【探索の時代】あなたならきっと - 前編

――大陸――

この星には大陸が二つあり、

世界地図の基準では西にアルデナリア大陸、東にはユクシアス大陸がある。

――――――




西大陸北方、フラリア聖国の首都、エスパリスは彩り鮮やかな装いをまとい、年に一度の大祭に向けてその準備を整えていた。

この祭りは、神々を讃え、人々が神器と共に過ごした日々を感謝し、祝福するものである。

市民たちは家々を彩り、街角ごとには大きな装飾が施されていた。

色鮮やかなのぼりが通りを覆い尽くし、甘い香りのする屋台からは、季節の果物や焼き立てのパンが売り出されている。


街の南西側に面するまるで海の様に巨大な湖の上には、舞台が組み立てられ、そこでの本番に向けて最終調整が行われていた。

湖のその向こうには壮大な霊峰がそびえ立ち、人々の信仰の象徴となっている。

祭りの最大の見どころは、霊峰を背に特設舞台で行われる神器を用いた舞の披露であり、特にエスパリスの市民たちは、それを心待ちにしていた。


町の至る所には音楽が流れ、子供たちの笑い声や、祭りを楽しむ人々の歓声が響き渡る。

古くからの伝統的な衣装を身にまとったダンサーや音楽家たちが、彼らの演技を披露するために集まっており、独特の活気が漂っている。


一方、この華やかな光景からは少し離れた大神殿の一角では、全く異なる雰囲気が漂っていた。

閑静な稽古場では、祭り最終日の主役を務める少女エリスがその師匠、セリナの厳しい指導の下で剣舞の練習に励んでいた。

彼女の身のこなしは美しく、しかし時折見せる迷いが、彼女の内に秘めたプレッシャーを感じさせる。セリナは彼女の成長を見守りつつも、祭りの成功を左右する重要な役割を担うエリスに、更なる練習を促していた――。




練習の中でエリスは、一つの動作を何度も繰り返し、ついにはその動きを中断させてしまう。

彼女の顔には焦りが浮かび、呼吸も乱れが見え始める。

その瞬間、エリスの舞を見ていたセリナが声を荒げた。


「エリス!どうした!まだ終わっていないぞ!」


エリスはセリナの厳しい声に一瞬で自己嫌悪に陥り、深く頭を下げる。

しかしすぐに顔を上げ、不安を露わにする。

内心では、自分がこの重要な役割を果たすにはふさわしくないという思いが渦巻いていた。


「師匠、本当に私で大丈夫なの? こんなに練習しても、完璧にできる自信が持てないわ…」


セリナは一瞬だけ表情を和らげ、エリスに歩み寄る。

しかし、彼女もまたこの祭りの成功にかかるプレッシャーを感じていた。

彼女自身も、エリスの成功を深く願っているが、その熱意が時には重圧となって伝わることを知っている。


「エリス、お前は選ばれたんだよ。お前にできなきゃ、誰ができるというんだい?」


エリスはその言葉を聞いても、自分の不安が解消されることはなかった。

逆に、師匠からの期待の重さが彼女の心をさらに重くする。

エリスの心は、不安とプレッシャーで満ちており、それが彼女の自信を蝕み始めていた。


「でも師匠、大勢の人の前で舞ったことなんてないし、そんな自分が想像できないの。」


セリナはエリスの目をじっと見つめ返す。


「お前はそれでいいのか?今までの練習も、学びも、全部無駄にしようってのかい?」


その言葉がエリスの心にさらなる重荷となり、それが彼女の心にのしかかる。

エリスは涙ぐみながら反論した。


「でも、どうして私が選ばれたの?他にももっと上手い人がいるでしょう?師匠だってその一人よ!」


セリナはエリスの言葉を受け止め、諭すように言う。


「そんなことを言うんじゃない。お前が選ばれたのだってきっと意味があるはずさ。」


エリスは再び顔を伏せて、涙をこらえながらつぶやく。


「意味なんて、私にはわからない…。きっとみんなだって、師匠が舞えばいいって思ってるわ…」


その瞬間、セリナの胸に怒りが湧き上がった。

エリスにこんなことを言わせてしまった自分自身に、腹が立った。

セリナは少し考え込んだ後、抑えきれない苛立ちと共に再び口を開こうとした。


「エリス、私はお前を――。」


エリスの心は恐怖と挫折感で一杯で、ついには感情が爆発する。


「そうよ、師匠が舞っちゃだめなの?師匠の方が私よりずっとキレイに舞えるわ!神様だって、その方が喜ぶじゃない!」


セリナの顔が険しくなる。

彼女はエリスの言葉にショックを受け、一瞬で心が冷え切る。


「エリス!まだそんな甘ったれたこと言ってんのかい!」


声を荒げたセリナに、エリスは言い返す。


「だって!そんなに大切なら師匠がやればいいじゃない!もういいっ!」


エリスは一瞬で声を荒げ、稽古場を飛び出していく。

セリナが自分の名を叫ぶ声が聞こえたが、エリスはただ感情のまま走り続けるしかなかった――。




エリスは涙をこらえながら走り続け、やがて大神殿の町を見下ろせるテラスに辿り着く。

息が切れ、心が乱れる中で、彼女はテラスの階段に座り込み、広がる街の光景に目を向ける。

夕焼けが空を染め、その光が湖面に映って輝いているが、彼女の心の中は暗く、冷え切っていた。

自分ではどうしようもない感情を抱え、エリスは膝を抱えた。


少しして、後ろから穏やかな声がエリスを呼ぶ。


「おや、エリス、舞の稽古はどうしたのかね?」


振り返ると、そこには法衣を身にまとった老人が立っていた。

彼の顔には慈悲深い表情が浮かび、その眼差しはエリスを優しく包み込むようだった。


「大神官様…」


エリスは声を詰まらせながら答える。

大神官と呼ばれた老人は、穏やかに微笑みながら、エリスに近づく。


「君がここにくるということは、セリナと何かあったのかな?」


大神官はそっと尋ね、エリスの隣に腰掛けた。

エリスは少し躊躇した後、セリナとの衝突について話し始める。


「私…師匠と、言い争いをしてしまいました。皆の前で舞うのが怖くって、舞は師匠が舞えばいいって…」


大神官は彼女の話を静かに聞き、ただ頷いている。

すると彼はセリナについて語り始めた。


「あの子…セリナも若い頃は君と同じような悩みを持っていた。どれ、昔話をしようかの。」


大神官は懐かしむような遠い目でゆっくりと語り始めた。


「あの子の初めての大舞台、あの子は非常に緊張していて、自信が持てなかった。周りの期待が重くのしかかり、一度は舞台から逃げ出そうとさえしたんだよ。」


エリスは驚いた顔で大神官を見つめる。

セリナが同じような経験をしたとは想像もしていなかった。


「しかし、あの子は逃げ出さなかった。一人の友に支えられ、自分の内にある強さを見つけ出したんだ。その経験が、あの子を素晴らしい舞い手に変えた。セリナが君に厳しくするのは、君がその強さを見つけ出せるようにと願っているからだよ。」


エリスは大神官の言葉に心を動かされ、セリナが自分に対して持っていた期待の真意を少しずつ理解し始める。

大神官の話に、エリスはじっと耳を傾けた――。

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