Vanilla Sky

デイジー

第1話 Vanilla Sky

 眩しい朝の光が差し込み、コーヒーを淹れる蒼空そらの柔らかな髪を照らしている。カウンターに軽く頬杖をつきながら、陽大はるとはその横顔をぼんやり見つめていた。

 高校一年の時に同じクラスで隣の席だった二人は、見た目も性格も真逆のような感じながら何故か波長が合ったようで、同じ大学に進み、同じ地域で仕事をする腐れ縁だ。正義感が強く真っ直ぐな陽大は、キリッとした引き締まった顔立ちがいかにも警官という感じだ。一方の蒼空は見た目はまるで正反対の、白い肌に涼しげな目元の柔らかな顔立ちだが、その優しい雰囲気とは裏腹にはっきりものを言うところや、理系らしい鋭い観察眼が陽大と気が合うところなのかもしれない。

 同じ大学に進んだ二人だったが、大手企業への就職を望む両親に対し、どうしても子どもの頃からの夢を諦めきれなかった陽大は警官になる道を選んだ。同じくせっかくいい大学に入ったのだからと期待する母親の思いとは裏腹に、蒼空はカフェのオーナーになる夢を叶えた。そして、いつからか出勤する前に蒼空のカフェに寄って朝食を食べていくというのが陽大の日課となっていた。

 「朝から何ぼんやりしてるの?」

 「え?」

 「ほら、コーヒー入ったよ」

 「ああ、サンキュ」

 「寝不足?」

 「いや……まぁそうかもな」

 「最近は? 何か俺が手伝える事件とかないの?」

 「素人のおまえが手伝う事件なんかないぞ」

 「その割に俺に相談しては、俺の見事な推理が役に立ってると思うけど?」

 「たまたまだ、たまたま」

 「はいはい」

 苦笑しながら蒼空はヨーグルトと果物を陽大の前に置いた。

 「はい、今日のビタミンCとカルシウム」

 「どうも、俺の専属栄養士さん」

 「何言ってんだよ、普通のカフェメニューだとあれこれ文句言うくせに」

 「食生活の乱れは体調の乱れだからな」

 「わかったから、早く食べないと遅刻するよ」

 軽口を叩き合いながら、穏やかな朝の時間が流れていく。陽大は酸味が残る苺を口に放り込むとジャケットを羽織りながら立ち上がった。

 「ごちそうさま」

 「いってらっしゃい」

 いつものように陽大を見送り、蒼空の一日が今日も始まっていった。


 「今日も奥さんの手料理食べて出勤か」

 陽大が出勤すると、同期で同じ捜査一課の北山壮介がさっそく揶揄ってきた。

 「誰が奥さんだよ」

 「カフェVanilla Skyの美人バリスタ、仲川蒼空くんのことだよ」

 「アホか。あいつのどこが美人なんだよ」

 「贅沢だな。見慣れてくると美人も普通に見えてくるってか?」

 「夢壊して悪いけどな、あいつはああ見えて口は悪いし割とS体質だし平気で人の靴下をゴミ箱に捨てるような奴だぞ」

 「てことは、靴下をゴミ箱に捨てられた経験があるんだな」

 「人の部屋で勉強するって押しかけたくせに、たまたま床に落ちてた靴下が汚いからって捨てやがった」

 「ああ、それは気持ちわかる」

 「どこがだよ。俺の足は臭いなんかしない、きれいな足だぞ」

 「まぁでも蒼空くんなら許す」

 「細いようでしっかり筋肉あるからな」

 「いいじゃん、ガリガリよりむちむちの方がエロいし」

 「おまえ、何言ってんだよ」

 やや語気を強めた陽大に、壮介はわざとらしく肩をすくめた。

 「冗談だって。俺の狙いはVanilla Skyの隣のレストランの美優ちゃんだから」

 「ああ、あの金髪の子か」

 「まさに巨乳、むちむち、どことなく男を誘ってるような色気とか、ホントたまらんわ」

 「朝から元気だな、おまえも」

 「そこで頼みがある」

 「頼みって」

 「今度デートに誘いたいんだけど、一対一だと警戒されて断られるかもしれないだろ。だからさ、おまえも一緒に来てくれないか」

 「はぁ? 何で俺がおまえらのデートにくっついていかなきゃいけないんだよ」

 「だから、もう一人入れて、四人でダブルデートだよ」

 「もう一人って……」

 ふと蒼空の顔が浮かんだ。

 「瀬那って子、いるだろ。同じウェイトレスの」

 「瀬那?」

 「ほら、ちょっと細身の、黒い髪した子。その…アレだよ」

 「アレって……ああ、あの子、瀬那って言うのか」

 いつも優しい笑顔で接客をしている彼女は、性別は男性だが女性の格好をしている。華奢な体つきと長い髪で、パッと見ただけでは男性とはわからないが、よく見るとやはり女性とは違うというのがわかる。何度かオーダーを取りに来てくれたことがあったが、とても感じのよい印象だった。

 「な、頼むよ」

 「何で俺が」

 「友達を助けると思ってさ、協力してくれよ」

 「そんな暇はない」

 「警官の仕事は人助けが基本だろ」

 「合コンのどこが人助けなんだよ」

 「合コンじゃない、ダブルデートだ」

 「どっちでもいいよ。とにかく、着てく服とかもないし、デートしてる暇があったら一つでも仕事を片付けたい」

 「服なんか、蒼空くんに選んでもらえばいいじゃん。おまえはおしゃれには無頓着だからな」

 「蒼空に……」

 確かにおしゃれにあまり興味のない自分と違って、蒼空はカフェのオーナーらしく、いつも着こなしが様になっている。

 蒼空に服を選んでもらうってことは、一緒に買い物に行くってことか。そういえば、最近忙しくて前のように2人でご飯を食べに行ったり遊びに行くこともなくなったな。たまには飯でも奢ってやるか。

 「わかった」

 「……蒼空くんの名前出せば簡単にYesって言うんだよな」

 「何か言ったか?」

 「いや、何でもない。んじゃ、週末デートに誘うから、明日にでも蒼空くんに買い物付き合ってもらえ」

 「その代わり、明日もし残業あってもおまえが代わりにやれよ」

 「まるでもう残業確定みたいに言うな」

 「何しろ調書の山がこんなに」

 「……わかったよ、手伝うって」

 「OK」

 あいつにはいつも世話になってるし、その恩返しをしなくちゃな。

 なぜか自分に言い聞かせるように表情を引き締めながら、陽大はすぐに蒼空へメッセージを送った。

 −明日、仕事が終わったら買い物に付き合ってくれないか

 数秒ほどで既読がつき、すぐに返信がきた。

 −ハルが仕事終わったらってこと? 俺の仕事終わりじゃ遅くなる

 −蒼空の仕事終わりでいい。そのまま買い物終わったら久しぶりに一緒に飯でも食おう

 −どうしたんだよ、急に

 −いや、いつも朝飯ただで食べさせてもらってるからさ、お礼に

 −そんなの、別にいいよ

 −そうは言っても、やっぱ悪いし

 −何かあったのか? 買い物って何買うの?

 −俺、センスとかないからさ、おまえに服を選んでほしくて

 −服? 何の? 仕事用のスーツ?

 −いや、私服っていうか……

 −どこに着てく服?

 "週末、ダブルデートに着てく服だよ"

 その一文を打つのを、陽大は一瞬ためらった。

 俺は何をためらってるんだ?

 −週末、北山にダブルデートに誘われてさ

 今度は蒼空からの返信に間が空く。

 怒ったのか…? いや、あいつが怒る理由なんてないよな。

 でも、既読がついたのに返信がない。

 一分ほどの沈黙が、陽大にはひどく長く感じられた。

 −わかった

 なぜだろう。なぜ、俺は蒼空に対して申し訳なく思ってるんだろう。

 少し間が空いての返信、ただそれだけなのに。

 朝、カフェを出た時は爽やかな気持ちだったのに、今の陽大は何となくもやもやしたまま落ち着かないい気分だった。そしてそれが一体なぜなのか、陽大自身にもわからなかった。

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