第11話「迷いの森のハングドマン」

合成キメラ──ゴリラックマの戦いから2日が経った。イングラムたちは町から出てしばらくした道中の道で、電子媒体によって作り出された休眠用の個室で休んでいた。未だ夢の世界にいるイングラムを、ルークは穏やかな表情で眺める。


「まだ疲れが残ってたんだなぁ……あんな戦いをしたんだ。無理もない」


彼も眠気が残っているのか、大きく欠伸をしながら両手を限界まで伸ばす。自然に流れた一筋の涙を拭って洗面台へと足を運んでいく。


手を差し伸べれば、水が流れてきくる。程よい冷たさが両手に注がれて、ルークは一気にそれを顔に浴びせた。緩んだ顔を引き締める。タオルで顔を拭くと、ルークは再び部屋へと戻った。


「あ、おはよう。起きたかい?」


「ん、おはよう……エルフの森はもうすぐだったか?」


眠そうな目をパチパチと瞬きさせながら

イングラムは身体を起こした。

目的であるエルフの国まで、あと少しだ。


「うん、もう少しだよ。まだ指定された日まであるし、もう一眠りするかい?」


「いや、お腹が空いた。朝食にしよう」


「お昼なんですがそれは」


欠伸を布団の中でして、スロースタートで

動き始める。彼は朝が大の苦手で、いつも

昼過ぎに起きるのだ。


「……あ、朝ご飯何がいい?ここに持ってくるけど」


「うん、じゃあお願いしよう。身体に優しい五穀米定食で頼む」


「そんなものはない」


結局イングラムは眠い目を擦りながら

ゆっくりとダイニングテーブルへ向かったのだった。


それから2時間後


「さて、食事が終わった。昼寝の時間だぞルーク」


「待てぇい、もう14時だよ」


「そうだったか?」


確認のため電子媒体を起動して時刻を確認する。短針長針はちょうど14時を指したところだった。


「うむ、14時だな」


ぱふ、とベッドに横たわるイングラムは

避けてあった布団をかけて寝息を————


「くぉらぁ!」


たてさせるものかとルークが

ガバッと布団をもぎ取る。その素早さは風の如しである。


「わかった、わかったから話を聞け。

食べてすぐ動こうとするのはよろしくない

身体に負担がかかる、最低でも1時間は空けるべきだ」


食後すぐの件について真剣な表情で訴えるイングラムだが、布団を被っているせいで説得力が皆無である。

ルークは片眉を下げながらも、調理師が

同じ事を言っていたのを思い出す。


「……確かそんなことが書いてあったな

どこの書物か忘れたけど」


イングラムの表情はまるで優しい菩薩の

ようだ。道に迷った人間を導くかのような、そんな優しい笑みを浮かべている。


「そうだ、いくら軽食だとしても

今は消化に集中させてやるべきだ。

というわけでだな————」


布団に頭まで突っ込もうとするのを

ルークが止める。


「それ以上すると首筋に冷風かけるけども、どうします?」


脅している。

ルークの目は本気だ。これ以上布団に篭ろうものならば、せっかく暖まり始めた布団の中をひんやりとした空間に変えられてしまう。それだけは勘弁して欲しい。


「わかった、布団から出るから

冷風だけはやめてくれ」


暑いのよりは全然マシだがな、とイングラムはゴリラックマと戦った時の場所を思い返しながら零すのだった。





そんなこんなありながら、朝食を食べ終えた2時間後の16時、二人は目の前に大きく聳える森に向かって前進していた。


しばらく歩いていると、二足歩行で歩くゴリラと人間の中間のような生き物が森入り口付近に立っていて、こちらをちらりと見ると森の奥深くへと入っていくのが見えた。


「ぉお!」


「あれは魔物かな?いや、それにしては敵意を————」


「ルーク、あれはビッグフットだぞ!」


「え、はい……?」


ルークの思考を遮るようにイングラムは

まるで憧れていたヒーローに出会った少年のような熱い眼差しを向けて熱弁し始めた。


ビッグフットとは──

西暦時代のアメリカ合衆国から目撃されたとされるUMAの一種である。

体長は2メートルから3メートル弱の大男で

強烈な異臭を放つとされている。


「……それで、なんでそのUMAがこんなところにいるの?」


「そうだな、所感で述べるならあれはここに生息している野生の個体、もしくはエルフの国へ導いてくれるための案内役だろう」


ルークも先程のビッグフットの行動については、イングラムの言っている所感が正しいだろうと理解する。

本来なら敵意を剥き出しにして襲ってきそうなものだが、あの個体はそれをせずに入口の手前あたりで歩を止める。存在そのものすら怪しいUMAが、人を道案内するなんて、イングラムたちは聞いたこともないが


「モンゴリアン・デスワームやビッグフットの他にも、この世界には多くのUMAが実在しているのかもしれないね」


「あぁ、そうでなければな。楽しみがひとつ増えたぞ」


自覚できないほどイングラムの口角が

緩んでいるのがわかる。彼の知的好奇心、探究心を未知の生物である“UMA”というカテゴリーが刺激しているのだろう。


「追いかけよう、あのUMAがもし本当に

道案内をしてくれるなら、見失わないようにしなきゃ」


「よし、行こう」


足取り軽やかに前進するイングラムと

それを追いかけるルークは、エルフの国の入り口へと入って行った。





「♪〜」


案内役を見失って早30分が過ぎたというのに、イングラムは上機嫌だ。

先日はモンゴリアン・デスワームに

幽霊の依頼主、そして今日に至っては、

ビッグフットがこの森を案内してくれている。(はずである。)

彼はこういったオカルトや未知の生物に対しての知識が非常に豊富だ。

“ほぼ確実に出会えない”という縦書きが

イングラムにとっては唆られるのかもしれない。


「ねぇ、イングラムくん。あのビッグフットがどこに行ったかわかる?」


「なんとなく、足跡でな。あいつは足跡が

大きいゴリラに比類する。

ゴリラは基本四足歩行だが、あの案内役は俺達と同じく二足歩行だ。

地面を踏む力も強いらしい、跡が残ってるぞ」


イングラムが指を指す方へ視線を向ける。

確かに、それらしい足跡がずっと先に続いている。


「随分信用してるんだね……話したわけでもないのに」


「そうではないが……あのビッグフットにとって、この森自体が“巣”なんだろうさ。帰巣本能で戻るついでに、俺たちを案内してくれているとも考えられるからな」


そんなことを話していると、緑を中心とした森の中、その奥へと足を進めていた。

沈みかけの太陽が、木々の隙間から淡い橙色の光を注いでいる。

ほのかなそよ風に、草木は揺れ、この葉が舞い散っていく。


「ここはいいところだな、空気も美味しいし人の手が込んでいない」


「そうだね。街もいいけれどこういうところもマイナスイオンたっぷりで好きだな」


ルークはそっと手を伸ばす。

その時、1枚の小さな葉っぱが手のひらへひらひらと舞い降りた。

ルークはそれを優しく地面に置いてやる。


「……ん?何か声がするぞ?」


「よく聞こえないね」


風と共に聞こえる声の発生位置を、2人は探す。


お〜ろーせ〜!!!!!


森を揺るがすほどの大音量が響く。

それは、足跡の先から聞こえてきた。


「……どこかで聞いた声だな」


「行ってみるかい?」


こくり、と首を縦に振り

イングラムたちは颯爽と向かって行った。




しばらくすると、遠くの大木に逆さ吊りにされている人物を見つけた。彼は降ろせ、と叫んでいる。声の主はあの人間で間違いないようだ。

ルークは口元に手を添えて、声をかけた。


「……おーい、そこの人。大丈夫ですか〜?」


逆さ吊りの人間はブンブンと全身を左右に揺らす。否定の意だろうか?吊るされているので、もっと近づかないことにはわからないが


「見た感じ、どうやら違うらしいよ?」


「ならばもう少し寄るか」


イングラムたちがそそくさと進んでいくと

やっとシルエットが浮かび上がってきたと思うと、2人は眉を潜めた。


「おーろーせーよー!!!!!

腹減ったからここの樹の実を根こそぎ食らおうとしただけじゃんか〜!!!!

というかそもそも闇落ちビッグフット5匹討伐したの俺だぞぉ〜!!!!!

飯ぃ〜寄越せおらぁぁぁぁ!!!!!!」


彼のその言動とその姿に2人は見覚えがあった。

魔帝都の異なる部にて、ハンティング能力に特出した青年がいた。

あらゆる怪物を狩り続け、報酬に食事を要求し、そのあまりの食欲に投獄され、そして脱走し、今は全国的に指名手配されている男。その名は————


「こんなところで何をしているんだ。ユーゼフ・コルネリウス」


「んあっ!その声はイングラムくん!

お願いがあるんだけど!」


「断る」


この問題、僅か0.1秒である。早い。


「なんでさ!同期のよしみでさぁ〜!

どうにかしてよ〜!」


青黒い蟹をモチーフにした鎧を着たユーゼフ、彼ひとりで国全てが飢饉に陥るほどなのである。食べても満腹しない、常に飢えている男である。食事にも、アレにも


「お前な、あれだけ目立つことをしたら

こうなることは目に見えてるはずだぞ」


「だってさぁ〜!この木の下に木の実が落ちてたから食べようとしたらさ〜

吊り上げられたんだよ〜!!!」


(皇女の策か、罠だと脳が判断する前に食欲が邪魔をしたか、単純すぎる)


「俺が今まで行ったところでもデカデカと手配されてたよユーゼフ。ここでお役御免かな?」


「はぁ〜?嫌だよ!俺はただ腹減ってるだけなんだよ!なんで俺だけこんな目に合わなきゃならないんだよ!みんなだって食事するくせに!」


お前は規模が違う、と突っ込んでやりたいところだが、言うだけ無駄だろう。

あのブラックホール並の食欲こそが、彼にとっての“普通”なのだから。


「くそぉっ!もうキレた!」


背中に手を伸ばした武器をボウガンに切り替えて樹の幹を打ち抜いた。

意思があるのか、植物はその痛みに耐えられずにユーゼフを落としてしまった。


「とうっ!」


彼がうまく身体を反転させて華麗に足から着地————


「ぐええっ!!!」


しなかった。

運悪くもう1回転して落下してしまったため、吊るされていた時と変わらない状態で地面にぶつかってしまった。


「ねぇ、首がへし折れる音がしたんだけども」


「グキって鳴ったな、痛そう」


「いってぇ!」


首が45°くらい曲がっているが、ユーゼフは寮てで無理やり元に戻して落ちたボウガンを拾う。


「ちくしょう!腹いせに君たちを倒してやる!」


かなり重量級のボウガンを軽々と扱い、銃口を彼らに向ける。照射部分が機械音を鳴らしながら回転し始める。


「おい待てユーゼフ、俺たちは遊んでる場合じゃ————」


「お黙り!」


止めようとしたイングラムの言葉を、ユーゼフは怒号で遮った。飢えという感情が彼を怒らせたらしい。

悪鬼の如き、獣の如き赤い双眸が浮かび上がってきた。


「しょうがないなぁ、イングラムくん

パパッと懲らしめちゃおう!」


「面倒だが、仕方ないか……」


2人は迎撃態勢を取り、各々の得物を

手に取って構えた。

全ては犯罪者、いや、友を止めるために。

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