第2話 《前線中毒》と《死神》

 鎧蟲の大群に襲われた集落跡は、上へ下への大混乱に陥っていった。


「畜生! トレインだ!」

「なすりつけられたのか!?」

「どこのクソッタレだ、こんなふざけたマネしやがったのは!」

「ぼさっとするな! とにかく撃て!」


 リーダーと思しき重厚な強化装甲服に身を包んだ男の号令で、ヘルズバイパー達は慌てて銃を構える。

 そこから先に繰り広げられたのは、敵味方入り乱れての大混戦だ。


「くたばれオラァ!」

「害虫は駆除してやらぁ!」

「ヘルズバイパー舐めんじゃねぇぞ、虫ケラがぁ!」


 口汚い怒声を発しながら、ヘルズバイパー達は応戦する。

 三人一組スリーマンセルのチームがアサルトライフルを斉射して向かってきた鎧蟲を蜂の巣にする横で、屈強な大男が構えたミニガンを横なぎに掃射していく。

 かと思えば、刺々しい世紀末風ファッションに身を包んだモヒカン頭が、やたら「ヒャッハー」と叫びながら水平二連式のソードオフショットガンを乱射している。


 そこら中で銃声が轟くたびに鎧蟲が地面に倒れ伏し、その体はポリゴンの破片となって消滅していく。


 初めこそ不意を突かれて多少の損害を出したヘルズバイパー達だったが、腐ってもレベルカンストの頭目を筆頭にそれなりの実力者を有するPKスコードロンだ。

 統制を取り戻したヘルズバイパー達は、瞬く間に鎧蟲を何匹も屠って見せる。

 戦況はヘルズバイパー優勢へと傾いていく。


「よぉし、野郎ども! とっととこの虫ケラどもを始末して、さっきのチビに落とし前をつけさせてやろうぜぇ!」


 愛用のアサルトショットガンで鎧蟲の頭部を吹き飛ばしながら叫ぶ頭目に、手下達は歓声をあげて答えた。


「ぎゃあっ!」


 突如、背後から「ダラララッ」と銃声が響き、ヘルズバイパーの一人が悲鳴を上げて崩れ落ちる。

 身体中に空いた銃創から鮮血を思わせる赤いエフェクトを吹き出し、『死亡』した男がポリゴンの欠片となって砕け散った。


「ちくしょう! 今度はなんだ!?」


 ヘルズバイパー達が振り返ると、アサルトライフルを構えながら猛烈な速度で迫り来る赤髪の少女の姿があった。

 少女は銃弾が飛び交う乱戦の中へと身を投じると、特徴的なワインレッドの瞳が赤い残光を引くほどの速度で駆け抜けながらアサルトライフルを撃ち放った。


「ぎゃっ!」

「ひぎっ!」


 放たれる銃弾はヘルズバイパー達の隊列を分断してゆき、孤立した者は端から鎧蟲の餌食となっていった。

 少女の乱入により、ヘルズバイパーが優位だった戦局は再び混沌の様相を呈していく。


「このチビ、調子に乗りやがって!」

「テメェから先に始末してやらぁ!」


 怒りに駆られた数名のヘルズバイパー達が、少女に銃口を向け引き金を引く。

 だが、弾丸が放たれた次の瞬間には、少女はその場から掻き消えたかと思うほどの速さで射線から外れて返礼の銃撃を見舞っていく。

 圧倒的な速度による走りながら撃つRUN&GUN

 少女はまさに影すらも踏ませなかった。


「クソが! 速すぎだろ!」

「どんだけ敏捷AGIにステ振ってやがんだよ!?」

「お、おい待てよ。AGI極振りで赤髪赤目の女アバターって言ったら……」


 顎髭を生やしたヘルズバイパーの一人の脳裏に、この世界で流れるある人物の噂話がよぎる。


 曰く、ソイツはこの世界で誰よりも速く、嬉々として銃口に向かって飛び込んでくるくらいに頭のネジがぶっ飛んでいて、圧倒的なプレイヤースキルで銃弾すら避けて見せるランガンの鬼。

 その狂気のプレイスタイルから、付いたあだ名が――


「まさか、《前線中毒ガンナーズハイ》!?」

「人をそんな可愛くない呼び方すな!」


 呻くように叫んだ瞬間、顎髭は怒涛の銃撃で蜂の巣となった。

 それを皮切りに、周囲に動揺が広がっていく。


「《前線中毒》だと!?」

「マジかよ! 本物か!?」

「クソッタレ! ガチ勢の中でもとびっきりのイカレ野郎じゃねえか!」

「可憐な乙女に向かって野郎とはなんだぁっ!」


 野郎呼ばわりされたことが気に触ったのか、少女はさらに速度を増してヘルズバイパー達に襲いかかってきた。


「う、うわぁああっ!」

「ヒッ! 来るな! 近寄るんじゃねぇ!」


 ヘルズバイパー達は悪態をつき、自棄っぱちに銃を乱射する。しかし、この場においてそれは悪手だった。


「ぎゃあっ!」

「ぐあっ!」


 鎧蟲との戦闘で乱戦状態だったことが災いし、少女を見失って見当違いの方向に放たれた銃弾は、運悪く射線上にいた味方の体を貫いていく。


「バカが! 無闇に撃つな! 同士討ち《フレンドリーファイア》になるだろうが!」


 身を伏せる味方の叫びに慌ててトリガーから指を離せば、その瞬間に少女から浴びせかけられる鉛弾の雨あられ。


「オラオラオラァ! 逃げる奴はプレイヤーキラーだ! 逃げない奴は訓練されたプレイヤーキラーだ!」


 少女は好戦的な声を上げ、銃弾をばら撒きながら疾走し戦場をかき乱していく。


「落ち着け! バリー・ザ・キッドとポークビーンズは鎧蟲の相手をしろ。MUSASIとガンリュウはそのチビだ。囲んでフクロにしてやれ!」


 頭目の命令を受け、幹部クラスのメンバー達はすぐさま行動を開始した。


「オーケイ、ボス!」

「まとめて吹っ飛ばしてやるぜ!」


 カウボーイ風ファッションに身を包んだレバーアクションライフルを手にする男と、グレネードランチャーを装備したでっぷりと腹の肥えた男が、生き残った手下の半数を引き連れて鎧蟲に向かっていく。


「弾幕が薄いぞ! 撃って撃って撃ちまくれ!」


 両手に一丁ずつサブマシンガンを構えた男は、残りの手下と共に少女の動きを牽制しよう派手に弾をばら撒く。


「一発だ。一発で仕留めてやる。足を止めた時、その時がお前の最後だ」


 廃屋の屋上でスナイパーライフルを構える長髪の狙撃手が、少女が一瞬でも足を止めれば即座に仕留めてやると、その瞬間を虎視眈々と待ち構えている。


 いかな神速の持ち主と言えど多勢に無勢。ぶ厚い弾幕に晒され、少女は徐々に逃げ場を失っていく。

 一見すると絶体絶命の状況。だが、当の少女には一切の焦りもない。


 なぜなら、少女には神の加護がついているからだ。

 戦場に死を振り撒く死神の加護が。


「ガッ!」


 突如、少女に牽制射撃していたヘルズバイパーの一人が、短く悲鳴を上げて倒れる。

 頭部に一つだけ空いた風穴から噴き出す赤いエフェクトが、それが致命傷であることを告げていた。


「……へ?」


 あまりにも唐突な出来事に、サブマシンガン使いは間の抜けた声を上げながら、自分の傍らで『死亡』してポリゴンの破片となっていく手下へと顔を向けた――


「うごっ!」「ギャッ!」「ぐげっ!」


 ――瞬間、周囲で立て続けに三人の手下が、同様に頭を撃ち抜かれて『死亡』する。


「……そ、狙撃だ! 狙撃されてるぞ! 身を隠せ!」


 そこでようやくサブマシンガン使いは、敵側にも狙撃手がいることに思い至り、瓦礫の陰に飛び込みながら叫んだ。

 その僅かな間に、手下は次々と頭部への致命の一撃ヘッドショットを喰らって『死亡』していく。

 よほど高性能な消音装置サプレッサーを使っているらしく、敵の銃声は全く聞こえない。

 音もなく十人以上が突如として『死亡』していく有り様は、まるで死神に魂を狩り取られているかのようだった。

 次の瞬間に自分にも死神の大鎌が振り下ろされるのではないかと恐怖に取り憑かれ、サブマシンガン使いは涙目で味方の狙撃手に怒鳴りつける。


「畜生! おい、何やってんだ! さっさとクソッタレスナイパーを始末しやがれ!」

「うるせぇっ! いま探してんだ、少し黙ってろ!」


 ヘルズバイパーの狙撃手は、瓦礫の陰で頭を抱えて縮こまるサブマシンガン使いに怒鳴り返しながら、味方のやられ方から敵が潜んでいるおおよその方角を導き出し、そちらへスナイパーライフルを構える。


「……は?」


 だが、スコープの先には起伏のない荒野が広がるのみだった。

 一般的なスナイパーの有効射程距離はおよそ八百メートル。上級者でも一キロに届くか否かと言われているが、周囲一キロメートル以内には狙撃ポジションになりそうな高台も建造物も見当たらなかった。


「……まさか」


 困惑するヘルズバイパーの狙撃手はふと、スナイパー界隈でまことしやかに囁かれている噂を思い出す。

 自分達の大多数が射程一キロの壁を越えようと日々創意工夫と練習を重ねている中、それを嘲笑うかのように二キロ離れた距離から百発必中でヘッドショットを決める頭のおかしいスナイパーがいるらしい、と。

 そしてそいつは《前線中毒》の戦友であるらしい、と。


 ありえない。そう思いつつも、狙撃手はスコープに映り込む唯一の高所ーー二キロ近く離れた先にポツンと佇む廃ビルの屋上へと照準を合わせ、スコープの倍率を目一杯上げる。


「っ!」


 そこには、《死神》がいた。


 身に付けるのは、《前線中毒》と同種の戦闘服とボディアーマー。

 髑髏を模したフェイスガードで素顔を覆い隠し、漆黒のミリタリーポンチョを羽織り、グリップの前後に弾種の異なるマガジンが装填された上下二連銃身の見慣れないスナイパーライフルを手にしている。


 髑髏のフェイスガードと、二キロ近い距離から容易くヘッドショットを何度も決めてみせる巫山戯た技量と相まって、その様相は正しく死神の如しだった。


「ありえねぇだろクソが!」


 自分など到底足元にも及ばない圧倒的な狙撃の腕を見せつける死神に向かって、ヘルズバイパーの狙撃手は驚愕と嫉妬にまみれた叫び声を上げながらライフルの引き金を引く。

 だが、放たれた弾丸は死神から大きく狙いを外れて、廃ビルの壁に虚しくめり込むのみだった。


「クソ! クソ! クソがァ!」


 ヘルズバイパーの狙撃手は、ヤケクソのように立て続けに何度も狙撃を試みる。

 だが、撃つ度に着弾点が右へ左へ上へ下へとまるで定まらず、死神に当てることはおろか照準調整(ゼロイン)のための試射にすらならなかった。


 そんな中、死神はまるで「手本を見せてやる」とでも言うかのように徐にスナイパーライフルを構えると、なんの気負いも力みもないごくごく自然な様子で引き金を引いた。


「……化け物が」


 ポツリと呟くヘルズバイパーの狙撃手がスコープ越しに最後に見たものは、一直線に迫る鈍色の弾頭だった。

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