未完のゼーレ〜仮初を暴きし世界〜

月末了瑞

0章『母の想いとこの願い』

第0話-不可思議な夢-


「運命の歯車が、もうじき動き始めます」


 神秘的な趣きを含む光を反射するような、見渡す限りの白が広がる空間。


 そんな空間で、その白よりも真っ白な──


 純白を纏うように、容姿の全てを神秘の中へ隠したが理解し難い言葉を静かに告げた。


 恐らく、この誰かは実体を持たぬ虚像だろう。


 その証拠に時折、白をまとう容姿にノイズが走り、その真実を隠そうとしているようにも見受けられる。


 そして、声までもノイズ混じりで男か女すらも判らない。


 が、絶対に虚像とも言いきれない。


 虚像だと仮定した場合、遠くから響くような──いや、耳元で囁くような……そんな独特な響きを含んでいるという点に疑問を抱えてしまう。


 幻影の類に、こんな相反するような神秘さを含むことは、果たして可能なのだろうか? そこに着地するというもの。


 そしてこの場所がどこなのかと問われたならば、見渡す限り白一色ということ、そして白に隠された虚像の様なモノが存在していることから、現実とは異なる空間だと答えることができるだろう。


 ここを夢の世界と仮定したとして、迷い込んだのか? はたまた呼ばれたのか? 定かではないが、そのが理解しがたい言葉を告げる先に、リーウィン・ヴァンデルングという少年が佇んでいる。


 彼はこの日、十六という節目を迎える。


 十六になれば、この世界では成人として認められる。


 認められるということは、職を手にすることも、お酒やギャンブルなどをたしなむことも、この世界にしか存在しない特殊な慈善活動をすることも可能ということ──。



まぁ、その部分は追い追い触れるとして、あほ面をし、なにをするでもなく佇んでいるリーウィンに目を向けてみるとしよう。



「運命の歯車……?」


 リーウィンは、心当たりなど特にない。そう言いたげに不安を孕む瞳を揺らし、ポツリと零す。


 このリーウィンという少年は、隠すことでもないのだが、自他ともに認めるただの一般人である。


 良き点をあげるならば、心根が優しく、誰かと競うよりも花や動物を愛でる方が好きだったり、誰かを傷つけるような真似は基本的にはしない。


 だが心根がどれだけ優しくとも、吐出するような才能など、なにひとつとして持ち合わせておらず、どちらかといえばなにをしても中途半端に終わる。


 根性もなければ、泣き虫で、まだまだ幼さの残る考えから脱することができていない。


 客観的に見れば、まぁ……。リーウィンは残念な部類にカテゴライズされるのだろう。


 その残念さは容姿にも伝染しており、男だと言うのに白く透き通る肌に、クラゲカットの様なセミロングの頭髪は、限りなく白に青を帯びた銀髪で、長いまつ毛にぱっちりと幅広の二重。艶やかな薄ら桃色に染るふっくらとした唇に、平均よりやや低めの身長も相まって、容姿は女特有のソレ。


 もし女に生まれていれば、富や名声を得れたに違いないのに。そんな気の毒さが拭いきれないほど、完璧な女と呼べる容姿を神から授かっている。


 これを残念とせず、なんとするか? そう問いたくなるほど哀れ。その言葉に尽きる。


 リーウィンは、自身に向けられるという言葉にいぶかしさを抱えているのか、先程からずっと険しい顔をして純白に覆われた誰かを見つめている。


 きっと不安や困惑なんかの感情を、複雑に入り交じらせ、なんとも言えぬモヤモヤを白煙の如し立たせているのだろう。


「僕の運命ってなんですか?」


 そして解らないなりに、口を開いたのだろう。リーウィンは先程となんら変わらぬ運命の意味を、今度は目の前の虚像に問いかける。


「あなたは次に目が覚めた時、ここで話した内容の大半を忘れていることでしょう。ですので、あなたの運命について、少しだけ伝えておきます」


 が、そう聞いたと同時に虚像が耳を疑いたくなるような言葉を紡いだ。


「それは……?」


 その言葉を聞きリーウィンは、返答をまつのだが、それっきり反応はない。


今、目に映る誰かは虚像であり幻影だ。そう確信させる様に、その次の言葉を一向に紡ぐ気配を感じ取れない。


 まるで吹き込むことを忘れたように、ただただ静寂だけが漂うだけ。


 そんな時間だけが無意味にすぎていく中で、困惑から徐々に、苛立ちの色へと変化していくリーウィンの瞳には、それでも尚、他者を信じようとする純心さが宿っているように思えた。


 が、待てど暮らせどやはりその先がやってこない。


 その時間はまさに拷問に近い。なにも解らぬ空間で、静寂の中に監禁されれば、人間の精神は徐々に崩壊していく。


 リーウィンも例に漏れず、苛立ちや困惑、期待や不安。色んな感情を瞳に宿し揺らしながら、虚像と言える誰かの答えを待ち続けた。


 だがそんなことをしたところで、深い霧の中だ。なにもかもが有象無象で、ここが白い空間。それ以外の判断材料は皆無。


 諦め、帰り方を模索する方が有意義だというモノ。


 それをせずに、無意味なことに時間を費やし続けるリーウィンは、騙されやすかったり、洗脳されやすかったりするのだろう。よく言えば純粋。悪く言えば全てが幼く無知──やはり残念な人種なのだろう。


 そんな無意味な時間を費やし続けるリーウィンに、時間切れだ。そう告げるように徐々に霧に包まれた空間が離れ始める。


 それは突然であり、その前兆すらみせなかった。


「えっ!? なに!?」


 慌てふためくリーウィン。


「あなたは運命を歩む過程で、魂の使命こん願者ドナーになるでしょう。ですが、その理由までは深く考えなくて良いのです。あなたの運命を決める権利は、私にあります」


 それを狙ったかのように、忘れ去られた言葉を紡ぎ始める誰かの声。


 そんな言葉を皮切りに、リーウィンの体は白に覆われた空間から完全に切り離されていく。


 リーウィンは理解できないまま、がなにか? 声が枯れそうになるほど、繰り返し叫び続けた。


「さぁ、未来を切り開きなさい。あなたがこの世界の真実を暴くのです。そして──」


 もう暗闇の中に差し込む、一筋の光程度の霧しか見えなくなった頃。


 実体を持った誰かが、リーウィンの耳元でそう囁き、そして全てを言い切る前にリーウィンの頭に触れ、ナニカを取り出したと同時に、スッとその姿を砂粒のように崩し、消えていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る