紅の髪飾り、とても良いものだ

 獣人たちを振り切った僕は少し遠回りをしながらロサのいる方向へ向かっていた。


「はあはあ」


 懸命に逃げてきて偶然出会ったという設定で、息を荒げる演技をしながらロサに接触する。ちなみに顔に熱を帯びさせるのが演技のポイントだ。


「だ、大丈夫ですか」


「はぁ、だ、大丈夫、です」


 毎日手入れしているのだろう。細くきれいな指の手を差し伸べられた。


 掴んだその手は女性らしくやわらかで彼女も走ったせいか汗で少し湿っている。


「って、先ほどお助けいただいた方ではないですか」


「えっ、あっ」


 あくまでも偶然の出会いという体で返事をする。


「先ほどはありがとうございました。私はロサ・グリフィスです。あなたは?」


「僕はジーノ・ホープです」


「お礼をしたいのですが、お時間は大丈夫でしょうか?」


「お言葉に甘えます」


 よし、うまくいったようだ。


「ついてきてください」


 ロサが向かったのは目の前の建物だった。


「ここが私の事務所なんですよ」


 話がトントン拍子に進んでいく。僕からすれば願ったりかなったりだが。


 ロサの事務所に入ると客室らしき場所に案内された。ソファに座って待っていろといい、ロサが退室したのでぐるりと部屋を見渡す。


 中央に木製のテーブルにソファ。その下には赤いカーペットが引いてあり、天井は黒い。花瓶に赤い花が飾られている。棚には何かの資料が並べられている。


 暗い雰囲気の中にゴージャスな様子が感じられる。


 周りを見渡しているとロサが初老の男性を連れて部屋に入ってきた。


「お待たせ、ジーノ君。こちら、社長のシャラさんです」


「シャラ・ナランだ。うちのものが世話になったようだね。感謝するよ」


「い、いえ」


 社長さんに頭を下げられて感謝される。


「来て早々で申し訳ないんだが、これから外せない用事があってね。ここを離れなければならないんだ。だからロサ、お相手してあげなさい」


「わかりました」


 ロサの返事を確認した社長さんはそのまま部屋を出ていった。


 ロサは紅茶とお茶菓子を準備し、僕の前に置くとテーブルを挟んだ反対側のソファに座る。


「改めて。先ほどは助けていただいてありがとうございます」


「い、いえ。当然のことをしたまでで」


 自らがつがついかず謙虚に。アルティメットヘイボンの教え。


 差し出された紅茶に口をつけ、落ち着ける仕草をする。


「ジーノ君はここの出身じゃないですよね。どこから来たんですか?」


「僕は……」


 僕のことを適当に話していた。もちろん、カラスとしての顔を隠しながら。


「私ったらジーノ君のことばかり……。自分のことを何も話してなかったですね。ごめんなさい」


 うん、訪ねてないし、興味もないし。


「私、踊り子やってるんです。それなりに有名なんですけど、知ってますか?」


「ごめん。ここに来て間もないからね」


「むぅ、そうなんですね。私もまだまだですね」


 少し残念そうに顔をそむけるロサ。そろそろ本題に入るとしよう。


「その髪飾り、すごく特徴的だね。どこから仕入れたのかな?」


「この髪飾りですか? これは母の形見でどこで手に入れたのかはわからないんです。ごめんなさい」


 母の形見か。それならもらうわけにはいかないな。それに入手場所も不明。


 ……自分で作るしかないか。


「お詫びというのはなんですが。触ってみます?」


「いいの?」


 ロサは紅いバラの髪飾りを外し、渡してくれる。


 触れてみて改めて精巧な作りをしていると感じる。宝石いじりをしているからわかるがこの形状でこの輝きを放つのは今の僕には無理だ。


 ソウルで複製するというのは簡単にできるが、物質化を維持するのは不可能だ。維持する操作をやめれば物質化したものはソウルへと戻る。


 そのため宝石から自分で作らなければならない。とはいえ、レベルアップには自己研鑽は必須だ。この労力は必要経費だ。


「ふふふ、気に入ったようで」


 見れば見るほど、触れれば触れるほどその魅力に魅入られる。すばらしい造形だ。


 ドスッ


「あ、それは」


 髪飾りに夢中になっていると棚から何かが落ちるような音がする。近くだったため宝石をテーブルに置き、手を伸ばして拾う。


 手に取った資料の内容は行方不明者のリストだった。


「見てしまいましたか。最近、踊り子の行方不明者が増えているんです。私たちのところでも被害にあっている子もいて」


 拾った資料をロサに渡すと物憂げな表情で語る。


 行方不明者ねぇ。頭の端に置いておこう。今はどのようにしてこの髪飾りを作るかだ。


 資料を戻したロサは僕の隣に座って会話を進める。


 ロサの話を背景音楽にして適当に返事をしつつ、どのように制作をするのかと考えを巡らせたのだった。

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