第30話 聖域へ

「ふんふんふーん、ふーん♪」


森の中を舞うように、跳ねるように進むのは、エルファリアさんだ。

木漏れ日に輝く美しいほどの金髪が風に揺れる。ついでにお肌も、艶っつや。

生活魔法ではなく、俺の出したコーラの効果なのである。


その名も「ダイエットコーラ」。ゼロカロリーコーラとも言う。


 黒いラベルの憎い奴! ダイエットに最適すぎて飲むだけで効果あり!

 効果:回復(微) 脂肪燃焼効果(小) 美肌(12H)


効果はこちら。

脂肪燃焼はお茶の効果じゃないかと思うんだけど。

茶カテキン的な意味で。

でもまぁ、エルファリアさんの圧と、3人娘のキラキラ期待した笑顔に負けて、試しにゼロコーラを出してみたのだ。


結果、奪い合うように飲み干された結果は見ての通り。


ちなみに艶っつやなのは他の3人もだぞ。

ベリトはおなかの辺りを何度も撫でてご満悦の様子。

通りすがりのホーンラビットさんが、上機嫌なベリトによって頭を撃ち抜かれて倒されていくのは仕方のない事だろう。


そしてなぜみんなで森を歩いているのかというとだ。エルファリアさんが俺たちの拠点予定である「聖域」にすごい食いついたからに他ならない。


当初の予定では、聖域に仮拠点を設置し、素材を揃えてからエルファリアさんを呼ぶ交渉をしていて、それに同意もしてもらっていた。

まだ「聖水」も取り寄せ中だし、「黒陽草」や「ティラの茎」を採りに、遠征もしなくちゃいけない。拠点だって準備もできていないのに、エルファリアさんを連れ回すのはさすがに悪いと思っていたのだ。


しかし。


「私はもう君無しではいけない身体にされちゃったの。責任取るの」


と言い放ち、付いていくと宣言したのだ。

言い方がひどい。誤解されるだろ、ヤバい方面に。

ちなみに、「君をもらっていくの!」という宣言は3人によって無事阻止された。

凄いんだぜ。みんな笑顔なのに、背景に極北のブリザードが見えるの。


窘めようとしたら、全員に「女の戦いに口出すな」的な事を言われて追い返された。

どういう意味なんだよそれ……。


まぁ、エルファリアさんは非常に優秀な人だし、エルフの知識は非常に役立つ。

たまに暴走するけど……年齢的な事で「今何考えたの?」なんでもありません。

なんか先生が『負けません!』的な気合を入れていたのが気になる所だ。


「ハスクの森に聖域なんて聞いたことがないの」


先頭を行くエルファリアさんが、本日何度目かの弓を放ち、見事な腕前で獲物を仕留める。


「俺が転生する時に、偉い神様の意向で湧き水の辺りがセーフティエリアに指定されたらしいぞ」

「君がここに来たから聖域が増えたのね、納得なの」


実際はちゃんとした身体を与えられて、セーフティエリアを利用して生活基盤を整えさせよう的な目論見だったみたいだけど。

このことを話してくれた先生の声がなぜか震えてるように聞こえた。

それはもう、何かに怯えるが如く。この件に関係して、何かあったのかねぇ。


「それにしても快適ですねぇ。いくら魔物が弱いハスクの森とはいえ、ここまで襲撃らしいものがないなんて」

「ホーンラビット以外は……遠巻きに見てて、全然近づいてこないからな」


俺は知っている。

何も考えずに飛び出してくるホーンラビットはともかく、狼系や熊系の魔物は皆、怯えているのだ。

先頭を歩く、エルフの存在に。


Lv77。


少なくともLv50を超える人物を、町で見ていない。

冒険者ギルドのBランクも、薬師ギルドの局長ですらLv40前後。

パラメータがカンスト寸前の人なんてエルファリアさんが初めてだ。

たぶん冒険者ギルドのギルマスはそれ以上だと思うんだけど、あの人はなぜか俺の【鑑定】でも調べられないんだよね。


ともかくその圧倒的な存在感を感知したのか、賢い獣系の魔物は明らかに【探査】で見る限りでも、明らかに遠ざかっていく。


「強い魔物は出ないに限りますよ。それはもう、身に染みて分かってます」


心底うんざりしたように言いながらも、フィルは周囲を警戒しつつ、大八車の警護をしている。


「ここ数日で、マンティコア、スラストホーク、ギガントオークですよ?」

「スラストホークは相性が最悪なの。戦いたくないのよ」

「風魔法が利かないんでしたっけ」

「そうなの。矢も弾かれちゃうの。それに私の精霊は樹木特化なの。ばっさばっさと薙ぎ払われるのよ」

「アーティさんはそのスラストホークを跳ね飛ばしていましたけどね……」

「すごいですよねぇ……さすがは私のアーティさんです」

「ん? 何か言ったか?」

「い、いえ何でもないですよー」


なぜか頬を染めつつ、大八車を引っ張るのはトーラだ。

幼女に一人で大八車を引っ張らせるなよ!とは思うんだけど、3人で一番体力がある契約者がトーラなんだよなぁ。

唯一の男(?)である俺は、引っ張る以前の問題だし。


トーラにはダイエットコーラついでに、STRとVITを最大値貸し出してみたら、正直周囲の目がドン引くレベルの荷物を、楽々引っ張り始めたのだ。

殆ど重さを感じないらしい。マジかよ。


「改めて思いますけど、アーティさんのこのスキル、規格外すぎますよね」

「Eランクの駆け出しが、老齢マンティコアを一撃撃破できるんですよ、これ」

「ちょっと意味が分かりませんよね……」


周囲を警戒しながら、フィルたちが何かを話してる。

ちなみにベリトは仕留められた獲物を大八車の後ろに運ぶ係だ。

血抜きは豪快に魔法で頭を吹っ飛ばす方法。ついでに、その辺で目についた獲物の頭を吹っ飛ばし、血抜き。あまり見せられない作業だったりする。

というかホーンラビット意外にも獲物はいるのに、なぜか狙うのはウサギのみ。

完璧にラビットハンターと化してる。


「弓がびょーんってウサギさんに当たって、百発百中ですごいんだよー」


達人芸とも言える弓の腕前に、獲物の回収係のベリトのテンションも高い。

しかし女の子が笑顔でホーンラビットの頭を吹っ飛ばす様子は如何なものか。


ホーンラビットの素材は皮と肉、魔石である。

ホーンと付いてはいるものの、頭の角は小さく、素材には適さないのだ。

これが育つとアルミラージと呼ばれる魔物に変異する。二回りくらい大きいらしい。

こっちの角は大きいので、素材として有用みたい。

でもこの森のホーンラビットは、なかなかアルミラージにならないそうで、実際俺の【探査】にもアルミラージはひっからない。


「アルミラージは、ここより北か、西の山脈の寒いところにいるの」


獲物に刺さった矢を回収し、生活魔法で綺麗にしながら教えてくれる。


「スラストホークもそうなの。森から2日くらい西に行かないと、出会うことすら稀なのよ。しかも剣角持ちは山脈の中腹以上に巣を作るから、この森の遺跡の辺りまで来るなんて、普通に考えるとおかしい話なの」


エルファリアさんの説明に、ふむと考える。これについては少々心当たりが。

湧き水の女神の加護にある「水にまつわる事象に遭遇しやすくなる(効果:低)」っていうのが関係してそうなんだよね。

あの白トカゲを助けたら、速攻で聖域に取り込んでたし。

そもそも助けたほうがいい的に先生も言ってたもんなぁ。

今後もこんな風に突発的なイベントが起きる気がする。

面倒毎はできれば勘弁だけど。


そんな話をしながら森の中を進むこと数時間。


「アーティさん、あれが「メゾンドイッコク遺跡」ですよー」


俺の心の中の琴線に触れる、件の遺跡が見えてきた。


「……って、これが遺跡?」


初めは例の時計塔のあるアレが浮かんではいたのだが、実際は全く違う遺跡だった。というか。


「どう見ても団地……」


そう。それは明らかに鉄筋コンクリート造の高層集合住宅だった。

それが屋上部分とその下の部屋だけ残して、大地に傾いて埋没している。

数棟ある団地の間には道が整備され、団地の中に入れるように穴も掘られているようだ。

見た目は何というか、軍艦島を地面に埋没させたような、不思議な遺跡だった。


「なんでこれがメゾンなんだよ……いやまぁ、メゾンって家とか建物って意味だし、あってるけどさ……」


明らかに地球の近代建築方式、しかもどう見てもコンクリ製。

朽ちてはいるけど、一体どういうものなんだろうこれ。

先生に聞いても答えてくれないし。

過去の転生者関連なのか、もしくは建物が転移してきたのか。色々考えてしまうな、これは。


「ねぇ、めぞんって意味があるのよ?」

「いやエルファリアさん、その表記にしちゃいけない」

「? よく分からないの」


エルファリアさんがこてんと首を傾げる。くっ、可愛い。


「この遺跡は大きいけど、何もないことでも有名なんですよ。部屋はたくさんあって、でもそこにも何もない。ただの部屋ばかりが並ぶ遺跡なんです」


ああ、本当に軍艦島みたいなイメージなのか。


「部屋のいくつかに、解読できない文字があることでも有名なの」

「解読できない? 【鑑定】でも無理なのか?」

「未知の言語、って表示されるの。私も試したことがあるけど、結果は同じだったのよ」

「へぇ、ちょっと興味あるなそれ」

「それなら荷物を運び終わってから探検してみましょうか?」

「遅くなるまでにテントくらいは設営しておきたいです」

「ご飯の準備も必要だよ?」

「そうね、ホーンラビットも捌いておかないと」

「それなら探検は次にするの。聖域とっても気になるの!」


そういや魔神教団がここで暗躍していたんだよな、忘れてたけど。

マンティコアを階層主にしてダンジョン化でも狙っていたのだろうと、ギルマスは言ってたけど……その辺の調査結果はどうなったのかな。

まぁ、宴会の時に、調査チームの銀狼さんが戻ってきてたし、報告は行ってると思いたい。


それよりもまずは荷物だ。

出来る限り手分けして、荷物を抱え上げようとするも。


「え? 必要ありませんよ?」


そう言って、トーラがひょいと。

文字通りひょいっと、大八車ごと、荷物を持ち上げる。


「このまま行きましょう。周囲の警戒と枝払いは任せますねー」


大八車の下から元気な声が聞こえるけど、姿は完全に隠れて見えない不思議。


幼女強すぎ。


「私じゃなくて、アーティさんのブーストが凄いんですからね? 私は普通の不器用なドワーフですからね?」


なんだか不貞腐れたような声が届くも残念。きっと可愛らしかろうその表情は見えないのだ。


まぁ、枝を払うのはフィルの役目で、邪魔な樹木はベリトが焼き払う。

ティルが業物で枝を払うのを嫌がって、その様子はけっこう面白かったけど、最終的には必要悪と割り切ったようだ。……眼が死んでたけど。

ちなみに俺は森が火事にならないように散水してただけ。

【転移】で飛び上がる度に、ベリトの胸の谷間に連れ戻された。


……なんかこの子、変な方向に目覚めつつないよな?

お兄さんはちょっと心配です。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る