ダンジョン配信者“転生” ~既プレイなのに初見と偽ってたら炎上したので転生します~

未完

第1話

 ダンジョン。

 それは今から十二年前に突如日本全国各地に発生し始めた超科学的異空間。

 初観測からしばらくは一般の入場を禁じ、政府主導のもと様々な分野の研究機関が入り調査が行われていたが、ダンジョン内の物質は現実世界に持ち帰り不可能なまさしく“異空間”であること、そしてダンジョン内で傷を負ったとしても、仮に死亡したとしても、現実世界に強制帰還させられるだけで危険性がまったくないことが科学的に証明されてからは広く一般に開放されることとなった。


 物質的な移動が不可能ということはダンジョンから資源を得ることができないということ。

 それならば観光の目玉としてしまった方が“金になる”と国は判断したのだろう。それが今から四年前のことだ。


 さて。

 では解放されたダンジョンという“異空間”に最も早く順応したのは誰か。

 当然、怖いもの知らずの若者たちだった。

 新しい未知のものに人は興味を抱かずにはいられない。ダンジョンに突入してその様子をSNSで発信すればそれだけでバズった。

 ダンジョン配信は瞬く間にブームとなった。


 浅葱ユメミは個人で活動を行う人気ダンジョン配信者“だった”。

 京都市内を主な活動範囲とする、名前の通り鮮やかな浅葱色の長い髪を持つスタイル抜群の大人のお姉さん的な風貌のダンジョン配信者。

 クールな見た目に反して、派手なリアクションでワーキャー言いながらダンジョンを初見攻略していく様子が容姿とのギャップもあって人気を博していた。


 ……人気を博してい“た”のだ。


「いや~、今日のダンジョンもめちゃくちゃ大変だった……」


〔今回も初見クリアおめでとー!〕

〔結局三時間ずっと叫びっぱなしで草〕

〔だれか後でローショントラップ発動させて滑って涙目になってるとこタイムスタンプつけといて〕

〔1:02:49〕

〔はっや〕

〔有能〕

〔きみ有能ってよく言われない?〕


 今回の攻略対象は羅城門ダンジョンという、京都市内の数あるダンジョンの中でもここ半年以内に発生したかなり新しいダンジョンだった。

 総階層数は五。ただし一階層ごとが狭いため平均攻略時間は二時間ほどだ。

 

〔しかし今回も見事に全部のトラップに引っかかってたな〕

〔初見だしあんなもんでしょ〕

〔いや、それにしても引っかかりすぎな気が……〕


「さて、それじゃあそろそろお楽しみの宝箱ターイム!」


 浅葱ユメミはダンジョンボスのいたフロアの奥にある扉を指さす。

 ダンジョンの構造は千差万別。

 入口のゲートをくぐった先が地下深くへと続く洞窟の場合もあれば、天高くそびえる塔のこともある。

 神秘的な海底神殿の場合も、鬱蒼と生い茂る深い森の場合もあるのだ。


 ただすべてのダンジョンに共通するのは、その最深部に“ボス”が存在すること。

 そしてボスを倒した先に貴重な宝の入った宝箱が存在するということだ。


「いろいろ恥ずかしい目にもあったんだからいいの出てよ~? 限定装備とか、エリクサーとか」


〔ポーションだったりして〕

〔フラグ〕

〔ユメミちゃんはちょっとダンジョンの神様に愛されてるだけだから……〕


「いやいやいや、前回もポーション五個だけとかだったからね? さすがに続かないってば」


 コメントを読みながら笑い飛ばす浅葱ユメミ。


〔だよね〕

〔だよね~(フラグ)〕


 高速で流れていくコメントを横目に浅葱ユメミが宝箱の蓋に手をかける。


「よーし、いくよ? せー……のっ!」


 バカン、と勢いよく蓋が開かれる。その中には……ポーション一個!


「FxxK!!!!!!!!!!!!!!!!!」


〔草〕

〔草〕

〔草〕

〔うっそだろお前〕

〔い、いいいい一個!?〕

〔一個は初めて見たwww〕


 がっくり膝から崩れ落ちる浅葱ユメミ。石造りのダンジョンの地面を叩くが、そのこぶしにも力がない。


「……道中で六つも使ったんですけど。前回の宝箱報酬プラス一個」


〔ぷ、プラマイゼロだから……〕

〔これは泣いていい〕

〔草〕


 浅葱ユメミの悲壮感あふれるリアクションとは裏腹に盛り上がるコメント欄。

 不憫かわいい、というのはリスナーが彼女を形容するときによく使う言葉だ。ある意味“おいしい”結果ともいえる。

 今日も浅葱ユメミは苦労してダンジョンを初見攻略し、苦労の割に報酬がしょぼくて。

 そんな様子をリスナーが笑って、盛り上がって。

 浅葱ユメミのいつもの配信だった。そして少し雑談の後、解散に流れる。


 今日もそうなる“はず”だった。

 ……あるコメントが流れるまでは。






〔あれ?羅城門ダンジョンの初攻略報酬は『老婆のかつら』固定じゃなかったっけ?〕






 雑談しながら流れゆくコメントを見ていた浅葱ユメミが一瞬息をのむ。しかし、本当に一瞬だけだ。


「いやー、それで次の攻略はどこにしよっかなー? 最近は南の方が続いたから、北大路とか行っちゃう? あそこも地味に気になってたんだよねー」


〔いいねー〕

〔北大路は報酬いいらしいし、さすがにポーション一個ってことはないでしょ(フラグ)〕


「ちょっと! フラグ立てるのやめてもろて! あはは……」


 このまま配信を閉じる……浅葱ユメミは自分の回りを飛ぶドローンのリモコンを探す。


〔え? 老婆のかつら固定マジ?〕

〔京都住みじゃないからわからん。詳しい人〕

〔聞いたことある。京大のダンジョン研究会が百人集めて試したとか。全部ババアのかつらだったらしい〕

〔え? どういうこと?〕

〔でもポーション一個だったじゃん〕

〔それってつまり……〕


 ……初見詐欺、ってこと?


「それでは、今日の配信はここまで! おつユメ~!」


 ご覧いただきありがごうとざいました。

 このライブは0分前に終了しました。


 ライブ配信終了後、掲示板とSNSを中心に浅葱ユメミの初見詐欺疑惑は瞬く間に拡散された。

 待ち受けていたようなタイミングのリアクション、発動前のトラップに目線を向けるなど。

 疑惑を裏付けるような検証動画は次々アップロードされ。

 そして何より初攻略時固定のはずの報酬が違うことが決定的な証拠となり。

 “浅葱ユメミの初見は嘘”というレッテルが張られるのだった。


 それ以来、彼女はライブ配信をしていない。

 それもまた、疑惑を確信へ変えるのに一役買っているのは言うまでもない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る