第9話 死屍累々

 車両に乗り込んでいるのは、もしリアルですれ違ったら思わず道を譲ってしまいそうな、頭に「ヤ」のつく職業を想起させる人相のよろしくない男達だった。


 着込んでいるのは、所々破損した戦闘服やボディーアーマー。

 手にするのは、これまた錆が浮いたりテープで補強されたりと整備状態のよくないスクラップ手前の粗末な銃器。

 そして目に宿すのは、欲と暴力に濁り湿った輝きを放つ眼光。


 モヒカンヘアーこそいなかったが、それ以外のヒャッハーな要素はほぼ満点で満たしていると言っていい男達は、サーティーンとセブン――特にセブンを見てニヤニヤと薄ら笑いを浮かべている。


 男達の露骨な視線に思わず鳥肌が立ったセブンは、ナノマシンによる体内通信でサーティーンに呼びかける。


『ねぇ。アレ見た目からしてもうアウトじゃない? もう撃っちゃってよくない? ってか、アタシを見る目がめっちゃキモいんですけど』

『人を見かけで判断するのは良くないぞセブン君。ああ見えて、実は善良な一般市民だったりしたらどうするよ』

本気マジで言ってる?』

『まあ、ここは社会人経験者に任せとけって。俺は元のリアルじゃバリバリの営業職、だったような気がしないでもない』

『記憶ないくせによく言うよ。まあ、とりあえず好きにして』


 セブンの許しを得て、サーティーンは努めて友好的な笑みを浮かべながら男達に歩み寄っていく。


「やあ、こんばんは。本日はお日柄もy「おい、ニイちゃん。テメェ、ここらで天恵を見なかったか?」」


 社会人の常識として、まずは挨拶を交わそうとしたサーティーンを濁声が遮った。


 声の上がった方を見ると、男達の頭目と思しきむさ苦しい髭面の男が、後輪二輪式トライクの後部座席でふんぞり返っている。


 『Neo Eden』では聞いたことのない『天恵』なるワードに、サーティーンとセブンは思わず顔を見合わせた。


「は? てんけ……? なんて?」

「すっとぼけんな。天恵だよ天恵。ここら辺りに落ちたはずだぜ。どうせお前らも、それ目当てでこんな所にいるんだろう? もしもう見つけてるってんなら、隠し立てしねぇでとっとと吐きな。さもねえと、その間抜け面に風穴が開くことになるぜ」


 頭目はそう言うや否や、腰のホルスターからスコープ付きのロングバレルリボルバーを引き抜き、銃口を向けてきた。


「ちょいちょいちょいッ。穏やかじゃないねぇ。そう言われても、こっちも色々と訳ありなんだ。なんせついさっき起きたばっかで、ここら辺の常識とか全然知らねぇんだってばよ。だからその、なんだ? 天恵? とか言われても何の話かサッパリだわさ」

「テメェ、このギドさまに向かってそんな舐めた口叩くとは。よっぽど死にてぇらしいな!」


 サーティーンの言葉にまるで耳を貸さず、ギドと名乗る頭目はリボルバーの撃鉄ハンマーを起こした。

 それに反応し、サーティーンとセブンが身構えようとした瞬間、男達の中の一人が、素っ頓狂な声を上げて二人の背後を指差した。


「あぁっ! お頭、アレを!」


 サーティーンとセブンを含めたその場にいる全員が、思わず男が指し示した先へと視線を向ける。

 そこにあったのは、サーティーンとセブンが寝かされていたコールドスリープポッドだった。

 それを見たギドが、ニヤリと黄ばんだ歯を剥き出しにして笑みを浮かべる。


「ハッ! なにが知らないだ、しらばっくれやがって! 大方、天恵の中身を一足先にせしめようって魂胆だったんだろうが……いや、待てよ?」


 ギドが訝しげに、蓋の空いた二つのコールドスリープポッドとサーティーンとセブンを交互に睨め付け、やがて心底愉快げに大笑いし始める。


「……ク、クククッ。ギャハハハッ! そうかテメェら、さては冷凍者フローズナーか! 過去からの亡霊! 俺達をこんなクソッタレな星に縛りつけやがった元凶! お会いできて光栄だぜ、ご先祖様よう!」


 何の話かと困惑するサーティーンとセブンを指差し、腹を抱えて笑うギドの言葉に、他の男達も戸惑いと疑惑の視線を二人に向ける。


「冷凍者?」

「冷凍者だってよ」

「マジかよ。氷漬けじゃない冷凍者なんて聞いたことねぇぞ」

「だったら、ものすげえお宝じゃねぇか」


 だがそれも束の間、やがて極上の獲物を見つけ涎を垂れ流す飢えた獣の目へと変わっていく。


「ヒヒ。い、生きてる冷凍者なんて、う、売り飛ばしたら、い、いくらの値がつくんだァ?」

「最低でも一人頭百万ユエルはするだろうよ」

「一生、遊んで暮らせるぜコリャ」


 男達は次々と銃のセーフティーを解除してゆき、今にもぶっ放しそうな様子だ。


『あ〜。悪い。なんか知らんが、話して分かる連中じゃなかったっぽい』

『そんなん、見ればもろ分かりじゃん』

『デスヨネー。しゃあない。『フラッシュフォーメーション』で行くぞ』

『オッケ。全員やっちゃっていいよね?』

『いや。あのギドって髭のおっさんは残せ。まだワンチャン、情報を引き出せるかもしれない』

『りょ』


 サーティーンとセブンが体内通信でやり取りしていると、それを恐怖で口がきけなくなったとでも思ったのか、ギドはリボルバーを構えなおして嘲りの笑みを向けてきた。


「安心しろ。殺すのは無しだ。テメェらは生かしたまま、売り飛ばしてやるよ。ただでさえ貴重な冷凍者だ。それが生きてるとなりゃ、さぞかし高値が付くだろうぜ? まあその前に身ぐるみは全部剥いで、そっちのお嬢ちゃんには色々と楽しませてもらうがよ」


 舌なめずりするギドの言葉に、色欲に染まった男達の視線が一斉にセブンに向けられる。


 サーティーンはさりげなく、男達の視線からセブンを隠すように立ち位置を変えて肩をすくめた。


「ほほ~ん。そりゃあ有り難すぎて涙が出るね。ところでおっさん。昔のある偉い人が、こんな言葉を残したのを知ってるかい?」

「あぁん?」


 唐突な質問をしてきたサーティーンに胡乱げな目を向けたギドは、いつの間にかその顔に髑髏を模したフェイスガードが装着されていることに気が付き、その不気味な様相にゾクリと背筋を泡立たせる。


「他人に銃口を向けていいのは、撃たれる覚悟のある奴だけだッ!」


 サーティーンがそう言って身を翻した瞬間、その背後から姿を見せたセブンがギド達に向かって円筒形の物体を投げつける。


 ギド達が反応するヒマも無く、周囲が百万カンデラ以上の閃光で照らし出され、百八十デシベルを超える爆音が響き渡った。


「「「「「ギャーッ!?」」」」」


 フラッシュグレネードの爆発に、ギド達は目を眩ませて激しい耳鳴りに身悶えする。


 ――『アクセラレーター』起動!


 その隙をついて、サーティーンとセブンはスキルを発動させた。


 ナノマシンによって脳の情報処理速度が高速化され、二人の目に映る光景が鈍化していく。

 スローモーションになった世界の中、緩慢な動きで悶える男達に向けて、サーティーンとセブンはスナイパーライフルとアサルトライフルを構えてトリガーを引き絞った。

 銃声が轟くたび、男達の末路は頭の風通しを良くされるか、身体中に無数の銃弾を浴びせられるかのどちらかに二分化されていく。


 弾道さえも目で追えるほどに引き延ばされた時間の中で、機械のような精密さで次々と頭を撃ち抜いていくサーティーンと、それとは対照的に嵐のようなフルオート射撃で男達をまとめて薙ぎ払っていくセブン。


 フラッシュグレネードで相手を怯ませ、『アクセラレーター』スキルによるバレットタイムで一気に決着をつける。

 『Neo Eden』でも、特に対人戦においてよく使われていたコンビネーションの一つである。


 目と耳を封じられた男達は、自分達に何が起こっているのか理解する暇もなく、その命を散らしていくのだった。


 そうして、実際には数秒にも満たない時間が経過し、ギドを除いた男達の最後の一人が血の海に沈むと同時に『アクセラレーター』スキルの効果が切れて、サーティーンとセブンの体感時間が元に戻っていく。


「ク、クソッタレ! 舐めたマネしやが……ヒィッ!?」


 そこでトライクの後部座席から転げ落ちたギドが、ようやく視力が回復してきた目をこすりながら辺りを見回す。

 そこには、手下全員が射殺体となって転がる、まさに死屍累々の地獄絵図が広がっていた。


「あ、あ、あぁ……」


 僅か数秒の間に、共にいくつもの修羅場を潜ってきた手下達が皆殺しになっているというまるで悪い夢のような出来事に、そして何より、いつの間にか自分の額に銃口が突きつけられている恐怖に、ギドの口から言葉にならない声が漏れた。


「さてと。お宅には色々と聞きたいことがあるんだ。正直に答えてもらえると嬉しいなぁ?」


 フラッシュライトとドットサイトが取り付けられた、ギドの物とは比べ物にならないほど高品質なタクティカルリボルバーを突きつけながら、サーティーンはにこやかな声でそう言った。

 髑髏のフェイスガードで素顔を覆ったその姿が、ギドにはまるで本物の死神にしか見えなかった。

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