第35話 盛大なフリ
「やったー。瓶さんとお出かけー嬉しいなーふんふん~」
大きな革袋をぶんぶん振り回し、上機嫌なベリトを先頭にして、フィルが警戒しながら後ろを行く。
「ちょっとそこまでスライム狩りってだけだろ。そんなに楽しいか?」
「楽しいよー。だって最近、瓶さんのこと独り占めできてなかったもん」
「移動の時も寝てる時も一緒な気がするんだが……」
「そうでもないよぉ。トーラお姉ちゃんとエルお姉ちゃんも仲間になったし、あたしだけの瓶さんじゃなくなっちゃったんだもん」
ぷんすか怒るベリト。
ちなみに俺はそのベリトの胸の谷間に収まっている。いつも通りだな。
「あの、私もいるんだけど……」
そっと手を挙げるフィル。
「お姉ちゃんはいいの! お姉ちゃんはずっとあたしと一緒にいるんだもん」
「わ、ちょっと!?」
ベリトに飛びつかれ、ちょっと慌てながらも満更ではなさそうな笑顔を浮かべる。
「おね~ちゃ~ん」
「もう、離れなさいっ。警戒できないでしょ?」
「瓶さんがやってくれるからいいんだもーん」
苦笑しながらなすがままのフィル。
まぁ、言われなくてもやってるんだけどな。
エルファリアさんがいないからか、ほんの少しだけ魔物の動きが活発な気がする。
一大物を避けるようにベリトを誘導し、それにフィルが追従する形だ。
遺跡までの道のりは、昨日の段階で結構な勢いで木々を散らしてるので割と余裕がある。
今後この獣道も整備しておきたいところ。
遺跡への道に需要があるかって言われると悩むところなんだけどね。
みんなが言う通りなら、建物以外なんもない遺跡らしいし。
「っと、そういや新しい飲み物が出せるようになったんだが、試してみないか?」
朝のブーストの効果はまだ残ってるんだけど、新しいものが出せるなら試してみたくなるのが人の常。
ちなみにパラメータの振り分けは、朝の段階で全員に均等に設定しておいた。
何かあったら念話で合図して数値を振り分け直すことで話はついているのだ。
「新しいジュース!? 美味しいの!?」
まずベリトが反応して飛び跳ねる。
「今回はどんな効果になるんですか?」
フィルは効果の方が気になるらしい。
「効果は生成してみないと何とも……味は大人な味とだけ言っておこう」
「大人! あたし飲む!」
大人の単語に琴線が触れたのか、ベリトが飲む気満々だ。
「大人の味だぞ? お前にはちょっと早いかもなー」
「あたし大人だもん! 大丈夫だもん!」
ぶーぶー言うベリトだが、今回ばかりはオチが見えてるんだよなぁ。
豆だし。豆と言ったらアレだ。
「そこまで言うなら試してみよう。とりあえず転移して「ひゃん!?」から、【飲料生成・豆】(もちろん無糖!)」
一応見えやすいようにフィルの目の前に転移。
綺麗にキャッチしてくれた「瓶さん! もー!」ので、心の中でちょっとだけ指定して【飲料生成】を発動。
転移するとベリトが怒るのはいつもの事なので軽く流す。
「……コーヒー? なんだかとても……黒いですね?」
ラベルを見て首を傾げる。
ちなみに変化したときのラベルはきちんと現地語らしいぞ。
コーラの時にエルファリアさんに言われて初めて気付いたぜ。
俺から見ると普通に地球の文字なんだけどね。
「効果は……」
ポピュラーなブレンド。とっても安価で一般大衆向け。
効果:覚醒(小)
『ちなみにミルク系はまだ解放されていないので今後のお楽しみですよ! -女神ペディア-』
ということは現状、無糖か加糖しか選べないのか。
あ。豆の種類は選べるのか? 今回のはポピュラーって出てるし。
豆乳は『まだです!』あ、はい。
どうやら
豆の種類に関しては、次の機会に試してみよう。ブルマンとか気になるな!
「さて。誰が最初に試す?」
「私が重人さんを持ってるので、私からでいいですか?」
「おう、いいぞ」
「わくわく」
フィルがキャップを開けるのをワクワクしながら見つめるベリト。
キャップを開けるといつものように、キャップがすっと消える。
これを見ると「キャップを集めてワクチンを」というキャッチコピーを思い出すんだよな、なぜだろう。
「匂いは……私は嫌いじゃないですね。黒いから、コーラみたいなものを想像していましたけど」
「フィルはコーヒーを知らないのか?」
「ええ、聞いたことありませんね……」
そう言って、意を決して一口。
……なんだか色んな感情が混じった不思議な表情をしている。
半分ほど飲んで、ふぅとため息をつく。
「なんだかものすごく意識がはっきりしてきますね。朝の眠気が一気に飛びました」
「コーヒーを飲むと眠気が飛ぶからな」
「すごいですこれ。集中力も研ぎ澄まされているような気がします」
なるほど、覚醒効果で意識的な部分が強化される感じか。
元々労働者階級の嗜好品だしな。身体を動かすのには最適なのだろう。
眠気とか吹っ飛ぶなら、朝食時にちょうどいいかも?
「でもちょっと……好みが分かれる味をしていますね。私は大丈夫ですけど」
フィルが考えて言葉を選んだ。けど表情でバレバレだ。
いいんだぞ、苦いって言ってくれても。実際苦い飲み物だからな。
「砂糖とかミルクで味を調節して飲むものだからな。ちなみに、元は宗教的な秘薬扱いの飲み物だぞ」
「秘薬……ある意味間違っていませんね」
「ただの飲み物だぞ?」
「……そうですね」
なぜかジト目で俺を見る。
「はいはい! 次はあたしの番だよね?」
半分残ったコーヒーを見て、ベリトが次は私とアピールしてくる。
「あなたはやめた方がいいわよ?」
「そうだな、お子様には早い」
俺たち二人が揃って言うも、ベリトは引き下がらない。
「大丈夫だよ、コーラみたいだし。というか瓶さんひどい! あたし大人だもん!」
「言動と子供は子供のまんまだろ……」
一部だけは大人顔負けだけどな。
「むぅ、それなら証明してみせるんだから。お姉ちゃん、瓶さん貸してっ」
「……無理はしないでね?」
心配そう俺を差し出すフィル。
フィルには見えているんだろう。ほんの少し先の未来が。俺にも見えるけどな。
「いっただっきまーす! ごくごくごく……ごく…………」
飲み始めた瞬間、笑顔が固まり、そのまま動かなくなるベリト。
「……………………」
そして口からだーっとコーヒーが零れ落ちた。
「うわ、ばっちぃ!」
「ちょっとベリト、女の子がしちゃいけない顔してるわよ!?」
フィルが慌ててハンカチでベリトので口元を拭う。
「にっがーーーーーーーーい……」
涙目になりながら、非難がましく俺を見る。
「だから言ったろう。大人の味なんだよ、コーヒーは」
「ち、ちょっと苦くて驚いただけだもん! 全部飲めるもん! ごくごく……だばー……」
俺の言葉が挑発に聞こえたのか、憤慨しながらコーヒーを飲む。
……が、やはりダメだったようで、放送事故のような惨事に……。
夢の坂道は木の葉模様の石畳だなぁ……合唱。
「うー! こんな苦いの飲めないよ! 瓶さんの意地悪!」
「と言われてもなぁ。俺の世界じゃコーヒーは割とポピュラーな飲み物だぞ?」
社畜とか受験生とかに特にな……。
「ぽぴゅらー?とは?」
「普通に、って意味だな」
フィルの問いに答えると、ベリトが心底驚いたような顔をして後退った。
「こ、こんな苦いの、普通に飲まれてるの!?」
「砂糖で甘くしたり、ミルクを入れてまろやかにするけどな」
「もー! それならなんで甘くしてくれなかったのー!」
「コーヒー本来の味を楽しむのが大人ってもんだ」
しみじみそう言うと、ベリトが明らかに凹んで項垂れる。
「あたし、大人じゃなくていい」
「だからお前には早いって言っただろ」
「むーーーーー!」
俺を握り締めたまま、不満そうに睨むベリト。可愛い。
「……瓶さん、嫌いになっちゃうからコーラを出して」
「どういう意味!?」
「口の中が苦いの。イガイガするの……」
言い方がなんかエロイぞ。
「これはね、コーラを飲まないと消えないんだよ!」
「すごい極論だな……」
「だからコーラを出してよぉ。あ、朝みたいにおっきいのがいいな、あたし」
朝みたいにおっきいの「じとー」あ、はい、何も考えていませんよ?
「一人で1.5リットルは飲めないだろ? 普通のにしておきなさい」
「やー! たくさん飲んで苦いの消すのー」
駄々っ子モードのベリトに、首を横に振るフィル。
「ったく、しょうがないな……余ったら水筒に移しておくんだぞ?」
結局、根負けした俺は、1.5リットルサイズのコーラに変身する。
「わかったよー、えへへ、瓶さんだーいすき!」
大きくなった俺に頬擦りするベリト。
大きくなった俺に頬擦り……「……重人さん?」なんでこの世界の人はナレーションにツッコめるんだろう。異世界の必須技能なのか?
ジト目のフィルを横目に、ベリトが勢い良く、でも漏れる声は相変わらずエロい感じで、なんと7割くらい一気に飲んでしまった。
健啖家が過ぎるだろ……その細い身体のどこに入るんだよ、その量。
「お前なぁ……トイレが近くなっても知らないぞ?」
「大丈夫だよ。歩いていれば汗になっちゃうから。こくこく、むふー、おいしいー」
結局、移動中にベリト一人で飲み切ってしまった。
500mmペットボトルでも一気飲みはすごいと思ってたのに、この娘は……。
『異世界コーラはたくさん飲んでもリバースしません! させません! -女神ペディア-』
ああ、はい。それはマジでお願いします。
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