調子に乗りすぎて処刑されてしまった悪役貴族のやり直し自制生活 〜ただし自制できるとは言っていない〜

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プロローグ

「ふざけるな!この俺が何をしたって言うんだ!」


 断頭台に跪いた青年が怒鳴り散らかす。


「黙れ!この反逆者が!!」


「ぐっ……!」


 しかし、途端に彼を取り押さえた騎士がより一層に拘束を強めて青年を黙らせる。


 王都クロックロンド大広場。多くの人が集まるそこで今、一人の青年が処刑されようとしていた。

 断頭台に上った青年の名はクレイム・ブラッドレイ。クロノスタリア王国の侯爵貴族であり、巷では悪逆非道の悪役貴族と悪名高いロクデナシであった。悪、悪と連呼されて頭が悪そうに聞こえるかもしれないが、事実なのだから仕方がない。そんな彼の公開処刑が始まろうとしていた。


 何故か?


 殺される理由など一つだ。彼が国の未来・繁栄を脅かす害悪、悪事を働き、逆賊だと国王が国民たちが認識したからだ。


「さっさとこの世から消えろ!!」


「侯爵家の面汚しが!!」


「お前なんて貴族の風上にも置けない!!」


 飛び交う観衆の罵詈雑言。全国民の憎悪、嫌悪、侮蔑が一人の青年に向けられ、今すぐ死ねと急き立てる。そんな人間の悪感情を一斉に向けられた当人の心情は懺悔や反省などではなく怒りであった。


 ────どうしてこうなった?


 青年────クレイムはどうして自身が処刑台に立ち、罰せられなければならないのか理解に苦しんだ。彼としては何も悪いことをしてきたつもりは無い。寧ろ、今までしてきたことは褒められべきであり、称賛されるべきであるとさえ思っていた。だというのにこの仕打ちはなんだというのか?


 ただ、国の為に尽くしてきた。貴族の誇りとして寄り良い国づくりの為に、国の繁栄の為に身を粉にして頑張ってきた。誰かに迷惑をかけてきたつもりもない────いや、そりゃあ少しは迷惑をかけてきたかもしれないが、それでもここまでの謂れはないはずだ。


 だがその無自覚さが更に民衆の怒りを買った。


「お前の所為で家族を失った!お前の浅慮な行動で大切な人が急にいなくなる悲しみは分かるまい!?」


「お前の所為で職を失った!お前さえ……お前さえいなければ俺は幸せな未来を送れたんだ!!」


「返して!私の大好きなお父さんを返してよ!!」


 結果がこれである。今まで行ってきた努力とそれに見合った対価。予想していた未来と現実とで大きすぎる差異ギャップがあった。


 ────本当に、どうしてこうなった?


 言動とは裏腹に思考は冷徹。クレイムは本当に状況を理解できないでいた。


 優れた血統、高貴な家柄、天賦の才能……生まれときから強者としての帝王学を叩き込まれ、強きを挫き、弱者を助けてきたつもりである。しかし、傍から見ればクレイムのこれまでの行動はすべて余計であり、誰が見ても彼は調子に乗って他人に迷惑をかけているようにしか見えなかった。この処刑も当然の報いであると信じて疑わない。その認識の差が更に両者の溝を広げ深くする。


 気が付けば跪くクレイムの頭上には龍の首をも斬り落とせるほどの斬首刃が聳えていた。全ての準備は整う。後は王の号令一つで吊るされた斬首刃の縄が離されて、台に固定されたクレイムの首を真っ二つにするのみだ。


「■■■■!! ■■■■はどこだ!! ■■■■■がいれば俺の無実が証明できる! 助けてくれ■■■■!!」


 騎士の手から縄が離される間際、クレイムはこれまで苦楽を共にし唯一といっていいほど信頼していたに助けを求める。ならば絶対に助けてくれる。そんな確信がクレイムにはあったが────


「貴方がこんな人だとは思わなかったよクレイム……ずっと僕のことを騙していたんだね────」


「…………は?」


 結果として信頼していたはずの友には白を切られ、しかも被害者面までして裏切られる始末。


 ────どうして?


 疑問はまずばかりである。まるで他人のように素知らぬ顔で死刑執行を眺める友の表情はほくそ笑んでいるようだった。そんな彼を見てクレイムは自身の認識の違いに気が付く。強制的な夢から覚めるような感覚だった。


 ────裏切られたんじゃない。


 と、体よくと。


「────ッ!!」


 思考がそうと理解した瞬間、クレイムの胸中に様々な感情が湧き出る。その大半を占めるのは怒りであり、クレイムは信頼していたはずの盟友に向かって言葉にならない怒号を上げて、吠えた。


「ア■■■!助けてくれ!!」


 友が助けてくれないのならば肉親に────血の繋がった実の妹に助けを求め、縋った。


「……」


 しかし、実の妹である少女はクレイムに侮蔑の眼差しを向けて、すぐに視線を切った。


 ────彼女も自分を助けてはくれない。


「フ■■■!婚約者のお前なら助けてくれるよな!?」


 ならばと妹の隣にいた名ばかりの婚約者に助けを求める。しかし、やはりと言うべきか彼女もクレイムを見てただ一言吐き捨てるのみ。


「死ね」


 ────彼女も自分を助けてはくれない。


「この際、誰でもいい!助けてくれ!!」


 代わる代わるわき目も降らずに助けを求めた。学園の同級生、この国の次期国王である王子、その婚約者、突如として現れた一般家庭の勇者の末裔────大した関係性はなくとも見覚えのある顔には全て助けを求めた。しかし、誰一人としてクレイムを助けるものはいなかった。


 何故か?


 彼がその誰にも悉く嫌われ、死ぬべき存在であると認識されていたからだ。


 その姿が更に周りの観衆を不快にさせ、反感を買う。喉が擦り切れんばかりに叫んでも気分は晴れるはずもなく。叫び疲れたクレイムは力なくうなだれる。


「…………」


 今までの騒がしさが嘘だったかのように彼は意気消沈し、そして後悔をする。侯爵家の嫡男として生を受け、ずば抜けた容姿、卓越した武力、魔法の技術も王国随一と、未来を約束され期待もされていた。


 選ばれた強者として、その責務を果たすべく彼なりに努力をして、頑張ってきたつもりであった。しかし、結局彼は唯一信頼していた人間におだてられ、騙され、調子づかれて体の良い権力争いの捨て駒として扱われ、その果てに死ぬ。


 ────こんなことになるのなら、調子に乗らず大人しくしていればよかった。


 選ばれた者としての責務をすべて捨て去り、誰とも関わらず、静かに平穏に何でもない平凡な人生を送りたかった。


 しかし、そんな後悔をしたところでもう遅い。いくら後悔しても、どう足掻いたとしてもクレイムに待ち受けているのは「死」のみ。


「やれ」


 国王────ライカス・クロノスタリアの号令によって吊るされていた斬首刃が手放さられる。そうして一瞬にしてクレイムの首は真っ二つに切断された。


「あ────」


 薄れゆく意識の中、クレイムは思う。今度の生では調子に乗らないと……願いが叶うのならば今度の人生は慎ましく穏やかな自制生活を送れることを願う。


 ────片田舎で農業をするなんてのはどうだろうか?


 典型的ではあるが、それはクレイムが思う平穏な生活の代表的な例であった。別に農業を舐めているつもりはない。何かを育てるということはそれ相応の苦労もあるだろうが、今この瞬間を思えばそんな苦労も楽しく、やりがいにあふれているだろう。


 そこで意識は完全に途切れ、クレイムは死んだ────


「え?」


 ────かのように思った。


 次に目が覚めればまた新しい人生が始まると思っていたクレイムであったが、実際、目覚めてみればそれは10年前の少年時代であった。

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