Another World
しろうるふ
第1話 繋がってしまった世界
帝暦1930年冬
帝都イヴィヒカイト
人類が地上全てを支配したこの地球で、唯一の超大国として君臨するアロガンツ帝国最大の都市にして首都。
日を遮り天に届かんばかりのコンクリート建造物の森、環境配慮など微塵も気にせず休むことなく煙を吐き続ける工場の海。その空は灰色に染まり晴れた空など滅多に見ることは出来ない。
そんなすさんだ都市の中心に政治犯専門の対策機関、帝国憲兵隊の本部はあった。
アーベル・ミュラーは今年憲兵隊に入隊し、摘発執行部に所属する新兵だ。
昨夜は一晩中外国のスパイだった元同僚を先輩と追い回していた為、全く起きる気配がない。
「ガランガランガランガラーーーン」
上官の鳴らす起床ベルの音が聞こえる。昨日ベットに倒れ込む直前の時計が夜の3時を指していた。
「ガランガランガランガラーーーン」
起床ベルがなっていると言うことは今は朝の6時だ。まだ3時間しか眠れていない。
「ガランガラーン…」
ベルがなり終わってしまった。そろそろ起きねばと思い瞼を開ける。まだ自由に動かない手足でベットから何とかして体のあちこちをぶつけながらなんとか起き上がる。
「ミュラー!アーベル・ミュラー!起きろ!」
努力虚しく自室の扉越しに上官に怒鳴られてしまった。
「早く起きろ!準備をしたら外の広場に集合だ!」
いつもと違う集合場所を指定されたアーベル若干混乱しながら急いで壁のハンガーにかけていた制服に着替えベットの下に落ちていた軍帽をかぶり広場へ飛び出す。
「すいませんっ遅れましたっ」
寝ぼけた声で起こしにきていたドミトリー上官に向かって敬礼するも、相手はおう。と答えるも視線は広場の中央を眺めている。自分も釣られて視線を移す。
自分の他に広場には同じ部署の30人ほどが輪になって集まっていた。
その輪の中心には縦3メートル横5メートル程の光り輝く長方形の様なもの、と言うかそのものがあった。
「な、なぁあれは何なんだ?」
輪を作っているうちの1人、同僚のハイルに尋ねる。
「ドミトリー上官の話によると、朝の巡回をしていた奴が見つけたらしい。おかしいよな、昨夜あんなものはなかったぞ」
「そういやお前昨夜仕事だったろ?なんか知らないのか?」
今度は自分に質問が振られる。
「俺も昨夜は必死だったからなぁ…。本部の近くをずっとあいつの事を追い回してたからな。結局見逃したけど」
「そうか…ジャンのことは俺も残念に思ってるよ」
ジャンは俺とハイルと一緒に憲兵に入隊した同期だった。ジャンは成績もトップで、仲が良かったわけではないが頼れる奴で、外国のスパイだとは考えもしなかった。
「注目!」
ドミトリー上官が叫ぶ。
「たった今分析班による調査が完了した」
ドミトリー上官の言葉を聞いて初めて4、5人の防護服を着た男達が人混みの輪の中でしゃがみ込んで何やら機器をいじっているのに気づいた。
「これを見ろ」
上官が防護服の男達のうちの1人を指差す。
するとその男はその光り輝く長方形へ腕を突っ込み、そのまま中へ入って行ってしまった。
周りの群衆が絶句している。それはそうだその長方形は紙程の厚さしかなく、そのまま反対側に抜けて出て来ると思っていたものだから、皆動揺している。
10数秒たつと、男は長方形から出てきた。
「諸君に見てもらった通り、この謎の長方形の向こうには空間がある」
上官が何を言っているかは理解できても、この非科学的な状況が理解できない。
「分析班によると有害な物質などがないことやその他の化学的な脅威が無いことが確認された」
「私も頭だけを突っ込んで見てみたところ、かなり広い空間があった」
「詳しくは君達にこれから見てもらうことになるだろう。見渡すだけでは全てを把握しきれない程広いからな」
ここで恐らくこの部署の殆どの人間が自分達が何故ここへ呼ばれたを悟った。
「諸君の中から有志を募り、探索隊として、この中に入ってもらう。すでに憲兵のお偉方から許可が出ている」
上官の言葉に間髪入れず同僚の一人が手を上げる。
「それは我々憲兵がやることなのでしょうか?」
ここにいる全員が思っているであろう事を質問した。すると上官は間を空けず答える。
「知っての通り現在我々憲兵は人材不足だ」
「この非科学的な物を調べ上げ、憲兵の実力を世間に知らせ、帝国民が憲兵のことを知るきっかけを作るのだ」
確かに憲兵は現在人員が足りていない。毎年入隊者が減少して行っていて、その理由として堅苦しそうやそもそもそんなに興味がないと言うものがある。
堅苦しいというイメージは間違っていない。しかし帝国への反逆者に立ち向かうことは帝国民の義務である。
かく言う自分も5年前の憲兵隊が主催したサーカスを見たことで興味を持ったことがきっかけだった。
もしかしたら憲兵への志願者を増やすためには何か他の事でアピールする必要があるのかも知れない。それでもあのよくわからない物が憲兵隊の広告になるとは思えない。
「とにかく」
「誰か探索隊に志願するものはいるか?」
自分やハイルを含めて20数名が手をあげる。
単純に中の様子が気になったから手を挙げた。
「ふむ、十分な人数だな。」
満足そうに上官が微笑んだあと、手を叩く。
すると後ろに待機していた管理部が先程手を挙げた者達にピストルと弾薬ポーチを配っていく。
それを見てぎょっとした。
「そのピストルは、まぁ猛獣対策とでも思ってくれ」
なんだか曖昧な説明をされたあと、一列に並ばされ、一人一人光り輝く長方形の中に入り込んでゆく。
前にいた者が中に入り、今度は自分の番だ。
いざ入ろうとした時、さっきみんなの前で中に入って見せた分析班の男が呟いた。
「上層部は憲兵隊本部を観光地にするつもりなのかね」
どう言うことかと考えながら足を前へ一方踏み出し、光の中へ呑まれて行った。
*
*
*
生まれも育ちもイヴィヒカイトだったアーベルは「向こう側」の空間に言葉を失っていた。
「空間」と言うより「世界」と言う方が適切だろうか。
そこはどうやら森の中にある小高い丘で、見渡す限りの大自然が広がっていた。
「なんだ…あれ?空が青いぞ?」
「見ろよ、あの森!木が信じられんくらい高いぞ!」
探索隊の面々が口々に感想を述べる。
自分もイヴィヒカイトの空が決して綺麗だとは思っていなかったが、自分達の頭上に広がる空はまさに…綺麗だった。
眼下に広がる一面の森の30メートル程の木も、いつも見ていた貧弱そうな街路樹しか見てこなかった自分の目には高層ビルの様に写った。
「ここは…地球なのか?」
自分の後から入ってきたハイルが呟く。
「いや、この場所から見た太陽の位置から推測するに、緯度、経度共にイヴィヒカイトと同じあたりだと思う」
率直な自分の考えを言ったが、地球にまだこんな自然溢れる場所が残っているなんて聞いたことがない。
「どうだ?驚いたろう?ここを憲兵隊本部名物として売り出し、そのついでとして憲兵の事を知ってもらうと言う算段なのだ!」
前々からドミトリー上官はどこか抜けていると思っていたが、今回もどうやらそのようだ。
これを名物として売り出したとて、入場料で儲けても憲兵の入隊者が増えるのとは別問題だ。
でもそんな事はこの景色の前では、些細なことになっていた。
「このまま我々は森へ入り、詳しく調査をする。半日後には切り上げるぞ。食料は現地調達だ。」
「木の実がなっているのが見えるだろう?」
みんなドミトリー上官に続いて続々と森の中に入っていく。後を追おうとした時、足下に小口径の空薬莢がいくつか落ちているのに気がついた。
拾い上げて見ていると
「何をしてんだアーベル、行くぞ!」
森の中からハイルに呼ばれ、胸ポケットにしまいこみ、自分も森の中へ向かう。
4時間後、森が全体的に暗くなった。木々の葉が大きくなり、日の光が届かなくなったのだ。
探索隊は全員遠足にきたかの様にすっかり安心しきっている。時折木々に実った果実にかじりつき、腹を満たしながら森の中を進んでゆく。
そういえばと思いドミトリー上官に尋ねる。
「『あれ』なんて呼ぶことにします?」
「『あれ』とは?」
ドミトリー上官が聞き返す。
「自分達が入ってきた光るあの長方形のことですよ」
「『光り輝く長方形』ってのも長いですから」
ドミトリー上官は少し頭を傾けると、直ぐに何か名案が浮かんだ顔をした。
「『門』ってのはどうだろうか。安直だが覚えやすいだろう?」
センスのかけらもないネーミングだが、皆も何かアイディアがあるわけでもないので、その呼び名に賛成した。
「それではそろそろその『門』に帰るとするか」
「了解」
全員が反転して歩き出した。
「いやぁにしても本当に良い場所だなここは、空気も美味いし、特に危険がある訳でもないし、ピストルなんー」
すぐ後ろにいた不自然なところで言葉を区切った隊員を振り返る。
「うわああああ!」
思わず叫んでしまう。
何やら大きな獣が隊員の1人の上半身にかぶりついている。3メートルはあるだろうか巨体に巨大な爪に牙、その姿は恐ろしく殺気立っていた。
「伏せろミュラー!」
ハッとして地面に伏せる。
「ターンターンターン」
前を歩いていたドミトリー上官がピストルを発砲する。
その瞬間その獣は隊員の上半身を食いちぎると茂みへ飛び込んだ。
「クソッいつから我々に近づいてきていたんだ!?だが此方にはピストルがある!総員戦闘準備!」
隊員達は弾薬ポーチから慣れた手つきで弾倉を取り出すと、ピストルに装填し、各々背中合わせになり、次の攻撃に身構える。
「何処から来る…?」
目を凝らして薄暗い周囲を見回していると、
「上だ!」
隊員の1人が叫ぶ。
上を見上げると奴が樹上から飛び降りて来る。
皆咄嗟に飛びのこうとするも、間に合わなかった3人が奴の左腕の爪による薙ぎ払いで真っ二つにされる。
皆が散り散りになりながらピストルを発砲する。
しかし弾丸は全て奴の針金のような体毛に弾かれ、次々と隊員が殺されてゆく。
自分の撃った弾丸も全て効果を発揮することなく、奴は此方へ飛びかかって来る。
「うおおっ」
咄嗟に飛び退くも、奴の強烈な右手の薙ぎ払いは躱しきれず、すぐ側の木に叩きつけられてしまった。
薄れゆく意識の中で皆がバラバラに逃げてゆき、それを追いかけてゆくあの獣の後ろ姿が目に映る。そして視線を下に移すと。自分の胸から腹にかけてがえぐれ、血が滝のように吹き出している。
憲兵になった時から死ぬ覚悟はある程度出来ていたつもりだった。でもこんな死に方をするなんて…。
僅かに後悔を残しながら、アーベル・ミュラーの意識は途絶えた。
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