで、男の首筋に木刀が滑り込む。


「動くな………言ってみたかったねえ、コレ。」

「淘太先輩……。」

「やっほー、淘太さんだよ。あ、あの子は心配しなくていいよ。折ってないし。さすがにいくらクソ野郎でも、女の子腕へし折ったなんて言ったら、父さんと母さんから一週間はお説教ものだよ。流人君は無事かな?」


「流人!」

「圭………。」


後ろでは圭一がスマホをちらつかせてこちらを見て微笑んでいる。

こういう時は、あまりよろしくないが後のことは心配しなくていい、という事だろう。

あとは……


「……ひっ。」


俺の目の前で、里桜を傷つけたコイツだけだ。

俺に怯えたのか、痛めた手を庇いながらどんどん後退っている。

構わず、距離を詰める。


「ち、ちょっと待ってよ!アンタ、誰か知らないけど…こいつがどういう女なのか分かってるの?!いい子ぶって、そのくせ―――」

「――だから?」


どうでもいい。一歩、距離を詰める。


「……っ、そもそも、アンタ何なんだよ!関係ないだろ!!アタシがこんなクソガキに何をしようと―――」

「耳障りだ、黙れ。」


意図的に怒りも不愉快さも隠そうともせず、その全てを言葉に乗せて相手に叩きつけた。

すこぶる効いたらしい。その場にへたり込んで怯えた表情で俺達を見上げていた。


「俺が首を突っ込む理由は単純だ。コイツが俺の大切な人の妹だからだ。守る理由はそれだけなんだよ。少なくともそんな大事なもんを傷つけた……今俺を見上げてる不愉快な女がここでどうなろうと知ったこと―――」

。………………その子が怖がってるよ。」


こちらに鋭い言葉が飛んできて止まる。

いつもの胡散臭い笑顔を消して、俺の放っている殺気と怒りをアッサリと切り裂く程の、冷たい刃物の鋭さの様な圧で俺を止め、あまり見せない類の優しい感情の籠もった声で里桜の事を教えてくれた。


言われて怒りがどんどん萎んでいき、自分を見上げる少女を見下ろした。

里桜はただ、どうすればいいのか分からない、そんな怯えというより戸惑いの顔で俺を見上げていた。


右手を思い切り、音が鳴るほどに握り込む。

それを見た女が何か怯えた目で見てくるが、もう興味はそこにない。

淘太も何をするか分かっているらしい。特に動く気配も無かった。


そうして俺は、その拳を思い切り自分の顔面に叩き込んだ。

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