転生したら幼馴染(♀)だった

百舌鳥

第1話 転生

真っ白な空間。自分と周囲の空間の区別がつかないほど白い空間。

いや、先程から自分の身体の感覚がないことから察するにどうやら身体がないらしい。

そんなところに鎮座するは、これまた白いワンピースを着ているの人形のような少女。頭に浮かぶ光輪が彼女が人間でないことを主張している。

「…さて、六道朔馬りくどうさくまさん。あなた、どうしてここにいるかわかりますか?」

幼い容姿に似つかわしくない凛とした声で俺に問いかける少女。その問いかけで自分の身に起こったことを思い出す。


——不幸な事故だった。その日、俺はビルの建設作業についていた。その日は季節外れの炎天下で俺含めてゾンビのように唸りながら仕事をしていたことを覚えている。その作業の途中、不意に上空から鉄骨が降ってきて、暑さで朦朧としていた俺は周囲の怒号も聞こえずそのまま…


…思い出したくない記憶だった。潰されてトマトペーストみたいになった自分の身体を思い出すだけで全身が粟立つ。身体ないけど。

「どうやら思い出したようですね。そうです、貴方は死にました。それはもうグッチャグチャになって。惨たらしく。」

…いらない補足をしてくれたものだ。

「事実ですので。」

なるほど、口がないのにどうやって意思疎通をするのかと思えばどうやらこの子は心が俺の考えてることがわかるらしい。

「…さて、ここからが本題です。本来、貴方たち人間は死んだら…まあ、大抵の人はいわゆる天界、天国に案内することになるんですが…。」

…ですが?

「貴方は、今世で一悶着あったようですので、天国に案内するにはTポイントが足りません。」

…Tポイント?

「…徳ポイント、通称Tポイントです。生きてるうちに善い行いをすると貯まり、悪い行いをすると減ります。あなたはそのTポイントが不足したまま一生を終えてしまったようです。」

足りないと何かあるのか?もしかして地獄で無限の責苦を受けるとか…!?

「いえ、それはTポイントがマイナスに振り切ってる方のみの案内ですのでご安心を。あなたの場合は転生をして、足りない分のTポイントを集めて貰えば結構です。」

な、なるほど…それなら良かった…のか?

「あ、ちなみに転生先は毎度ランダムですので。貴方が生きた時代のはるか未来になることもあれば、遠い過去になることもあるということをご留意くださいね…もっとも、私に文句を言いに来るにはもう一度死ぬしかありませんが。」

顔色ひとつ変えず恐ろしいことを言う。やはりこの子は人間ではないらしい。

「…それともう一つ、転生の際に貴方のこれまでの記憶を削除しますが、稀に転生先で記憶を取り戻すケースがあります。これに関しては我々も原因が分からず手を焼いているのですが…まあ、そうなった場合は死んだ後にでも私に報告してください。」

…前世の記憶があるってやつ、テレビでたまに観たけど、天使?みたいな人が苦心しているっていうなら案外本当なのかもしれないな…なんてどうでも良いことを考えていたら、不意に俺の視界が虹色の光で包まれた。

「…お話はここまで。それでは来世もどうぞ、人間らしく生きてくださいね。」

俺の視界が光で何も見えなくなっていく。そして完全に覆われるまで、女の子は一度も笑わなかった。



…ということを思い出した。あの天使様が言っていた「稀なケース」というのがどうやら俺だったらしい。

今世の俺の名前は水木蓮華みずきれんげ六道朔馬前世の俺の幼馴染であり、俺の想い人だった人だ。

整った容姿にお淑やかな性格、それでいて譲れないところは絶対に譲らない頑固さも持ち合わせていた。それでしばしば周りを困らせていたが、俺はそれも彼女の良いところだと思っていた。そんな彼女が俺である。俺が彼女である。

…なるべく冷静を保とうと努めるが、俺が蓮華だということはつまりこの部屋は蓮華の部屋ということになるし、今身に纏っている衣服は蓮華の寝巻きということになる…正直、どうにかなりそうだ。

…いや、まてよ?

…今は俺の身体だし、見ちゃってもいいよな…?

唾を飲み込む。ズボンに手をかける。また唾を飲み込む。少しづつ下ろす。なるほど、薄いピンク…。

「蓮華〜!?いつまで寝てるの〜!?学校遅刻するよ〜!!」

そんな俺の劣情を頭の隅に追いやったのは蓮華の母、つまり今世の俺の母である。

時計を見ると8時40分。授業の開始は9時からである。そして家から学校までの距離は歩いて25分ほど。つまり走らないと間に合わない。

「入学早々遅刻する気!?」

母親の呼びかけに弾かれたように急いで支度を始めた。制服に着替える際、下着だけになったが急いでいてあまり意識していなかった。薄いピンク色でフリルがついた可愛らしい下着なんて眼中になかった。本当に。


「いってきま〜す!」

ややあって支度を整えた俺は全力でしばらく見ていなかった通学路を駆けた。しかし、見事に高校時代に戻っている。前世で実家に帰省した時は最寄りのコインランドリーは潰れてコンビニになっていたが、見事にコインランドリーのままだ。そんなことを考えながら俺は気づく。

…進むの、遅い?

前世の俺は自分で言うのもなんだが、恵体だった。成長期で身長が急激に伸びてから見下ろされたことはないと言って良い。しかし、この身体は違う。誇張じゃなく30cmくらい縮んでいる。それに合わせて歩幅も狭まっているのだ。

「こなくそぉぉぉぉぉぉ!!!」

仕方がない、足りない分は気合いで補うしかない。短くなった四肢をシャカシャカ振り回してスピードを上げる。


…そして学校に着く頃には当たり前のように肩で息をしてたし、膝も大爆笑だしちょっとえずいた。そして多分遅刻もしてる。

「ぜひっ…ぜひーっ…おえぇ…ん?」

なんとか息を整えて校門に眼を向けると、何やら人だかりが出来ていた。

俺が様子を見ようと近付くとその人だかりの中から人が吹っ飛んできた。どうやら殴り飛ばされたようで、その顔は赤くなり、鼻血が出ていた。その様子を見て悲鳴や歓声がそこらから聞こえた。


…俺は嫌な予感がした。この人だかり、その視線の先に『誰』がいるのか確認したくなかった。しかし、確認しないわけにも行かないので、おそるおそる視線を向ける。

——校則違反の金髪、トサカのように逆立った髪の毛のテカリはワックスを塗りたくったであろうことが伺える。学ランの上からでもわかるくらい隆起した筋肉は、高身長と合わせて彼の威圧感を増幅させる。切れ長の鋭い目は先程殴り飛ばされた生徒を睨みつけていた。

…俺は『彼』を知っている。知っているどころではない。毎日毎日、見飽きるほどその顔を見ていた。その顔の喜怒哀楽を全て見たことがある。見間違えるはずがない。


「朔馬…」


六道朔馬———前世の俺だ。


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