勇者の王子さま〜アーサー王子は勇者になりたいんです〜

ハチニク

第1話 アーサー王子

——フィテルベルク城にて…


「もう無理だああッ!!」


フィテルベルク国の次期王、アーサー=フィテルベルク王子の声が城の廊下全体に響き渡った。王族教育を勉強中のアーサー王子は使用人兼家庭教師のレインハード=フランツとアーサー王子専用の教室でエリート教養の授業を行なっていた最中だった。


「こんなのないよ、レイン!」


そう言うのも無理はないはず。13歳のアーサー王子は一度も城を出たことがなく、フィテルベルク国の王位継承権第1位の彼は王様になるための訓練を毎日、1日も欠かさずに励んでいたからだ。無論、アーサー王子は不自由な生活に悩まされていた。今まで文句を言ってこなかったのがおかしいのだ。


「そんなこと言わないでください、アーサー王子。まあ少し休憩を挟んでもいいですけど、今日のうちに王族のテーブルマナーはマスターしていただきますよ!」


「いやだ!こんな所もうウンザリだ!!レイン、僕は決めたんだ。家出をしてやるんだ!そして、、自由に冒険するんだ、この広大な世界を!!」


城を出たことがないアーサー王子がそう思うのも仕方ないと思いながら、レインハードも子どもの頃から自由のない生活を送っていたことがあったため、その気持ちはわかった。その不自由の辛さがわかる彼は、たまにはアーサー王子のわがままを聞こうと思い、1日、2日ほど家出に付き添うことにした。


「わかりました、家出をしましょう。ただし、私もついていきますので。」


目を輝かせたアーサー王子は、「うん!」と元気よく返事した後、自室で家出の準備をした。


◇ ◇ ◇


賑やかな街に出てきたアーサー王子は身バレ防止のために茶色いローブを着て、顔が見られないように深く帽子をかぶっていた。一度も城を出たことのないアーサー王子であったが、国ではその存在が浸透していたため、一応その身バレ対策は必要だった。


「街に出たものの冒険って何するんだろ…」

「え、まずそこからですか。まあ冒険って言っても2人では難しいので、まずはメンバー募集とかでしょうか?」


「そうか!でも僕は勇者アーサーだからね!ほいでレインが僧侶ね。」

「なんでですか王子、、でもおぼっちゃまは本当に勇者なんかになれるんですか〜??」


軽くおちょくってみた。


「どういう意味だよレイン!当たり前だろ!!」


「えーだって先週、お城の教室に出たに出たGに怖がっていたではありませんか。いっそのこと、Gを退治した私が勇者になった方がいいのではありませんか?」


「あ、あれは別だ…Gは魔王級の獣物なんだ!」

※違います。


「——っていうか、外の世界すごっ!!」


城の外に出たことのないアーサー王子にとっては外の世界は何もかもが新鮮なはずだ。


「イェええええいいいい!!」


あんな調子で叫んでるし、、、。


「ねえねえレイン、このでっかいりんご買って!」


市場に並んでいた出店の中で、アーサー王子が真っ先に選んだのは、りんごだった。きっと外に出れた興奮でとりあえずりんごを買ったのだろう。正直、意味がわからないが。


アーサー王子は身長の割に大きな鞄を背負いながら、街中のあらゆるところに行った。若干冒険というより観光になっていた自称勇者のアーサー王子は歩き疲れてしまった。


「あー疲れたー。人と話すのも意外と疲れるんだな。」


「こんにちわって言うだけじゃあんまり人と話したと言えませんが。」


「そんなことよりお腹減ったし、なんか食べよ〜!ステーキとかがいいよ、レイン!」


「はいはい、わかりました。あ、ちょっと待ってください!」


アーサー王子の大きな鞄を急に漁りだしたレインハードはだんだんと青ざめていく。


「アーサー王子…財布持ってきてないんですか…」


「え、うん、だってレインが持ってるでしょ。」


「…ぃです…」


「ん?聞こえなかったよレイン。」


「…持ってないです、財布。持っているのは、ポケットに入っていた数枚の銀貨だけです。」


「え、じゃあステーキ食べれない?」


「はい、ステーキは流石に無理です。」


文句を言いながらも、残飯を淡々と食べるアーサー王子はレインハードの知り合いの家に泊まり、次の朝まで寝癖がすごいまま、朝を迎えた。


流石にお金がないのを問題視した二人は一時的にフィテルベルク城に戻るのであった。


「記録的に短かった家出でしたね、プッ!」


笑ったレインハードに対して、不服そうな顔でアーサーは眉を顰めた。


「いや、これは家出ではないぞ、レイン。不可抗力だ!」


「はいはい、そういえば、財布は持ってくるとして、ついでに私の本棚にある日記も持ってきてください。」


「日記?めんどくさー。」


「そう言わずに、頼みますよ。ね、勇者さま?」


「おおおお!」


勇者様と言われてすぐに調子に乗る単純な勇者アーサーであった。


◇ ◇ ◇


フィテルベルク城にて…


「えーっと、財布ってどこに置いたっけ?」


自室のあちこちをひどく荒らしながらも、財布はどこにも見つからなかった。


「探しているものは、これかね?」


ドアを塞ぎながら立っていた父、フィテルベルクの国王がアーサー王子の財布を手に持ち、こちらを見ていた。


「あ、ありがとうございます、父上!」


とアーサー王子は何もなかったかのように、国王に近づき、高くジャンプして財布を手から奪い取り、ドアから出ていこうとした。


「では、また!」


「おう、気をつけていけよ!…じゃねえんだよおお!!!」


「ええ?」


まさかの反応に、国王も見事なノリツッコミを見せてしまった。


「アーサーよ、お前家出をしたらしいじゃないか。」


「うん!」


「おう、そうか。じゃあまたな!…じゃねえんだよおお!!!」


またもや、潔いアーサー王子の返事に見事なノリツッコミをしてしまった国王は少し恥じらいを見せつつも、父として堂々とした立ち振る舞いでアーサーにこう言った。


「家出は許さん。今すぐに帰ってこい。」


「いやだ!もう決めたんだ、家出するって!」


「そうか、決意はわかった。だがいかん!お前はフィテルベルク国、次期王なのだ。今のうちに王としての教養はしっかりとしなければいかんのだ。だから、家出と言わずに戻ってこい。」


「自由になりたいんだ…小さい頃から城の窓から見た景色に憧れてたんだ。賑やかな雰囲気の商店街、子どもたちの楽しそうな笑い声、冒険者たちの楽しそうな表情。」


「何を言っているアーサー。子どもだから自由がないんだ。大人に、いや国王になれば自由などいくらでも手に入るんだぞ。」


「違うよ、父上。自由になるのに子どもとか大人とか関係ないよ。僕は自由な世界を生きたいんだ。自分だけが自由な世界なんて楽しいわけないもん。」


アーサー王子はそう言うと、目を涙で滲ませながら国王を押しのけて城の外まで駆け抜けたのだった。


「自由な世界か…」


「そうよ、貴方もアーサーくらいの歳の頃はそんなこと言ってたじゃない。いつから変わったのかしらね。」


アーサー王子が去っていく様子を影から見ていた女王は国王にそう声をかけた。


「——私も大人になったのか——。」


◇ ◇ ◇


「アーサー王子、無事に財布持ってこれましたか?」


「ああ、もちろん!だけどもう決めたよ、あんな窮屈なところはもう一生ゴメンだ!ちゃんと財布も持ってきたし、勇者っぽく剣も持ってきたんだ!」


「申し上げにくいのですが、それって剣技練習用の木刀ですよね…」


「え…ほんとだ…」


「あ、それと頼んでいた日記はどこですか?持ってきたんですよね?」


「…あ」


そうして、また『あんな窮屈なところ城』にまた戻っていくアーサー王子であった。

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