穴馬先輩の競馬予想 

@pink18

第1話 ヴィクトリアマイル 2024


「今週はヴィクトリアマイルか……」



 俺はため息をつくようにタバコの煙を吐き出した。── GW明けの火曜日。

 日曜日に行われるヴィクトリアマイルまで、まだ六日もある。当然、枠順すらも決まっていない。

 先日の競馬で惨敗した俺に、長期休暇明けの仕事が追い討ちをかけていた。気が滅入る。


 金はないのに、仕事だけはタンマリとある。おまけにGW休暇の帳尻合わせで、今月は週一休み。

 競馬で一発当てて、この仕事とも「おさらば」だなと現実逃避にふけっていると、



「先輩! ヴィクトリアマイルも一番人気のナミュールで堅そうですねっ?」



 後輩が電子タバコの腐ったタマゴのような匂いを漂わせながら言った。

 紙パックの野菜ジュースみたいにタバコを吸うんじゃねぇーよ。そう思いつつ、俺は短くなった紙タバコを灰皿の淵に押し付けた。



「……ナミュールか。間隔の詰まった海外帰りのローテに乗り替わり。そう簡単にいくとは思えないけどな……」



「相変わらず穴党っすね。持ちタイム優秀、指数トップ。古馬混合戦のマイルG1の勝ち馬は鉄板データだってYouTuberも言ってましたよ!」



 けっ! またYouTuberかよ……。

 こいつは競馬歴が浅く、競馬知識も皆無かいむなくせに、某YouTuberを頼りに最近バカ勝ちしているらしかった。

 先週もNHKマイルCで1.2番人気の馬連3.6倍を的中させたと、今朝、報告を受けたばかりだ。



「マスクトディーヴァもウンブライルも世代レベルの低い4歳馬ですからね。古馬重賞ならナミュールの頭でいいんじゃないですか?」



 若造よ。知ったかぶりやがって。

 4歳馬の世代レベルが低いのは牡馬の話であって、リバティアイランドがいた牝馬を同じようにくくるのは早計だ。それに競走馬には成長力もある。充実期を迎える4歳馬をあなどってはいけない。と俺は顔をしかめる。



「ナミュール頭固定の三連単で勝負ですかねー! 先輩のおすすめ穴馬ってなんかいますか?」



 ほう。ナミュールの頭固定はどうかと思うが、俺を立てるとは可愛いところがあるじゃねーか。

 頼りにされて悪い気はしない。

 俺は目をすがめて二本目のタバコに火をつける。



 ──ヴィクトリアマイル。

 このレースのポイントは二点だ。

 高速馬場。直線の長いコース。


 内枠に入った先行馬の評価を上げたい。イン前を立ち回った馬が有利になるだろう。いくらナミュールと言えども、出遅れでもしたものなら間に合わない。前が止まらない。


 ──が、それは騎手も、百も承知。

 加えてG1。一流騎手が集結している。熾烈な先行争いが繰り広げられるだろう。


 それでも前が止まらないのか?



 本音を言うと、それでも前が止まらない。



 ──だがしかし、

 もし想定以上にペースが速すぎるようなことになれば……。


 差し? 追い込み?

 いや、違う。それならナミュールでいいだろう。


 スタミナがある先行馬が潰れないで、

 ──押し切る。


 いくら前が止まらないと言っても直線の長いコースだ。早仕かけのロンスパ戦になれば苦しくなる。

 あくまでも仮説だが、そのパターンになって浮上する馬は──、



「スタニングローズだな!」


 

「スタニングローズすっか?」

 後輩がすっとんきょうな声を上げた。


「ああ、内枠に入ればの話だがな……」


 後輩がスマホを覗き込み、眉根を寄せる。

「マイル適正あるんすか? 去年12着ですけど……。このレースってリピーターレースですよね?」


 この耳年増みみどしまが!

 だから本命馬しか買えねーんだよ!


「まあ、去年は出遅れたからな……。2000で勝ち切るスタミナがあればそうそうバテないはずさ」


「2000と1600じゃあ、ペース違いませんか? 1600の方が締まったラップになって追走に苦労すると思うんですけど……」


 だからこそなんだよ。

 だからこそ、締まったラップになって、

 スピード自慢の先行馬が潰れて、

 それでも前有利の馬場で、

 スタミナがある先行馬のスタニングローズが残る。


「スターニングローズかぁ……、まあ、俺は買いませんけど」


 はぁ?

 はぁあああっ!?


 ──じゃあ、なんで聞いたんだよ。

 いつもそうだ。

 競馬予想を俺に聞いてくる奴は、そもそも聞く気がない。何が目的なんだ?


 自分の予想の後押しを俺にして欲しいだけなのか?

 こちとら何年も真剣に競馬と向き合ってんだ。

 それがコミニュケーションだと思ったら大間違いだからなっ!! 俺と競馬の話をしたいなら、最低限の敬意を払うか、俺と対等の知識を持ってから来いっ!!


「……ま、まあ、三連単の紐穴にでもって話だよ」


「いや、それでもスタニングローズは俺、買えないっすわっ!」



 げっ!? 歩み寄ってやったのに全否定。

 スゲェー頑固。



 ──まあ、競馬なんて自己責任で好きなように買えば良い。


 ただな後輩。これだけは言っておく──。


 このレースはナミュールの差し損ねに妙味を見い出すレースだぜ。当たる当たらないじゃない。

 後方脚質の一番人気。前残り馬場。

 結果じゃなくて、ギャンブルとして──だ。



「買うならナミュール以外の単勝か、ナミュール2.3着付けの馬券がいいんじゃない?」


 後輩が干からびた虫の死骸みたいになった電子タバコの吸い殻を、ポイと灰皿に投げ捨てた。


「いや、ナミュール頭固定っす!」


 てめぇ、人の話、聞いてねーだろ!


 まあ、良い。5月12日。

 この予想を的中させて、お前を見返してやる。

 その時はちゃんと俺をあがめろよな。

 

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