最弱剣士の極小魔術

佐藤謙羊

01 追放、ありがとうございます!

「父より優れた息子などいない!」


 我が家のエントランス、朝の日課である父さんの演説は、いつもこの一言から始まる。

 僕にとっては耳タコなのだが、まわりの兄弟たちは金言のように耳を傾けていた。


「となれば【万人の父】とされているポーラスター様は、もっとも優れているということになる!」


 父さんはバッ、と背後の壁に向かって手をかざす。

 そこには三階建ての吹き抜けの天井まで届くほどの、巨大なポーラスターの肖像画があった。


 白いローブをまとい、掲げた両手から巨大な太陽を生み出しているその姿。

 あまりに大げさなので、僕はいつも呆れていた。


「ポーラスター様は【極大魔術ギガマギア】で超巨大な火の玉、すなわち太陽を作られた! そう! ポーラスター様こそが、この世界を……いや宇宙を創りし神なのだ!」


 たしかに太陽は作ったけど、宇宙まで創った覚えはない。


「ポーラスター様はおっしゃっていた! 『大きいことは、いいことだ』と!」


 そんなこと言ったっけ?


「そしてこうもおっしゃっている! 『この世は魔術師こそがもっとも偉大である』と!」


 それは言ってないと思う。


「我らアスベスト家は、魔術師に仕える剣士の一族! そのおさであるワシは、お前たちをどこに出しても恥ずかしくない剣士として育てあげてきた! なかにはどうしようもない落ちこぼれもいたが、な……!」


 父さんは壇上からジロリと僕を見下ろす、並んでいた兄弟たちはクスクス笑った。


「そんなお前たちも、いよいよ羽ばたく時がきた! これから話すことは、ワシからの餞別だと思え! 近日中に、【白き極星の巫女】のピュアリス様が、付近の山道を通りかかる!」


 そこから先は、キナ臭い話だった。


 ピュアリスは魔術師の名門ダイヤモンズ家の令嬢で、進学のために馬車で王都に向っている途中だという。

 父さんは魔物を派遣する業者に依頼し、その馬車を襲わせる計画を立てていた。


「ゴブリンたちが、巣に見立てた洞窟にピュアリス様をさらう手筈になっておる! そこにお前たちが乗り込んで、ピュアリス様をお救いするのだ!」


 マッチポンプかい。


「そのあとはピュアリス様を王都まで護衛し、ともに進学! ピュアリス様はきっと、在学中にもお前たちを頼りにしてくださることだろう!」


 父さんはまだ獲っていないタヌキの皮を数えるような、欲深な目をしていた。


「そうなればしめたもの! 我らアスベスト家は、ダイヤモンズ家のお抱えの剣士になれるのだ……!」


 魔術師の名家に仕えられるのがそんなに嬉しいのか、兄弟たちも色めき立っている。

 僕は思わずアクビをしてしまったんだけど、それを父さんは見逃さなかった。


「だがペヴル、お前だけはそうはさせん! お前は今日をもって、【追放】だっ!」


「えっ」


「お前は体術の将来性がFランクだったが、寛大な心で家に置いてやった! だがもうガマンの限界だ! ポーラスター様への不信心は、もはや目に余る……!」


 父さんは怒りに震えながら、僕をビシッと指さした。


「お前はもはや、アスベスト家の人間ではない! 路傍の石スラムロックだ! さぁ、どこへなりとも行くがいい!」


「は……はい!」


「ふん! そうやって泣きすがっても、もう遅……って、どこへ行く!?」


 それは思いも寄らぬサプライズだった。僕は大喜びで列を抜け、大階段の下にある物置に飛び込む。

 落ちこぼれの僕は物置が自室になっているんだけど、部屋に入ってすぐに足音がドタドタと追いかけてきた。


「おい、どこへ行くつもりだ!?」


「えっ、どこへ行ってもいいんですよね? なら、早いこと家を出ようと思って」


 僕はすでにフード付きの黒いコートを羽織り、剣とリュックサックを背負っていた。

 わずか数秒で旅立ちの準備が完了していたので、父さんは目を白黒させる。


「は……早っ!? まさかペヴル、お前……!」


「はい父さん、僕はこの日のために、ずっと準備を進めてたんです」


「お……落ちこぼれなりの、転ばぬ先の剣というわけか! だ……だったら泣いて謝れ! いまなら許してやらなくも……!」


「いえ結構です、いままでお世話になりました」


 僕はそそくさと部屋を出る。通りすがりに父さんに一礼し、エントランスから正面玄関へと向かう。

 背後から、怒声が追いすがった。


「ま……待て! 黒いコートだと!? よりにもよって【忌色きしょく】の服など……! お前はなぜそうまでして、ワシに……! いいや、ポーラスター様に反抗するのだ!? それも、【あの日】から……!」


 足早だった僕の歩みが、ピタリと止まる。

 あの日とは、僕が剣の修行中に頭を強く打って寝込んだ日のことだ。


「答えろ! なぜ抗うのだ!? 石ころペヴルと呼ばれたお前が、すべてを照らす星ポーラスターに!」


 あの日、僕はベッドの中で前世の記憶を取り戻した。

 そして、知ったんだ。


「石ころと星は、ある場所が違うだけで、同じものだよ」


 僕は、純白のローブをまとう巨人を見上げながら言った。


「それに前世の僕は、崇めるような人間じゃないよ」

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