ペットボトルとして その3

「ぷちって! 普通に踏まれて死んじゃうなんて、くひひひひひ、あーおなかいたい! あはははははは!」


空中にプカプカと浮いたまま、胡坐を組んで大爆笑する女の子を前にして、俺は、はぁ……と気のない返事で答える。


「異世界の存在に干渉できたりされたりするって、ある意味才能なんっすけどねぇ。それにしても、ちょっとは逃げるとか危ないとか考えるもんっすよ、普通は!

あ、あははは、ひー!」


あまりのことに現実には思えなかったんだよ、しょうがないだろ……。


笑われすぎて憮然とする俺に気づいたのか、女の子は身を正し、小さくコホンと咳をする。

口の端はまだ笑ったままだったが。


「……こほん。では簡単に説明するっすけど。お兄さんは死んじゃいました。死因はうちんとこのアホ龍に踏まれての圧死っす」


それは散々笑われてたからわかる。それよりここはどこだ? 俺は死んで……どうなった?


「ではそこから説明するっすね」


女の子がほんの少し優しく微笑む。


「ここは世界と世界の間にある、次元の狭間にある先輩の執務空間っす。といっても空間と光しかないっすけどね。お兄さんはそこに呼び出された……というか、身体と一緒に魂が砕けそうだったので、魂だけでも~って、無理やり此処に引っ張り込んだというか、そんな感じっす!」


女の子が言うとおり確かに、ここは全部真っ白い世界だった。

女の子がいて、俺の意識が集まった光の玉なモノが浮いていて、それ以外は何もない真っ白い世界だ。


「魂だけでも、こっちの世界に送り込めたなんて奇跡みたいなものっす。

ホント超ギリ。ちょっとでも遅れてたら呼び込めなかったとこっす!」


えらくサバサバと、俺が死んだらしい状況を説明していく女の子。

いうなれば中学生の体育会系。大分気さくな年下と話してる感じがする。


「お兄さん、運がないっすねぇ。厄災龍を認識しちゃっただけじゃなくて触れられるなんて。お兄さんの世界の諺だと「メーデー!もう助からないゾ!FND!」ってやつっすねぇ、あはは」


異世界の存在がなんでメーデー民なんだよ!という突っ込みが頭に浮かぶと、やっぱりおかしそうに笑い転げる。

どうやら意識だけの存在になっている俺は、思考が駄々洩れになってるらしく、ちょっとした思考でもこの女の子に筒抜けになっちゃうらしい。


「ちなみにボクはただの女の子じゃないっすよ! これでも女神っす! ……まだ下級神にもなれない下っ端っすけど」


そんな人魂(俺)の目の前にいる、自称女神の女の子が頬を膨らませて抗議の声を上げる。

ふんわりとした白い長めのワンピースに、短くカットした藍色の髪。

大きく開いた背中の部分から真っ白い翼が揺れていて、イメージ的には天使。

身長は低め。容姿は美人というより美少女「美少女なんて照れるっすねぇ」ナレーションに割り込むな「申し訳ないっす」。

見た目は美少女なんだが、口調がえらくさばさばしてる……。

というか語尾が「っす」。

下級神にもなれないってどういう意味だろう?

神様は神様じゃないのかな、などと考えていると、女の子が少し考えてこう言った。


「うちの世界は神様がいっぱいいるんっすよ。お兄さんの世界の知識で言うと……。

八百万の神々の表現が近いっすかね」


付喪神的な?


「そうっすね。大体そういう認識で間違えてないっすよ。それで、神として色々認められると役割と名前が与えられるっす。今は先輩について絶賛下働き中っす」


一瞬半人前のオリンポスの女の子が浮かんだりしたけど、そんな感じかな。


「お兄さんまだ若いのに、知識はなんかおっさん臭いっすねぇ」


ほっとけ! 仕事柄、浅く広く知識を集めるタイプになっちゃったんだよ!

ちなみに俺の職歴はゲームデザイナー兼ライターを8年、その後派遣で天ぷら職人という自分でもよくわからないものだったりする。

だってスマホに圧されてゲーム業界がなぁ……中小企業にはきつい状況でかつスマホ参戦するまでの気力がなく、お金がないからと賄いが出る仕事を選んだらこうなって、って感じだから仕方がないんだよ……。


「世知辛いっすねぇ……まぁ、うちの神界も縦社会すぎて下っ端はアレなんっすけど……」


ああわかる、中間管理職以下はちり芥扱いのブラック企業だったしな、うちのゲーム会社。

上の連中の無茶ぶりを生活と睡眠時間を削って対応してるのに、その上司は定時に

上がって飲みに行ってたりするんだよな……。


「ボクは湧き水の女神なんすけど、なぜか次元神の先輩にこき使われてるんっすよ

ねぇ……まぁ、それはともかく!」


なんかげんなりする話題になってきた気がするところで、見習い女神が無理やり話題を変える。


「お兄さんは死んじゃったっす! ついでに言うと肉体は消滅して魂だけの様態になっちゃったんで、近くにあった器に魂を入れて先輩がここに運んできたっすよ」


死んじゃったとか、あっけらかんと言われてもなぁ。


とりあえず見習い女神が軽く説明してくれたことで分かったこと。

俺を殺したドラゴンが「7の厄災龍」という物騒な存在のうちの1尾だったこと。

俺が偶然、こっちの世界に適応できる魔力を持つ魂の器だったこと。

消滅させるには惜しいほどの潜在魔力を持っていたこと。

次元神が助けられなかったお詫びにと、上位神の特権を使って新しい生をくれること。

ただし。肉体が消滅した以上、元居た世界には戻れず、異世界に転生、それが嫌なら仕方がないので消滅のどちらかを選んでほしいということ。

つまり、ほぼほぼ選択肢がひとつしかないってことらしい。

ちなみに次元神がドラゴンを追いかけていったままのため、転生の手続きは部下の見習い女神に任されていると言っていた。


それにしてもなんでその厄災龍とやらは、俺の世界までやってきたんだろ?


「詳しくは先輩もわからないって言ってたっすが……何かを探してるみたいっすね」


わざわざ次元を超えるほどの魔力を使っても、利を得るほどのものは、俺が元居た世界にはないらしい。

原子力兵器とかも、ぶっちゃけドラゴンの攻撃のほうが上らしいので、追いかけている神様にも何が原因や理由なのか、とんと予想ができないらしい。


「まぁ、厄災竜のやることは基本はた迷惑な事ばかりなので考えるだけ無駄っす。しかもうちの世界にあと6匹もいるっすよ?」


はた迷惑なのがまだいっぱいいるのかよ……。


「力量的にはピンキリっすけどね。今暴れてる厄災竜は「ガルベルク・リーネ・デ・エルスフィン」っていう個体っす。お兄さんのかたきっすね。ちなみに力もかなり上位の奴っす。怒らせたら一瞬で国が亡ぶと恐れられている文字通りの厄災っすよ」


俺の敵討ち《かたきうち》なんかできそうにねーなそれ……。

ま、元より仇討あだうちとか考えてはないのだが……。

もっとも考えてもまたプチっとやられるだけだろう。

今のところは考えるだけ無駄だということだ。


そもそもなんで俺はドラゴンを見たり踏まれたりしたんだ? ほかの人たちは普通にすり抜けてたけど。


「たまーに相違次元を観測できる体質……というかスキルを持った魂が生まれることがあるっす。お兄さんの世界では魔力が希薄すぎて発動しないから、全く意味がない特技っすっけど、あははは」


特技を持ってても無価値ってことかよ……。


「そういう人たちはお兄さんの世界の言葉だと、うーん。霊能者?超能力者?そういう意味合いの人になるっす。で、そういう人たちは別次元の存在に触れる機会が多くなるっす。いわゆるお化け、妖怪、宇宙人とかを認識するのと同じっすね」


お化けと宇宙人が同列なのか。


「お兄さんの世界に宇宙人……所謂別の人類はいないっすからねぇ。いるのは別次元の人類、つまりうちの世界と同列の存在だけっす。それが何らかの原因で次元を突破して、個体が持つ魔力によって、偶然認識されて話が伝わり……ってのが真相っすね。お兄さんの死因のアレの規模縮小版っす」


マジか……俺の世界って宇宙人いないのか……一部のカルト的な人たちがむせび泣きそうな事実を死後知ることになろうとは……。


「ちなみに、うちの世界に異世界転生する魂は、お兄さんを含めて4人目っす。前は相当昔の話っすけどね」


昔ってことは、俺が転生してもその人たちには会えないのか?


「会えないっすね。彼らの子孫は存在するっすけど。大体王族とかの祖先になってるっす。その辺は世界を旅してみて回るといいっすよ。ちなみに、うちんところははるか昔に科学文明が滅びて廃れてから、魔法が発達した世界っす」


古代文明が超世界の、剣と魔法のファンタジー世界ってやつか。


「そっす。魔法使いもいっぱいいるっすよ。魔物もいっぱいっすけど!」


そりゃ面白そうだな。


「ゲームじゃなくてリアル世界っすけどね」


その辺は覚悟しておくよ。ええと、それで、俺はどんな感じで転生されるんだ?


「神の奇跡を結構無理やり行使しての転生になるので、基本的には「今」のお兄さんのまま転生されるっす。記憶とかもそのまんま残るっす。その上で転生世界で生きていく上で必要な初心者スキルのセットも貰えるっす」


初心者セットとは?


「共通言語が自動で理解できるスキルとか鑑定スキルとかっすね。これがないとまともに生活できないっすから。転生後にメニュー画面で確認するっすよ」


メニューとかまんまゲーム仕様なんだが……。


「この辺はお兄さんの記憶からリソースを引っ張ってきてるから、お兄さんの見慣れた形態になるっすね。げーむ?ってのを作ってたっすよね」


ああ。その後食うために天ぷら職人になったり、趣味のサイクリングで全国を巡ったりしたけどな。ちなみに趣味は釣りとコーラだ。


「若いのにいろいろやってたんっすねぇ……まぁ、【メニュー】と念じれば開くようにしとくんで、向こうで確認してほしいっす。念のためメニューにヘルプ機能を追加しておくっす」


ますますゲーム仕様だな。


「こっちの世界ではロストテクノロジーっすからねぇ。今は担当者が存在してなくて……。それにしてもお兄さんって……」


女神が不意にニヤッと笑う。


な、なんだよ?


「頭の中エッチなことでいっぱいっすねぇ?」


おい!?


「見事に巨乳にロングヘアーばっかっすねぇ」


そこまで見たの!? やめてプライベートな所まで見ないで!?


「ちなみに今のお兄さんでは物理的にボクに触れられないから、色々エッチなことはできないっすよ? 残念っすねぇ?」


それは残念じゃなくてやらんつか考えもしなかったわ!!

普通に恐れ多いわ!


「ボクの胸ちっさくて申し訳ないっす。先輩はボンキュボンなんすけど」


女神が残念そうに自分の胸をぷにぷに触る。


それはそれで需要はあるっていうか女の子はそんなこと人前でしちゃいけません!


「ちなみに神族は生まれた瞬間から見た目そのままっす。つまりボクはこれ以上老けもしないし成長もしないっす。この辺とかちょっとほしいなーって先輩を見るといつも思うっすけど、まぁ仕方がないっすね」


ぷにぷに。


「一応信仰を得て人々の想像した神像に引っ張られると姿が変わることもあるらしいっすけど、ボクはまだ見習いっすからねぇ。お兄さんの希望の姿にはまだなれそうにもないっす」


なんで転生の話から俺の理想の女性像にシフトしてんだよ!

そんなのどうでもいいじゃないか! 泣くぞ、今! 全力で!


「ふむふむ、初恋は近所のお姉さんでその影響が……お兄さんのニーズに応えられなくて申し訳ないっす」


もうやめて! 初恋の人が結婚して2児の母になったとか傷を抉らないで!! 20を超えても子ども扱いされてることを思い出させないでえ!!!


「あ、先輩にお兄さんの残したPCを破壊しておくように伝えておくっす。

アフターサービスとして物理的にやってもらうっす」


はい、それはぜひお願いします……!


俺の趣味嗜好が爆裂しているあのフォルダを世間に知らしめるわけにはいかない。

親戚や大学の知人が見る可能性だってあるんだ。それはぜひ頼みたい。

つかあの人に見られるなら世界の滅亡すら願える。

厄災龍の応援すらできる。と断言できる!


「それはちょっと困るので、ちゃんと先輩にお願いしておくっす!」


俺の悶える感情を感じて笑い転げる見習い女神。


「ああ、それと。転生するときにいくつか「ギフト」が貰えるっす。これは転生時にランダムでもらえるので、今はどんなものかはわからないっすけど、お兄さんに合った便利なスキルになると思うっすよ」


所謂いわゆる、転生チートというやつか。


「お兄さんの世界の認識だとそれっすね。ついでに加護もあげちゃいたいところっすけど……先輩がいないからボクの加護になっちゃうけどいいっすか?」


それは別にいいけど、どうして?


「転生のお仕事も、本来は次元の女神である先輩の仕事っすけど。あの馬鹿ドラゴンを追い回している間はボクが臨時の輪廻転生担当者になるっす。まぁ、転生案件なんてここ500年でたった4件っすから、大体兼任なんっすけどね。ちなみにお兄さんはボクの担当第一号なので光栄に思うといいっすよ?」


はいはい。


「む。なんか敬意をまったく感じないっす……」


先ほど散々弄られたせいか、初めて会った時の神妙な気分はほとんどなくなっている。

今は……友達みたいな気分かな。不敬だろうから口は出せないけど。

そんな俺を見て、見習い女神がなぜかうれしそうに笑う。


「ちなみにボクは「湧き水」の女神っす。だから多分、ギフトはそれに関する

弱っちーものになっちゃうっす……」


いいぞ?


「え。いいんっすか!?」


別に超絶チートが欲しいとか願望もないし。

いきなり荒野のど真ん中でやべー魔物の前とかに放り出されなければ文句もない。


「転生先はボクの担当エリアで危ない魔物はいないから大丈夫っすけど……」


少し困ったように俺を見る。


「で、でもボクは見習い女神だから大した力も持ってないっすよ!?」


いいんだ。俺みたいな奴に親切にしてくれる女神なら、うん、俺はお前の加護が欲しい。


「お兄さん……」


本来は死んで終わりの所を、別世界とはいえ人生を用意してくれた恩人に文句なんかあるはずがない。


「本当の恩人は先輩っすよ?」


それはもちろん感謝してるけど。今、俺の前の前にいるのはお前だろ。

それならお前も恩人の一人さ。神様だけどな。


「……恩のみはちょっと嫌かも」


なんでだよ!?


「ふぇ!? き、気分の問題っす! そんなことより!」


踵を正してまじめな顔をしてこっちを見る。


「お兄さんの人生をこんな形で終わりにしてしまって、本当に申し訳なかったっす」


いいんだ。そういう仕事だろ?


「そう言ってもらえると助かっるっす」


見習い女神が小さくと笑う。

見た目は中学生にしか見えないがその笑顔は確かに女神に見える。

そうだ。俺は今、神様と話してるんだ。

普通に生きていてそんな奇跡に出会えるものなのだろうか。

ましてやもう一度、生きることを許された。

俺のためにこの女神様がわざわざ骨を折ってくれたんだ。

それだけでも感謝してもし足りない。

俺に今、体があるのなら、抱きしめて泣きじゃくっていたかもしれない。


「……それはちょっと残念っすね」


女神が小さく何かをつぶやく。

しかしそれは何かと尋ねる声は、澄んだ鐘のような音によってかき消された。


「そろそろ時間っす。お名残り惜しいっすけどお別れっすね」


そうか、ありがとうな。


「いえいえっす。どうか幸せな人生を」


次会えるのは俺があっちで死んだ時かな?


「神界は下界に対して神託以外の干渉ができないことになってるっす。でもお兄さんはボクの加護持ちなんで、いつかは声くらいはかけられるようになると思うっすよ。その時を楽しみにしておくっす!」


そうだな。俺も楽しみにしておく。


「えへへ」


はは。


お互いに照れくさそうに笑った。

そしてそのまま、ゆっくりと光の中に意識が溶けていく。


「……人族と話したのは初めてだったっすけど……楽しかったっす」


そうだな、俺もだ。


「まだ見習いっすけど……お兄さんはボクの信者一号にしてあげるっすよ」


ちゃんと神様になれたらな。


「お兄さんが生きてる間には無理だと思うっすよ。神族の世界は時間の流れがのんびりしてるっすから」


それは残念だ。


「本当……残念っす」


クスリと笑ってから、ふと真顔になって踵を正す。


「有馬重人さん」


おう。


「またお話しできると気を楽しみにしてるっす!」


俺も……なるべく早く話せるように頑張るよ。


「えへへ」


はは。そういやお前さんの名前は……。


「さっきも言ったけど、ボクに名前はないっす。だからいつか……」


次第にまぶしい光に包まれるボクっ子女神が何か言葉を紡ぐ。

でもそれは、転生の余波の甲高い音にかき消され、意識と共にゆっくりと

フェードアウトしていく。

最後に見た彼女の表情は、なるほど女神なんだなと思えるくらいは美しく。

どこか寂しそうでもあった。

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