MINA Project

@youreizou

第1話 Last Scene 1


 俺は今、電車の中で揺られていた。

昨晩から何度目になるか、スマートフォンを取り出して画面をタップする。


 開いたのはショートメッセージ……ほぼ家族か親しい友人からしか送られて来ないはずなのに、昨晩は驚くべき人物からメッセージが届いていた。


 その送り主は――――花村ニナ。

小学生からの幼馴染で、そして……俺の初恋の人だ。


 または、高嶺の花とも言える。


 彼女はずっと小さなころからアイドルを夢見ていて、ダンスや歌の練習をしていたのを間近で俺は見ていた。


「人前で踊る練習をしたいから、マナブくん手伝って!」


 そう言って彼女はよく個人レッスンに俺を付き合わせた。


 きらきらと輝く笑顔で歌い踊る彼女に、幼少期の俺……吉村マナブという少年が恋心を抱くのは当然のことであったように思える。


 しかし、その恋心は、相手に告げることもなく終わりを迎えた。

ただ漫然と、彼女の親しい友人というポジションに満足し、その先へと進むのを躊躇い続けた。


 やがて、必然的に互いの道は別れていった。

花村ニナは夢を叶え、いまやトップアイドルとしての人気と地位を手に入れた。

対する俺は、ただの単なる大学生……。


 今やニナと連絡を取ることもなく、齢20の若造にして過去の輝かしい青春に思いを馳せるような男になってしまった。


 もう一度、彼女に会いたい。

そんな願いは確実に胸中にあるものの、叶うわけが無いと断じていた。


 しかし、ある日――というか昨日の晩のこと、信じられないことが起こった。


 急に、花村ニナから連絡のメールが届いたのだ。

その内容は――。


『会いたい、ホームで』


 そして二通目には簡潔に時刻と駅名だけが書かれていた。

このショートメールを受け取ったのは昨日の夜10時のことだった。


 ……誰かのイタズラだという可能性は十分にある。

俺が花村ニナと親しかったことを知っていて、なおかつ俺の電話番号を知っている知人が、こういう悪質なイタズラを仕掛けているのかもしれない。


 というか、そうとしか思えないが……。


「俺って、バカだよな……」


 思わず、そう呟いてしまう。

なぜなら、いま俺は電車に乗り、目的の駅へと目指しているからだ。


 果たして、向かう先に居るのは、まんまと登場して俺を嘲笑う何者なのか、もしくは……本当に……。


 そうやって悶々としていると、車内アナウンスが響き渡り、その駅名はショートメールに書かれていたものと一致していることに俺はハッと気が付いた。


 思わず胸が高鳴る。

ゆっくりとホームへと入り込み、停止した電車の外へと俺は出た。


 そこには、俺を指差して笑う、悪戯を仕掛けた誰かが……居なかった。

そして花村ニナも……。


 彼女とはしばらく会ってないが、成長した今の姿は目にしている、主に画面越しで。

だから、一目見れば分かるのだが……駅のホームにはまばらにしか人が居ないわけだが、彼女の姿は無かった。


 トップアイドルらしく変装でもしてきているのかと、何人かの女性を注意して見てみるも、そもそもとしてサングラスやマスクなどをして顔を隠しているような女性は居なかった。


 スマホを起動して時刻を見る、約束の時間の数分前だ。

だったらあと数分……いや10分、いやいや遅れてくるかもしれないから30分は様子を見てみるか。


 そう思い、俺は何気なく、駅のホームから見える街の風景を眺めた。


 ――――その瞬間だった。


 凄まじい轟音と共に、視界が一瞬だけ白く染まる。

青い空に赤みがかかり、大きなキノコ雲が炎を孕んで立ち昇る。


「うわっ、うわああっ!!」


 何かが街のド真ん中で爆発した!

俺はつんのめりそうになりながら駆けだした。


「ううっ!?」


 熱波が俺の背中を打つ。

その感触に恐怖心が増幅する。


 瞬間、目に入った物体に俺は閃く。

それは駅の構内へと降りることのできる階段で、アーチ状の屋根がある。


 あれを盾にすれば爆風をしのげる!

そう思い、俺はその陰に隠れた。


「………………?」


 そうしてから一分たったぐらいか、来たるべき衝撃が来ないので俺は不審に思い、ちらりと物陰から顔を出す。

駅のホームには、しゃがみ込んだ数人かが怪訝な顔で辺りを見回していた。


「……なにも、ない?」


 爆発の起こった方向へと視線を向けると、そこには空を覆うほどに黒く大きなキノコ雲があった。


 あのキノコ雲の巨大さからみて、その衝撃波は俺の生命を脅かすに十分なものだと感じていたのだが……。


「マナブくん!?」


「えっ!?」


 背後から呼びかけられ振り返ると、そこには花村ニナが居た。

大きく丸い瞳が特徴的な、とても可愛らしい顔が、画面越しにではなく目の前にある。

やはりあのときよりも……ずっとずっと美人になっている。


 まるで別人のようだと思ってしまうほど彼女は美しくなった。

別にあの頃の面影が無いとは言わないが……ああ、髪型はあの頃と同じボブカットだな。


「はやく避難しなきゃ!」


「え? あ、ああ」


 ニナに手を引っ張られる。

たしかに、彼女に見とれている場合じゃないな。


 階段を足早に駆け降りると、駅の構内はちょっとしたパニックになっていた。

皆が慌てたように走ったり、そうでなくても小走りで出口へと向かっている。


 俺とニナも人と衝突しないように早歩きで駅の外へと出た。

そして爆発の方向へ背を向けるように歩道を進んでいくと……。


「おい! マナブじゃないか!?」


「え? あっ!」


 背後から名を呼ばれたので振り返ると、知った顔が居た。

ブルーのジーンズに白いシャツ一枚というシンプルな出で立ちに、肩までかかった長い茶髪の、同い年とは思えないほど幼い顔……ニナと同じくして小学生時代からの幼馴染で、今でも親交のある親友のアキラだった。


「とにかく乗れ!」


 アキラはそう言うと、路肩に停められていた自動車の運転席に乗り込んだ。

これ、こいつの車だったのか。


 言われるままに俺とニナは後部座席へと乗り込むと、すぐにアキラは車を発進させる。


「とりあえず、お前の家まで行くぞ。 ……ところで、その子は――ってニナか!?」


「久しぶりだね、アキラちゃん」


 驚くアキラに対して、ニナは柔らかに微笑んだ。


「おっ、よく俺がアキラだって気付いたな。 ずいぶん久しぶりなのに」


「だって、全然変わってないもん」


「そうかぁ?」


 いや、そうだろ。

はっきり言って、中学生のころから見た目があんまり変わってないぞ。

今のこいつに中学時代の制服を着せれば、悠々と学生料金で映画が見れるはず……と口に出さないのは、親しい仲にも礼儀ありというやつだ。


「しかし、何でニナがマナブと一緒に? 偶然か?」


「いや……」


 アキラの問いに俺が答えようとすると、ニナが先に答える。


「マナブくんと会う約束をしてたの」


「会う約束? どうして?」


「マナブくんに、会いたいって言われて……」


「――――えっ?」


 思わず俺はニナを見る。

彼女は俺の驚いた顔を見て、キョトンとしていた。


「ちょ、ちょっと待ってくれ。 ニナの方から会いたいってメールを送ってきたんじゃないか?」


「えっ? 私そんなの送ってないよ」


「いやいやいや! これを見てくれよ!」


 スマホを取り出し、ショートメールの欄を開く。

そして彼女から送られてきた文面を当人に見せつけた。


「ほらこれ」


「あっ……えっ? ちょっと貸して」


 俺の手からスマホを取ると、ニナはじーっと画面を見つめる。


「……本当だ。 でも待って」


 ニナは自分のスマホを取り出して、手早く操作したあと、画面を俺の眼前に掲げた。


「これ見て」


 それは同じくしてショートメールを開いた画面であり、そして……俺の名前があった。


『会いたい、ホームで』


 そして時刻と駅名だけが書かれた、計二通。

俺に送られてきた文面と全く一緒だ。


 もちろん、こんなものを送った記憶は、俺には無い。


「どういう、ことだ……?」


「おいおい、何が起きてんだ? 俺にも詳しく教えろよ」


 運転していてスマホの画面を見ていないアキラが詳細を聞いてくる。


「いや……なんというか、まったく同じ文で、会いたいってメールが来てるんだよ。 俺とニナに……俺は送った覚え無いし、もしかしてニナも?」


「うん……送信履歴を見てるけど、マナブくんに送ったメールは無いよ」


 そう言われて俺も送信履歴を見てみたが、ニナに送った形跡は無い。


「妙な話だな……まさかだけど、お前ら二人で俺にドッキリを仕掛けてるのか?」


「んなわけないだろ」


「ああ、だよな」


 アキラとは長い付き合いだが、そういうドッキリ染みたことはしたことがない。

俺がそんなひょうきんものじゃないことは、アキラにも分かっていることだろう。


「じゃあ、そうだな……誰かが、お前ら二人のスマホをこっそり操作してメールを送り、そして送信履歴を削除した、とかか?」


 アキラなりに、この妙な現象について推理を始める。


「……なんのために」


 素直にそんな言葉が出た。

そんなことをして誰にメリットがあるのというのだろうか?

あるとすれば…………俺、か?


 実際にニナに再会できたことは、かなり嬉しい。

だけど、もちろん俺が画策したという事実は無い。


 だとすれば、第三者が俺とニナの再会に手を貸したということになるが、それでどんな利を得られるというのだろうか?


 うーむ、考え込んでも解答に辿り着けないであろう謎だな……。


「ていうかさ、軽い気持ちで聞いたつもりが、かなり奇妙な話になったな」


「え?」


「いや、何でお前とニナが一緒に居るのかって、さ」


 ああ、切っ掛けはそうだったな。


「とりあえず、俺たちじゃどうしようもないし、その件は警察に相談したほうがいいぜ。 まぁ、この状況で取り合ってくれるかは怪しいけどな……」


「爆発のことか……」


 メールの件ですっかり頭の中から外れてしまっていた。

俺ってもしかしたら能天気なのかもしれん。


「あれはなんだ? どっかの研究所が爆発でもしたのかな?」


 とりあえず俺は、考えうる可能性について口に出してみた。


「なんの研究所だったら、あんな大爆発を起こせるんだよ。 反物質か何かか?」


「そうじゃないの」


 反物質がどんなものか知らない俺は、適当に言ってみる。


「俺も詳しくないけどよ、あんな大爆発が起きる可能性が万が一にでもある研究所なら人気の無い荒野とかに建てるんじゃないか? あんな市街地に、そういう研究所があったかなぁ?」


「たぶん、ないよ」


 ニナが俺たちの会話に口を挟んだ。

その声色は、心なしか暗いものだった。


「聞いたことないもん、あそこらへんに研究所があるなんて」


「え? そうなのか? どうして分かるんだ?」


「だってあそこ……私が住んでるところだもん」


「えっ、嘘だろ!?」


 びっくりしたアキラが続けざまに言う。


「じゃあ、もしかしたら、今日外出してなかったら……」


「うん、私は自分の家に居たと思う」


「まじか……じゃあむしろ、謎のメールで助かったってわけか?」


「えへへ、そうかも」


 はにかむニナを見て、俺も心が和やかになっていく。

しかし、ふと、気が付いた。


 仮に、あの謎のメールがニナを救うためのものだとしたら、それはつまり、爆発を知っていた人物の手によるものだというわけで……。


 ……それ以上、考えるのは止めた。

考えたところで俺には何も出来ないし、とりあえずメールの送り主がニナの味方である可能性が高いわけだし、この俺の推測は心の中に秘めておこう。


 ただの単なるイタズラの可能性だってあるわけだし……。


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