虚形

双町マチノスケ

文書記録【■■県■■市■■町の■■山について】

目撃証言(取材日時 2022/07/18)

 山頂での出来事でした。

 あそこには、何度か行ったことがあります。

 でも、あんなのを見たのは……初めてでした。


 去年の年末、私はハイキング目的で■■山を登っていたんです。あそこ、あんまり人来ないから落ち着いて景色や空気感を味わえるんですよ。たぶん、すぐ近くにめちゃくちゃ有名なハイキングスポットがあるからでしょうね。いわゆる「穴場」みたいな感じの山だったんです。400メートルもないような低山だから誰でも気軽に行くことができますし、山頂まではゆるやかな一本道で迷うようなこともない。それでいて景色は決して他の山に見劣りするものではなく、都会の喧騒から逃れてゆったりとした時間を過ごせる。本当、なんでみんな行かないんだろうって思うくらい。まぁ、穴場っていうのは総じてそんなもんだと思いますけどね。少しまとまった休みが取れた私は気分転換にと、久しぶりに■■山へ行くことにしたんです。

 もともと人気ひとけのない山ですし平日に行ったこともあってか、行きの道中では誰とも会いませんでした。おかげで木々のざわめきや鳥のさえずりなどを、じっくり堪能することができました。朝早めに出たのも心地よかったですね。ただ私は、山登りで偶然居合わせた人とその場限りのお喋りをすることも好きだったので「ひとりぐらい誰か他の登山客はいないかな」となんとなく思いながら、のんびりと山道を歩いていました。そして、そのまま山頂に着いたんです。山頂には展望台の広場と休憩所として使う平屋があるのですが、その広場に設置されたベンチに人が座っているのが見えました。ひとりだけで、ぽつんと。男性でした。


 さっきも言いましたが人が少ない山ってだけで、人がいること自体はなんらおかしいことではないんですよ。平日とはいえ、一応ハイキングスポットなわけですし。


 ただ、その座ってた人が……











 なんか変だったんです、うまく説明できないんですけど。


 無理矢理に例えるなら、ネットから人の写真を持ってきて切り抜いて、それを別の風景写真にそのまま貼り付けたみたいな。なんかそういう……変な合成感というかハリボテ感を、その人から感じたんです。格好がどうとか雰囲気がどうかじゃなくて「存在そのもの」が、この世界から致命的に浮いているような、そんな違和感。実際にその人、服装は普通だったんです。厚底のスニーカーにハイキングパンツ、アウトドア用のダウンジャケットを着て帽子をかぶってて。傍にリュックサックを置いてベンチに座って、のんびりと景色を眺めてる中年くらいの男性。いかにも「普通にハイキングをしにきただけの人」って感じの見た目だったんです。

 それなのに。いや、だからこそ。私の持った違和感は、より強くなっていきました。なんか、周りの風景に溶け込むために敢えてその格好を選んでいるような。さっきの写真の例えを続けるのなら、風景写真に「見ちゃいけないもの」があって、それを隠すために別の写真をわざわざ切り抜いて貼り付けたかのような。何かを隠している、誤魔化しているかのような。なんてことない見た目だからこそ、自分の持っている違和感を説明できない。でも、何かがおかしい。とにかく形容し難い感覚でした。

 その人はこっちに気づく様子もなく、ただぼんやりと座って景色を眺めていました。私はというと、普段ならそういう人とお喋りするために声をかけたりもするんですが……何もしませんでした。幽霊や怪異の類だと確信したわけではありませんし、普段からそのようなものを信じていたわけでもなかったのですが、それでも自分の中の違和感を拭い去ることができなかったのです。私はしばらく彼を遠巻き観察したあと、山頂からの景色を眺めながらゆっくり食べようと持ってきた軽食に手をつけることもないまま、早々に下山してしまいました。


 結局、あれは幽霊……だったのでしょうか。


 私は霊感のある人間ではないですし、そういったことに詳しい友人や知人もいないのでサッパリです。私は疲れていて、何かの錯覚を起こしていただけかもしれません。あの男性は、本当は普通の人間だったのかもしれません。もしそうなら、私は彼にものすごく失礼なことを思ってしまったわけですが。私が下山している時、これから山頂を目指すであろう家族連れとすれ違いました。娘さんを二人連れた奥さんと旦那さんです。しかし……彼らには私が山頂で感じたような違和感はありませんでした。だから、どうにも見間違いや錯覚で片付けるのは気持ち悪いんですよね。もしかしたら、私はもっとヤバいものを見てしまっていて、咄嗟に私の脳がフィルターをかけたんでしょうか。ほら、トラウマってよく記憶から抜け落ちちゃったりするじゃないですか。そんな感じで……いや、結局は憶測でしかないんですけど。

 それに、仮に幽霊だったとして一体なんの幽霊だったのでしょうか。あの山が心霊スポットだとか良くない謂れがあるだとか、そういう話は少なくとも私が知る限りではありません。そういうのにあんまり詳しくないので何とも言えませんが、もし有名な心霊スポットとかなら嫌でも耳に入ってくると思うんですよね。あとは何か人の死が絡むような事件や事故が起きたとか。


 他に、思い当たる節ですか。

 すみません、これ以上は何も……






 あ、たしか……いや、大した話じゃないんです。それに、これは私が体験した話でもないんです。だから信ぴょう性も何もあったものじゃありませんが、それでも良ければ話します。


 あの山がある■■町、何十年か前に市町村合併してできた町なんですが、その時に編入された旧■■村というところがあったんですね。その旧■■村は■■山をハイキングスポットとして整備するにあたって開発のために廃村になり取り壊されて、今はもう跡形も残っていないようなんですが、ちょうどあの山の麓あたりに位置していました。当時の住民ですか?その時点で既に地域コミュニティとして崩壊寸前の「限界集落」のようなとこだったみたいで、特に揉めごとなどはなく全員立ち退いて引っ越したらしいです。それで、その村にはかつて■■山に対する何か……心霊や神様の類が関わっているような「信仰」があった、という話を何かで聞いたことがあります。えぇ、眉唾ものです。どんな「信仰」だったのかは知りませんし、何で聞いたのかも覚えていません。ただ、何か関係あるとしたらそれかなと。何の根拠もありませんし、これが何かに繋がるとも思えませんが。あとついでに言っておきますが、最初にあの山には何度か行ったことがあると言いましたが一応「ひとりで」行ったのは初めてでした。もしかしたら私は、その「信仰」とやらに関係がある何かを偶然目撃してしまったのかもしれませんね。もう、そういうことにしておきます。

 なんだかんだで突然訳が分からんものを見てしまって訳が分からんまま終わるっていうのが、一番怖いですからね。あの日見たものが何だったにせよ、なにか自分の中で納得できるものがないと気持ち悪くてたまりません。でも……たぶん幽霊だったんでしょうね、あれ。だって、これも何かで見聞きした情報なんですが……霊感がある人が言うには幽霊って一般的に想像されるイメージよりも割と普通の見た目をしているそうです。別に血塗れだったり変なオーラを纏ってるってわけでもなくて、本当に普通の人と変わらない見た目。でも急に現れたり消えたりするとか、どこかしら変なとこがあって気づく……みたいなことらしいんですね。だから気づかずに接触してしまい、取り憑かれてしまうことがあるんだとか。まぁ、その違和感をなんで私は突然感じられるようになったんだって話ではあるんですが。そもそも、今まで見えてすらなかったわけですし。


 それでも、あれはやっぱり幽霊だったんじゃないかなと思うんですよね。

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