第32話 新たな契約者

湧き水を回収しながら、忙しそうに走り回るみんなを観察。


トーラはフィルと共に、てきぱきとテントを設営している。


「DEXがあると、こんなに作用が楽になるんですね、知りませんでした……」

「そうなんですか? 凄く手慣れてるように見えますけど」

「練習だけは何度もしましたから。……今の3倍は時間かかってましたけど」

「そう、ですか……でも大丈夫ですよ、きっと重人さんが何とかしてくれます」

「フィルちゃん、たまにアーティのこと重人さんって呼びますよね、それって?」

「あ。そ、それは、その……」

「あだ名ですか? それとも特別な呼び方? 親しそうで、なんだか羨ましーなー(ちらっちらっ)」

「あ、あぅ、それはその……私だけの……」


水音のお陰で会話はあまり聞こえないけど、なんだか親しげできかなきかな。


「ベリトちゃん、ここが大事なの! こうやって切れ目を入れると綺麗に関節が外れるから、一気にバッサリと行くの! こうして、皮がべりっとはがれるの!」

「すっごーい、綺麗に剥けたよー」


あっちの方はなんだか、女子がやっちゃいけないような作業が進行中。

山と積まれたホーンラビットを、匠の技術で処理していくエルファリアさんと、それを手伝いつつキャッキャとはしゃぐベリト。

というかお前、ナイフ片手に、剥き身の肉を前に笑顔とか、軽くホラーだぞ?

その量の肉、どうするんだよ? 腐らない? え? 燻製にするし、ニースに凍らせてもらうから大丈夫?


「アイスサラマンダーの氷は、溶かさない限り、長い間残るのよ」


『さ、サラマンダーの氷は長持ちするので、夏場の冷蔵に引っ張りだこなんですよ! -女神ペディア-』


先生がエルファリアさんに対抗していらっしゃる。

そんなに慌てなくても、先生の仕事は無くならないから安心してほしい。俺は先生を全面的に信頼してるんだ。


『はぅ、これが噂のアーティ現象……ちょっとヤバいですね! -女神ペディア-』


おいこらちょっと待て、なんだそのアーティ現象って! 意味は分からないけどすっごく不穏な気配を感じるぞ!?


『禁則事項でーっす♪ -女神ペディア-』


いつもと語尾が違うんだが!?


「きゅい?」


心中での攻防に気付いたのか、ニースが可愛く鳴いて俺を見る。


「ニースはずっとニースのままでいてくれよなー」

「きゅい? きゅい!」


俺がそう言うと、嬉しそうに絡みついてきた。


「ニースちゃんとアーティさん、なんか仲がいいですよねぇ」

「ニースちゃんがちょっと羨ましいですよね……」

「神器に絡みつくニースちゃん、尊い……可愛いです」

「え?」

「え?」


なんだか和気あいあいとした雰囲気のまま、仮拠点の設営が進んでいく。


そして。


「テントの設営完了です!」

「お肉の処理もできたよー」

「おーぱちぱちー」


日が落ちるまでに、テントの設営が完了した。


テントは3つ。

大きめのシェラフがひとつ。この下には大量の荷物が積まれている。

テントは当初、一人ひとつで考えていたのだけど、飛び入りでエルファリアさんが参加してきたので、ひとつをフィルベリトの姉妹で使うことになった。


「ちょっと申し訳ないの」


しょぼんと言うエルファリアさん。

突発的に付いてきて準備ができていなかったことに、少し負い目を感じている様子。

樹の精霊魔法を使って、簡単な木のテーブルや椅子を作り出してくれた。


「エルお姉ちゃん、すっごい!」

「もっと褒め称えるといいの」


えへんと胸を張るエルファリアさん。ぶるんと震えて凄い。

エルフって細身だという先入観があったせいか、割とでかい胸が余計にでかく感じる不思議。

この中で一番のお姉さんだしな。年齢は「君?」とってもきれいなお姉さんだ。

そしてフィルのジト目に気付いていないふりをする。俺は紳士なのだ。


簡単に設営した石の竈で、串に刺したお肉を焼きつつ、その辺で採取してきた野草を具材に簡単なスープを作っている。

味付けはもちろん塩だけ。多分いい匂いが漂っているのだろう。みんなの表情が緩んでいく。

もちろんニースもいるぞ? この子は基本魔力が糧だけど、ちゃんと食べることもできる。というか、みんなのように顔が緩んでよだれを垂らしてる。お前一応女の子だろ? きゃきっとしなさい。


「きゅい!」


みんな嬉しそうだ。食べられないこの身体がちょっと恨めしい。

しかし。食事時の俺は割と忙しいのだ。


「ごくごくごく、んん……はふぅ……お肉にコーラ、最高だよぉ~」

「私はお茶で……ん、こくこく……はぁ……紅茶って甘くておいしい……」

「エールが欲しいです……アーティさん、早く出せるようになってくださいね、できるだけ早く?」

「ゼロコーラが至高なの! ごくごくごくごく」

「きゅい!」


若干名遠い目をしてる人もいるけど、こんな感じで俺の【飲料生成】が大人気なのだ。

コップは用意してあるけど、みんな直飲みで一気に行っている。

まぁ、経験値になるから有り難いんだけど。回し飲みとか気にならないんですかね。


「パーティなら割と当たり前なのよ?」

「そうですねぇ、それにみんな女の子ですし「女の子なの!」気にしませんよ?」

神器アーティファクトから下肢された霊薬ソーマですよ? 普通なら崇め奉って頂くのが作法です。もちろん直で」

「いや、ただの清涼飲料水だからな?」

「ただの飲み物には、あんなトンでも効果はついてません」


トンでも効果って……。


「瓶さんで飲むと冷たいから好きー」

「そういやホットとかどうなるんだろうな。今はまだ冷たいモノだけだけど」

「え? 温かいモノも出せるんですか?」

「俺の知る限りではな。普通に温かいお茶とかコーヒーとか売ってたぞ?」


俺がそう言うと、ベリト以外のみんなが同じような顔になった。


「アーティさんが普通に売ってるんですか!?」

「お、恐ろしい世界なの!」


もちろん驚愕な意味で。


「いや、俺みたいなのじゃないぞ? ただの容器。特別な力なんてなんもない奴な」

「ぺっとぼとる?って、みんな重人さんみたいな機能持ちじゃないんですね?」

「温めるのも冷やすのも、別の装置、魔道具みたいなものでやってるんだよ」

「そ、そうなんですね……」

「驚いたの……」


そんなに驚くことかなぁ。


「それは驚きますよー私たちはアーティさんが神器アーティファクトってことしか知りませんもの」

「君が大量にあったら国が落とせるの」

「落とすどころか滅ぼしそう」

「瓶さんがいっぱいって、おいしいコーラが飲み放題だねー」

「きゅい!」


純粋組が目をキラキラさせてる一方、疲れたような視線を向ける人が若干名。

特にエルファリアさんは、豊富な知識と想像力を膨らませすぎたのか、テーブルに突っ伏して俺を睨んでいる。


「なんだか疲れたからコーラを所望するの。もちろんゼロなの」

「なんでだよ、俺のせいじゃないだろ……MPが尽きるからこれが最後な」


それを聞いて、エルファリアさんが身を起こす。


「私を契約者にするの」

「へ?」


エルファリアさんは契約者じゃないから、当然パラメータブーストの対象外だ。

そのうえで貸し出されたパラメータで、とんでもない力を発揮する自分よりも圧倒的にレベルの低いはずの3人を見て、ずっと不貞腐れていたのだ。


「みんなだけずるいの!」と。


一応、所有者登録の件は説明してある。

というか根掘り葉掘り説明させられた感じ。迫る美人。なかなかいいものだった。


エルファリアさんが契約者になるのは問題ない。

この人面倒見もいいし、実力も申し分ない。

そしてとんでもないMPの保有者でもある。時間回復のMPもすごいことになるだろう。


「それは助かるけど……いいのか?」

「みんな契約者なのに、私だけ仲間外れなの。ずるいの。というか私、結構MPあるから回復力が上がるはずなの。そしてもっとゼロコーラをよこすのよ!」


不満のほぼ全部が物欲だった。

それを聞いてみんな苦笑してるけど、反対者はいないようだ。


「それじゃ……頼む。俺の力になってくれ」

「承知なの」


微笑むエルファリアさんを見ながら、俺の所持者として登録する。


『所持者登録数が増えたため、特典としてアーティのパラメータに+10の補正が

 かかりました。MPは通常通り、1H《いちじかん》ごとに決められた数値分

 回復します。

 あーあ、エルフ相手になんてことを、しぃらなーい! -女神ペディア-』


トーラの時と同様、特典で貸し出せるパラメータに補正がかかった。

って、ちょっと、先生!?

なんか先生から呆れたような、それで面白がっているようなコメントが届く。

なんだろう。非常に嫌な予感がする。


不安な気持ちでエルファリアさんを見る。

その視線に気づいたのか、妖艶な笑みを浮かべて、すっと片膝をついた。


「ヌームの森の守護者、今は無き世界樹に使えし氏族が一人、エルファリア・リ・ブルム・エーシャの名において、ここに新たな契約を結ぼう」


エルファリアさんの口調が変わる。

いつもの「なの」口調ではなく、普通に、気高く。


「未来永劫この身朽ちる迄、偉大なるハイエルフの始祖に誓う。今之此いまこれこのの瞬間より、わが身、魂、忠誠の全ては偉大なる神器、アーティ様の物に……!」


そして何やら不穏な祝詞と共に、臣下の礼のように頭を下げた。


「「「…………………………………………」」」


あっけにとられる面々。

もちろん俺も。


「きゅい?」


ニースですら、邪魔しないようにじっと見守っている。


「契約の儀は完了なの」


しばしの沈黙の後、すっと立ち上がったエルファリアさんがにっこり微笑む。


「いやいやいや、ちょっと待って! なんかヤバそうな単語がいっぱい含まれてたんだが!? つか今の何!?」


慌てる俺を明らかに面白そうに見ている。あ、わかったこれ、確信犯だ。


「今のは精霊契約の儀式の祝詞なの」

「俺精霊じゃないけど!?」

「精霊じゃなくても、氏族が仕えるときによくやるやつなの。気軽なの」

「全然気軽じゃ無かったろ今の! 忠誠とか魂とか朽ちる迄とか、重すぎるって!」

「世界樹の時にもやったの。そしたら加護をもらえたのよ。だから今回もどうかなーって」

「ないよ!? 加護とか俺持ってないよ!?」

「でも、あのとんでも能力は貸せるのよ?」

「ぐ、そ、それはそうだけど……」


俺を言い負かせて満足したのだろう。

エルファリアさんが俺を指さし、ウィンクをする。


「覚悟するといいの。エルフは気が長い分、執着するとそれはもうすっごいのよ」

「なにがすっごいの!?」

「それはもう、すっごいの」


エルファリアさんがひょいと俺を持ち上げる。

その場でくるくる回りながら、俺をその豊かな胸に抱きしめてこう言った。


「私の永遠はもう、君のモノなの!」

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