クリアクオリア ~world color‘s~

秋草

山吹色の国 ①

 青い青い絨毯が伸びる。どこまでも広がる大草原は時折撫でるように吹く光風で波打ち、音を立てて揺らめいていた。海のように青々しいそこに、線を引くように一本の細い道が作り出されており、迷わないための道標として、先へ先へと続いている。

 そして、その海の上を歩くように。その道を踏み締めて進む人影が一つ。

 黒いローブを身に纏い、頭頂にはベレー帽を乗せている。足元は使い慣れた様子のレザーブーツで、背には上半身が隠れるほどのリュックを背負っていた。

 決して大柄とは言えない、それどころか小柄で、伸びる肢体からは人形のように華奢であることが窺える。ただし、その歩みは強い。ふらつく様子も無くしっかりとした足取りで前へと進んでいた。

 顔立ちもまた、人形のように幼く、そして美しかった。顔色一つ変えない表情は神秘さを保ち、透明のように澄んだ髪が、纏う雰囲気をさらに不思議なモノへと昇華させる。少女らしいあどけなさはなく、年相応の元気らしさも感じられない。歩く少女は、その澄み切った瞳で、ひたすらに目的地へと向かっていた。

 旅人。

 世界各地を歩き回り、国々を訪れる。観光が目的では無い。そこに住む人々と会話を交わし、そして用事が済めばその国を離れる。そうしてまた別の国へと向かう。少女の興味は、たった一つだった。

 彼女の名前はトウ。無感情な少女であり、無機質な旅人であり、無二の画家である。



 荒野と言っても間違いではない程に、その辺り一帯には緑が無かった。岩が剥き出しで、赤色の土が露出しており、色味に欠ける光景がしばらく続いていた。空を覆う灰色の雲と赤茶色の地面とが相俟って、重く無味乾燥な印象を受ける。

 そんな道無き道、どこを歩いても変わり映えしない地面を、少女は蹴る。


「本当にこんなところに国なんてあるんですかね? ずっと歩いてますけどそれらしい建物も見えてきませんし」


 声が通る。風に乗って遠くまで飛んでいきそうな勢いだ。敬語であるが、けれどその語気には快活さが宿っていた。


「地図を見ても間違ってないみたいですし……。まあこんな何も無い、目印らしい目印も見当たらない場所で地図をあてにするのも間違いなわけですけど」


 少女がたった一人、歩く。ただ前を向いて、歩き続ける。その表情は、眠たげでもあり、しかしそれ以上に何かを思い詰めているようにも見える。

 ただそんな彼女に対する、もっとも近い評価は。

 感情が読み取れない、という事だ。


「あのー聞いてますか? ずっと喋ってないですけど。大丈夫ですか?」


 土と岩以外何も無い空間に響く声は高く溌剌としていて、女性らしい。ただこの場にいる一人の少女が口を開いているのかと言えば、その実そうでもない。

 何処からともなく聞こえてくる声に、少女はようやく応答した。


「……大丈夫じゃない、喉、乾いた」


 澄んだ鈴のような音が響いた。その声が若干掠れているのは、聞き間違いでは無いだろう。表情こそ変わらないものの、その声音で少女がどういった状態なのか、大体掴むことが出来る。


「あとお腹も……」

「もう三日間ろくにご飯食べてませんもんね……、ドライフルーツを食事とも呼べませんし。というか水ぐらいあったでしょう。それ飲んだらいいんじゃないですか」

「だって、それもう、無いし……」

「……重くなるからって多めに買っておかなかった、貴女の自己責任だと思いますけど」


 食事を取るよりも、まずは水分補給の目途を立たせなければのたれ死ぬ。俄かに死の未来が近付きつつあったが、直後にその心配も無に消えた。


「あ、トウ。見えましたよ!!」


 はしゃぐ声にトウと呼ばれた少女が目を凝らす。白亜に彩られた城壁。その周囲には堀が設けられており、中には水が溜められていた。


「これで今起きている問題のほとんどが解決しましたね。いやー一時はどうなることかと思いました」

「……うん、早く行こう」


 トウの表情は変わらない。先程までと大差ない足取りで、遠くに見える城壁をただ目指す。

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