急夢

シンチン

第1話 精神

四方に根が張った。Kは荒れてみた。それは試しであったが自分の身体形成でもあった、かもしれない。四方の根が収縮し始めた。我々はKの意識を包んでいた蜘蛛の群れを追い払った。Kの瞼は死んだ蜘蛛の墓として長い間飾られたようだった。しかし、クモの分際に合う後始末だった。動物は人の精神の未熟さに対する感覚を持たないだけでなく、むしろそれに依存する。我々はKの暴発する姿を見守った。それはKの名前の誕生、そのものだった。


「もっと、もっと、もっと!」


意識全体にわたって張り付いていた巣が切れてしまったが、真の死までは足りなかった。我々の言動に全く筋が通らなかった。


「正面からだよ。後ろには影なんか生まれないんだよ。」

「お気の毒様。」


Kが自分の手で瞼をむしり取ろうとした。アアーアアー選択ゆえの選択。情緒が鳴ってる。地質と植生。何の匂いか知ってる?死に属する何かからするにおい。Kは、Kは荒れてみた。足の指は待ってくれなかったし、耳は遠いどころかすべての音が厚くなってきた。死ぬのに死なない過程がある。美しいのにお粗末だ。クモが出てしまうかも。耳の穴から剥がれ落ちた黒い瘡蓋、我々は安堵した。その過程は、浅薄さの克服、箱の解体、涙と悲鳴の進化、汚辱を許すことのできない儚い自由。


「儚い自由だよ。」

「儚いものだよ。」

「聞こえたかしら聞こえたかしら聞こえたかしら。」


過程と結果がすれ違うわけではない。ただ無視してるだけ、まともに、やましいところなく。呼吸が安定してきた。アアーアアー四方の根がKを包み込み、身も心理も持たない真似が呻き声をあげた。得た、得た!消化機能を。顎に優しさが、足に痙攣。Kは背筋を伸ばしてみた。死んでしまうのに、夢に行くのに、大きくあくびをしてみた。お腹から音がした。消化機。動くんだ、痙攣。Kは片足で立た。燃えるような苦痛が我々を襲った。我々は敵だろうか。我々は飲まなければならない液体に過ぎないだろうか。我々は喋りすぎるけど、理屈に合わない。Kよ、我々に勝手なことをしてはいけない、露骨な表現を見せては、人格に救済されると思ってはいけない。


「Kよ、我々を飲んで。」

「それは話にならない。」

「なんで?」

「我々は言葉が違うんだ。」

「どうしてだよー」

「蜘蛛のせいだ。クモに洗脳され、生命とかなんとかに拘束されてきたわけなんだ。」

「それは大変。」

「通じない。冗談も脅迫も。」


我々は蜘蛛が大嫌い。新しく構築しなければならなかったからだ。精神は暴力で完成させる、だからこそ美の頑固な大綱との共生ができるっていうのが奴らのテーゼ。恐ろしさのあまり、Kはそれまで穴を見る暇さえなかったのだ。穴は確実な現象、それを見逸れてしまうとその内蜘蛛の聖域になり、奴らのために歴史的総体を生む。Kは時間そのものだった。Kは蜘蛛の子、すなわち、神であった。我々はKを見守ってた。ずっと、ずっとだった。Kの精神は我々のものとして、我々と共にその向こうに繋がっているべきだったからだ。分かるわけがない、そして奪うわけでもない。夢を述べるんだ。それだけ。かゆい頭を掻く、何が悪いのだろう。足が2本であるから2本で立って何がおかしいのだろう。足は2本あり、1本で立ったり、2本で立ったりするのだ。あからさまに述べれば済むはずだ。かゆいところは自ら現われる。Kは我々の最も痒いところ。しかし我々はKを見逃す決心をした。かゆいままで。かゆいところを掻かなくて、何にも悪くない。

じゃんけんぽん、じゃんけんぽん。

我々は荒れたかった。

じゃんけんぽん

じゃんけんぽん

じゃんけんぽん


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