第22話. 生命の定義

 カミツレの基地は広くて長い廊下があり、多くの部屋が枝分かれしている。灰色で、なんだか殺風景だ。


「こっちに来て、あなた達の部屋に案内するわ」


「部屋? 俺たちはそんな長居するつもりなんてないぞ」


「あなたはこれから王を殺しに行くんでしょ。私たちだってそのつもり。それなら、協力しないにしても同じタイミングで攻撃した方が良いと思うの。だけど、私たちは準備に時間がかかる。だからそれまでゆっくりしてもらいたいの。それに、あなたの話も聞きたいし」


 タイミングが合わないなら焦っても仕方ない……。決して、みんなの復讐を軽視した訳じゃ……。


「わかったよ」


 レティアは廊下の右側8つ目の部屋のドアを開けて中に入った。


「この部屋は私たちの準備が完了するまであなたたちの好きに使って良いわよ」


「わかった、ありがとう」


 部屋はどこから光を取り込んでるのか、天井から光が差し込んでいる。布団が一枚だけ敷かれ、整えられている。机と4つの椅子もある。部屋を見渡して目につくようなホコリや汚れは無い。ご丁寧に菓子と飲み物さえ用意されている。


「いきなりなのにすごいもてなしね」


 シアは部屋の中を見回して驚いたような顔をしている。


 もしかして、さっき1分以内って言ってたのこれか。……これ、そんな急がせるようなことか。


「こんな部屋、使わせてもらっていいのか?」


「良いのよ。あなたたちには感謝の気持ちも謝罪の気持ちもある。ゆっくりしていってね」


「そう言ってくれるなら、ありがたく使わせてもらうけど」


「後で、訪ねてもいいかしら。尋ねたいことがあるの」


 レティアは改まったような顔つきで真っ直ぐに俺とシアを見た。


「あぁ、いいよ」


「じゃあ、ごゆっくり」


「ありがとう、レティア」


 レティアが部屋から出ると、シアは俺を椅子に降ろした。いつも通り俺は椅子から滑り落ちないようにヒモで俺の腰を椅子にくくりつけられた。


 シアも反対側の椅子に座り、光の差し込む天井を見上げた。


 そのまま、俺たちは日の光を浴びていた。


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 ゆったりした雰囲気の中、シアは天を仰いだまま口を開いた。


「ねぇ……私って生きてるのかな」


「レティアに言われたこと気にしてるの?」


「それもあるんだけど、私はいつも思ってた。昔さ、生物と無生物の違いは代謝してるかどうかの違いだって聞いたことがあるんだ。それに則るなら魔力で構成した身体を持って、代謝をしない私は生きてないってことになるよね。私は生きてるってことを証明するために食べたり寝たりしてみた。いくらやってみてもどこか虚しさを感じるの。ここ最近、20年くらい、いつも死ねたら良いなって思ってる」


「えっ……何で」


 シアが死んだら俺が生きてる意味は……シアを利用してるって意味じゃないが……


「死ねるってことは生きていた証明になると思うんだ。レクロマについて来たのだってレクロマの無茶な復讐に付き合っていれば私は死ねるんじゃないかって思ったからってのもあるし」


 どこかの部屋での話し声が聞こえてくるくらいの沈黙が二人を包んだ。明るい部屋に似つかわしくない重苦しい空気……


「……ごめん。俺は生物学者じゃないし哲学者でもない。だからシアが生きてるのかはわからない」


「そうだよね……。ごめんね、よくわからないこと聞いて」


 シアの顔は見えないが、がっかりしているのが見える。


「でも! ……それでも俺はシアに背負われてる時、抱きしめてもらっている時、シアの心を感じてすごく安心する。だから俺は、シアは生きてるんだって信じたい。……それじゃ……だめかな」


 シアの目の横のあたりを涙が流れて行くのが見えた。シアはそのまま椅子の上にうずくまった。


「……全然、だめじゃない……。ありがとう、レクロマ」


 それからしばらく、また静かな時間が続いた。

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