世界で一番格好良い(1)

 四日後の朝は、スマホのアラームが鳴る前に目を覚ました。

「……最悪だ」

 むくりと起き上がり、苦々しい気持ちで呟く。


 今日見た夢は、英語のロゴの入った水色のTシャツを着た優夜くんが田沼くんたちにいじめられて、泣いている夢。

 いじめられていた現場は学校の階段、踊り場。


 優夜くんは田沼くんたちに悪口を言われたり、突き飛ばされても泣かなかった。

 でも、ランドセルにつけたキーホルダーを取り上げられ、目の前でぐしゃぐしゃに潰されたのを見て、とうとう泣いてしまう。


 ――優夜くんを泣かすなんて許せない……!!


 心の中で怒りの炎が激しく噴き上がる。

 その炎は全てを焼き尽くしそうになったけれど、私は落ち着けと自分に言い聞かせた。


 落ち着け、冷静になれ。

 まだこれが予知夢かどうかは決まっていないし、予知夢だったとしたら、絶対に回避しなきゃいけない。


 とすれば、ここで問題だ。

 これを千聖くんを報告するかどうか。


 報告すれば当然、千聖くんは怒り狂うだろう。それこそ、私以上に。

「ぶっ飛ばす」という宣言通り、本当に田沼くんたちを殴るかもしれない。


 それは駄目だ。

 千聖くんが「暴力男」のレッテルを張られてしまう。

 どんな事情があるにせよ、年下の男子に暴力を振るうなんて最低だと、クラスメイトたちも千聖くんを冷たい目で見るだろう。

 そんなの嫌だ。

 暴力を振るう千聖くんなんて見たくないし、皆に嫌われる姿も見たくない。


 決めた、今日見た夢のことは千聖くんには話さない。

 私が一人で解決してみせる!



 そうと決まれば、まずは調査だ。

 リビングに行き、麻弥さんが出してくれた朝食を食べ終わる頃、優夜くんがやってきた。


 パジャマから着替えた優夜くんは赤いシャツを着ている。

 ということは、予知夢が現実になるのは今日じゃない。


「おはよう」

「おはよう」

 挨拶を交わしていると、洗面所から水が流れる音が聞こえてきた。

 千聖くんも起きたらしい。いまは洗顔中かな。

 千聖くんがいないうちに聞いておかないと!


「優夜くん、学校はどう?」

「どうって?」

 麻弥さんからパンやサラダが載ったプレートを受け取りながら、優夜くんは首を傾げた。


「その、田沼くんたちに絡まれたり、何か困ったことが起きてたりしないかなって」

「うーん。田沼くんたちは相変わらずだけど。そんなに困ってはないよ」

「本当に?」

「うん。友達や佐藤さんたちが田沼くんたちに抗議してくれてるから。ぼくには味方がたくさんいるから大丈夫」

「ああ……」

 なんとなく、私は状況を察した。

 田沼くんたちが優夜くんに突っかかるのは、要するに嫉妬だろう。

 モテない男子の僻みというやつ。


 私もモテない女子なので、悲しいかな、彼らの気持ちはちょっとだけわかってしまう。

 誰からも好かれて、チヤホヤされる春川さんを見ていると、やっぱり羨ましいって思っちゃうもんね。


 でも、いくら嫉妬に駆られたからって優夜くんをいじめて良いわけがない。

 そんなの私が許さない。


「おはよう」

 朝のニュースを見ながら決意を新たにしていると、千聖くんがリビングに入ってきた。

 きちんと服を着替えている優夜くんと違って、彼はパジャマ姿のままだ。

 前髪がちょっとだけ濡れている。


「おはよう」

 私は普段通り、何事もなかったかのように過ごしていたつもりだったけど、千聖くんは雑談中に何かに気づいたらしい。


「どうした? 愛理、なんかあったのか? 予知夢でも見た?」

 プレートに載っているサラダを食べながら、千聖くんがテーブルの向こうからじっと私を見つめた。

 う、鋭い。

 なんでバレたんだろ。

 態度に出してないはずなのに。


「そうなの?」

 気になったらしく、優夜くんも私を見た。

「ううん、何も。今日は何も見てないよ」

 バターが塗られたパンを頬張りながら、私は嘘をついた。

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