第5話

おっさん、弟子とのんびり過ごす①

「何? 上級騎士フトッチョがまだ戻らないだと?」


 部下からの伝令を聞いて、ネタキリーが眉を顰める。

 定期点呼の時間はすぐそこだ。

 面倒ごとしか持ってこない男だと妄想の中で袈裟斬りにしてやる。


「はい、薬草採取に向かったきり」


 飯の前には必ず戻るあの男が自主的に薬草採取に出かけた? 嘘だな。

 嘘をつくならもっとマシな嘘をつけ。

 ネタキリーが部下を睨め付ける。


 仕事をしないことでも有名な問題児だ。

 部下の仕事を奪って自分の功績にする、ずる賢い男でもある。


 脳内剣豪のネタキリーが件の男をバッサバッサと斬り付けている。

 口に出さなきゃ、何をしてもいいのは平民の中では常識になりつつあった。

 平民ほど、心の中に剣豪を飼っている。

 それはネタキリーに限った話ではなかった。


「森で何かあったのでしょうか?」


 死んでくれて構わない存在であるが、中途半端に死なれても困る厄介さがあった。

 ああ見えて実力だけはある。

 戦力が一人減るという意味ではここでの生活が厳しくなるのだ。

 死ぬなら森の外に出てから死ね!


 終わらぬ薬草採取にネタキリーの毛根にも危険信号が出ていた。


 ここ最近、頭を掻きむしる回数が増してきている。

 若くして禿げたくない。

 それは一代貴族のネタキリーですら思うことだった。


「わからんが、一応警戒しておけ」


「ハッ」


 敬礼をして下がる部下。

 心の清涼剤が欲しいところだ。

 そんなものがこの世にないことはネタキリー本人が一番よくわかっているが、それでも求めてしまうのが平民故の悲しさである。


 そんな極限状態のネタキリーにさらなる悲報が舞い込んだ。


「なに、備蓄が尽きそう? 今に始まった事ではないではないか!」


 若干キレ気味な上官に、ロイは例の貴族上がりのやらかしだと告げ口した。


 ネタキリーは頭を掻きむしった。

 いつも以上に手袋に自分の毛根が絡み付いているのが妙に気になる。

 最近抜け毛が多いなんてものではない。


 もしかしたら今一番毛生え薬が必要なのはネタキリーであるかもしれなかった。

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