理不尽に裏切られた底辺ダンジョン配信者の俺が、最強『暴露系配信者』になって『俺TUEEEEE』と『ざまぁ』で成り上がる

下等妙人

第1話 底辺配信者の現実と、希望


 二十歳そこそこになると、嫌でも理解出来るようになる。


 自分に設定された天井ってやつが、望んでいるほど高いものじゃないってことを。


 だがそれでも、俺は。


「はい! 皆さん、おはこんばんちわ~! ダンジョンズ・クラブ所属のDライバー、平山タイチです~!」


 暗澹たる情を押し込め、撮影者が構えるカメラに笑顔を振りまく。


「え~、今回はですね~、変成エリアでの狩りを見てもらいつつ、これからDライバーになろうって人のために色んな情報を共有しようと思います!」


 ダンジョン内部、下級階層の一画を歩きつつ、俺は言葉を紡ぎ続けた。


「ダンジョンは内部の環境が定期的に変わるんですね~。そういう場所は変成エリアと呼ばれてて、出現するモンスターも変わります。だから変成エリアの探索はリスクが高いんだけど、その一方、レベルに見合わないレアな魔石をドロップすることもあるんで、リターンもかなり大きい。まぁ、初心者のうちは手出ししないことをオススメしますが」


 カメラマン共々、目的地に到着。


 俺と同じ考えの配信者は多数居たようで、既に何名かの先客が配信を行っていた。


 そんな中に混ざる形で、


「じゃあ、そうだな。あそこに居るリザードマンの亜種っぽい奴、やっちゃいましょう」


 銃器型の武装を構え、トークを続行する。


「ダンジョンに足を踏み入れると、誰もが《スキル》を獲得します。それが強力な攻撃能力じゃなかった場合、こういった武器に頼って狩りをすることになります」


 戦闘開始……とはいっても、特筆する内容でもなかった。


 武装から放たれた光弾が敵方を捉え、その一撃で以て瞬殺。


 それからリザードマンの亡骸は急速に溶け始め、やがて煌めく宝石へと変わる。


「はい、これが魔石ってやつですね~。ダンジョンの外にある換金所でお金に換えられるんで、忘れずに回収しておきましょう」


 もっとも、下級階層で回収出来る魔石など既に供給過多となっており、大した額にはならない。


 かつてダンジョンが出現したばかりの時代であれば、下級階層の探索だけでも一財産を築けたというが、今やそこらへんのコンビニでバイトした方がマシまである。


 そんな時世だからこそ、「探索者」は「配信者」へと名を変え、魔石の回収とは別の方向性で稼ぐようになったというわけだ。


 ……とまぁ、そういった感じの説明を行いつつ、二体目、三体目と次々にモンスターを倒していく。


 結局、本日も大したハプニングもないまま、配信は無事に終了した。


「ふぅ。お疲れさまです、巌夫さん」


「……ん」


 俺が事務所に属するようになってから今に至るまで、ずっとカメラマンを務めてくれている男性、長倉巌夫。


 彼は相変わらずぶっきらぼうな調子、だったのだが。


「……なぁ、イツキよ」


 呼びかけられたことで、俺は目を丸くした。


 珍しいな。

 この人から話しかけてくるなんて。


「はい、なんでしょう?」


「お前、歳いくつだ?」


「えっと、今年で23になりますけど」


「そうか、なら――――そろそろ潮時だな」


 思わず、立ち止まった。


「潮時、って」


「そのまんまの意味だ。お前にDライバーは向いてねぇ。別の仕事を見つけた方がいい」


 突然の言葉に、呆然とする。


 そんな俺に巌夫さんは厳しい声を浴びせ続けた。


「お前も薄々感じ取ってんだろ? うちみてぇな弱小事務所じゃ、どう転んだって伸びねぇってことを。実際、お前がうちに来て四年ほど経つが、チャンネル登録者数は1000にも満たねぇし、配信の同接数も60を超えた試しがねぇ」


 だがそれは、と前置いて、巌夫さんは続けた。


「事務所を変えりゃいいって問題でもない。そもそも伸びることが保証されてるような大手に受かるんだったら、うちにゃ来てねぇだろう?」


 答えづらい質問だが……事実なので、頷く他なかった。


「断言しとくぜ、イツキ。このまま諦めずに進んだなら、お前の将来は真っ暗だ。それでもこの業界にしがみつくってんなら……オレみたいになるぞ」


 自虐的な笑みが巌夫さんの口元に浮かぶ。


 彼とは何度か酒を飲み交わしたことがあった。

 その席でポツリと、自らの半生を語ってもらったのだが……


 そうだからこそ、この人の言葉には説得力があった。


「オレぁ今年で四〇だが、嫁も子供も居ねぇ。今後、出来る可能性もゼロだ。住んでる家はアバラ屋も同然。食う飯も粗末極まりない。……最近、よく思うんだよ。こんなことなら、さっさと諦めときゃよかったってな」


 吐き捨てるように呟いてから、巌夫さんはこちらに背中を見せ、


「……イツキよ、オレみてぇな奴にはなってくれるな」


 歩き出す彼に、俺は、何も言えなかった。


   ◇◆◇


 ダンジョンを後にし、換金所でショボい金を受け取ってから、帰宅すべく駅へ。


 それから電車に乗り込んで、車体の揺れを感じつつ……

 巌夫さんの言葉を反芻する。


「……わかってるんだよ、本当は」


 何もかも巌夫さんの言う通りだった。


 彼は全面的に正しい。

 きっとこのままでは、彼と同じ末路を辿ることになるのだろう。


 それがわかっていながらも。

 夢を、希望を、憧れを、捨てきれずにいる。


「…………」


 半ば無意識のうちに、スマホを取り出して、配信アプリ、D-TUBEを開いた。


 ダンジョン配信者が己の存在をアピールする場。

 そこには無数のチャンネルと、配信とが溢れており……


 しかし、日の目を浴びる者はごく僅か。


 中でも取り分け強いスポットライトを浴びる者達が今、配信を行っていた。


『う~い! Dライブ所属のライバー、大島タケルだ!』


『……同じくDライブ所属、兵藤カズオミ』


 業界最大手の事務所、Dライブ。

 その中でもトップスリーに輝く、若き逸材達。


 大島タケル。

 兵藤カズオミ。

 そして、


『はぁい、みんな~! 天音クリスだよ~! 今日は脳筋ゴリラと根暗メガネ、めんどくさい二人とのコラボだけど! いつもみたいにハイテンションで頑張りま~す!』


 天音クリス。

 金髪碧眼の美少女Dライバー。

 そのチャンネル登録者数は700万人を超えており、現在、国内最高数を誇る。


『んだよ、クリス! 誰が脳筋ゴリラだっつの!』


『根暗、メガネ……』


『んじゃ早速、配信スタートってことで! サクサク行くわよ、あんたら!』


『『無視すんな(するな)!』』


 緊張感のないやり取り、だが。


 この三人が今、立っている場所は、ダンジョンの上級階層である。


 そこはまさに死と隣あわせの超危険地帯。


 けれども、彼等からしてみれば、自らが輝くために用意された、お誂え向けの舞台に過ぎない。


『お、デカいドラゴン発見!』


『よっし、派手にいくわよ!』


『……あぁ』


 三人とも、俺なんかとは次元が違う。


 スキルの性能。

 ルックス。

 トーク力。

 カリスマ。


 あらゆる要素が、青天井に設定されているのだ。


「…………」


 彼等の活躍を目にしながら、歯噛みする。


 こうなりたかった。


 いや。

 今でも、まだ。


 こうなりたいという思いは、消えてない。


「……チャンスが、あれば」


 端から見れば、負け犬の遠吠えそのものだろう。


 わかっている。


 俺の願望は無価値なものであり、現実化することなど決してないということを。


「…………」


 三人の配信を見ているのが、辛くなってきた。


 俺はD-TUBEを閉じて、スマホの画面を――


 暗転させようとした、そのとき。


「ん?」


 一通のメールが届く。


 どうやら事務所から発信されたもの、らしい。

 どうせ大した内容でもないんだろうけど、万一ということもあるので、早速確認。


 ――その瞬間。


 俺は、無意識のうちに声を漏らしていた。


「は?」


 文面の全てに目を通し、それから再び。


「は?」


 まったく同じ声を出す。


 事務所から送られてきたメールは、あまりにも信じがたい内容だった。


 果たして、その文面とは。


 ――Dライブ所属のライバー、大島タケル、兵藤カズオミ、天音クリスとの、コラボ配信が決まったことを知らせるものだった。






――――――――――――――――――


【★あとがき★】


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