第28話 社畜ブラック営業

トーラの彫金に付き合っていたら、昼に近い時間になってしまった。

それでも嫌な顔一つせず、朝食と称して食事を提供してくれた「子猫の右足亭」の主人はとてもいい人だと思う。


宿を出て、薬師ギルドに向かう。

道中、具合の悪そうな人が結構いたので【鑑定】で確認しつつ歩いていたのだが、結構な人々が「状態異常・寄生」にかかっている。


『魔神教団はなんで、こんなヤバいものを町に持ち込んだんだろう』


俺の念話の声にフィルが応える。


『アルマ姉が言ってましたけど、捕まえた教団員からは自白を取れてないみたいです。……町の人たちはまだ?』

『猶予はあるけど……この数はちょっと不安になるな』

『ギルドマスターが重症者は任せたいって言ってましたけど』


今のところ、重傷者を救えるのは俺だけだしな。何かあったら頼ってくるだろうけど、もしかしたら、俺の予想以上に薬の方が進展しているのかもしれない。


『偶然とはいえ、アソリ草を大量に持ち込んでおいてよかったですね』

『初手の勘違いで、無駄に頑張った分はドンマイとしか言いようがないけど……』


はははと笑う俺たち。

アソリ草を大量に持ち込んだのは俺達だけど、流行り病対策でチョっ早で薬を作らせたのはここの辺境伯だ。直接的には悪くない、はず。

疲労で倒れてなきゃいいけど。


『アーティのコーラかお茶でも差し入れすれば喜ばれるんじゃないですか?』

『人数にもよるなぁ。MPは使い切ったらしばらく回復しないし』


俺のMPは最悪、重症者の治療に回したいと考えている。だから無駄に使うのはちょっと抵抗があるんだよな。


『……薬師ギルドが、超頑張ってたら考えようか』

『それでいいかと』


コーラは清涼飲料水だからな。カフェインの効果は偉大なのだ。


『ふぅ……なんか慣ませんね、この念話って……アーティさん達の声が、急に頭の中で聞こえるから、ビクってなっちゃいます……』


念話の度に不安そうに周囲を見回していたトーラが、ちょっと疲れた感じで呟いた。

所持者用の念話にも慣れてもらおうと練習がてら、こっちで会話をしていたのだが、どうやらトーラはまだ慣れないらしい。


『瓶さんコーラ出すの? はいはい、あたしも飲みたい!』


にっこにこでぴょんぴょん跳ねるベリトは普通に使いこなしてる様子。

急に跳ね出したから、通行人が何事かと振り返ってるけどな。


「あ、薬師ギルドはここですよ」


商業エリアからちょっと外れたところまで来ると、なにやら薬草を煮詰めたような、妙な紫色の煙が立ち上る建物に到着した。


「濃い薬草の匂いがします……」

「ああ、やっぱそうなのか。俺は匂いを感じないからわからないけど……」

「匂いと煙は、アソリ草のものですね。あの薬草は煮詰めると紫色になるんです」


トーラが建物を見上げながらそう言った。


「……なんだか建物全体でバタバタ忙しそうですね」


まだ建物から離れているのに、中から喧噪が聞こえてくる。

相当数の人物が忙しく走り回っているようだ。


「……おじゃましまーす」


そんな薬師ギルドの正面玄関を恐る恐る開けると。まさに大騒ぎだった。


右へ左へ、忙しそうに走り回る、白衣の研究者らしき人。

怒鳴りながら、ビーカーと試験管を振り回す、いい年のおっさん。

なにやらブツブツ呟きながら、目の前に並んだ色とりどりの試験紙に何かを書き込んでいるギルド職員。


「局長、シェーンの奴が気を失いました!!」

「シェーン!? カムバーーーック!!」

「たかが2徹程度で情けない! たたき起こせ! 着付け薬2番の使用を許可する!」

「2番効果なし、4番の使用を許可を!」

「くっ、アレはまだ人体実験が済んでいない、いや、この際仕方ない、許可だ!」

「あい、さー!」

「フハハハハ! 未知の寄生虫! 未知の薬品! 捗る! 実に捗るぞ!!」

「あー……第2研究棟からワームが脱走したっすよー」

「「「「「「きゃーーーーー!? 今すぐ駆除してくださいーーーーーーー!!!」」」」」


そこは野戦病院さながらだった。


「これはもう、なんといいますか……」

「忙しそうですね……」

「薬くさーい……」


三者三様で惨状を眺める俺たち。


「お姉さんたち、間が悪かったの」


呆気に取られている俺たちに、受付の札がかけられた机に突っ伏していた女の子が、あまり元気がなさそうな感じで声をかけてきた。


「薬師ギルドへようこそなの。本日はどんな御用なの?」


顔を上げた女の子が、長い耳をピコピコさせる。

サラサラで柔らかそうな長い金髪。

ちょっとだけ切れ長の瞳。長いまつ毛。端的に言ってものすごい美少女だ。

少し痩せ気味に見えるのは、種族の特徴なのだろう。

年のころは20代位か? でも俺の予想通りの種族なら、見た目は全く当てにならないと思われる。

このままベリトの谷間から挨拶するのも何なので、美少女が突っ伏していた机の上に転移する。


「きゃん!? も、もう! 転移するときはちゃんと教えてよー、もー!」


そんな俺の後ろから、ベリトが抗議の声を上げた。


「そんなところにアーティを挟んでる、あなたが悪いわよ」

「飛ばれるとくすぐったいんだもん……でも、ちょっと変な感じなんだー」

「……ベリト、もうアーティを挟んじゃダメ」

「瓶さんの還るところはあたしの胸の中なのー」

「なんで愛の重い女みたいなことを言ってるのよ……」

「私たちは挟むことすらできないのに……」

「トーアさん、それは言ったら負けよ……」

「しょぼん……」


なんか後ろの方で、聞いてはいけないような会話が聞こえてくるのでスルーだ。


「もしかしてエルフの人か?」

「わ、なんか瓶が飛んできて喋った……ああ、ヴァルの坊やの、例のアレなのね?」


突然現れた俺を見て、少しだけ驚きの表情を浮かべたのも一瞬。そのまま手をポンとたたいて、くすっと笑う。


「例のアレ…って、ヴァルの坊や? もしかしてギルマスのことか?」

「そうなのよ。あたしはヴァルの坊やがこーんな小さいころから知ってるの」


指で10㎝くらいを指示して笑う美少女。


「さすがに小さすぎだろ」

「あの子が生まれる前から知ってるの。だから間違ってはないないのよ」

「胎児サイズ……」


可愛らしく笑う美少女。


「自己紹介が遅れたの。私はエルファリア。見ての通りエルフなの」

「俺はアーティ。冒険者でアーティファクトだ、よろしく」

「よろしくなの」


【移動補助】で右手だけを出してお互いシェイクハンド。


「不思議なのー。あたしの知識にもこんな神器はないの。素材も不思議。鑑定しても名前しか出ないの。……加護持ちなの?」

「弱っちい加護ならもってるぞ」

「全然弱っちくはないのよ? ……ううん、正確には加護じゃなくて、その身体に、ものすごい術式が埋め込まれてる気配がするの。上位神でも最上位の気配……?」


ああ、加護は駄女神『そろそろ駄女神呼びは勘弁してほしいっす、ってマジ凹みで言ってますよ!』……湧き水の女神のもので、この身体は次元神様の肝入りなんだっけか。

そんじょそこらの【鑑定】では、突破できないセキュリティなんだそうだ。

俺のギフトとかな。完璧に隠匿されてるって。


「すごいの! こんなの初めて見たの!」


そんな俺を見て、珍しいものを見つけた子供のように喜ぶ、エルファリアさん。


「って、スルーしそうになったけど、あんたも【鑑定】持ちか」

「そうなの。でも得意なのは、生活魔法と、風と土魔法なのよ」

「結構多彩なんだな……俺も【鑑定】してみていいか?」

「いいけど、どこまで見えるか分からないのよ?」

「どういう意味だ?」


人に対する【鑑定】は、実力がかけ離れたものほど、情報が虫食いになるらしいとエルファリアさんが胸を張る。……結構あるな。なにがとは言わないが。


ん? でも俺の【鑑定】は虫食いどころか、余計な情報まで拾ってくるぞ?

例えばアルマさんの称号とか、スリーサイズとか。

あれ、もしかして俺の鑑定ってかなり強烈??


「……とりあえず【鑑定】」


なんだか一抹の不安を覚えつつ、エルファリアさんを【鑑定】してみる。


エルファリア(女/187)精霊使い

Lv77

HP:103 MP:209

STR:45 VIT:48 DEX:97 INT:88 AGI:60 LUK:56

身長:167 体重:痩せ気味 B:86 W:52 H:85

スキル:弓術 風魔法 土魔法 生活魔法

加護:世界樹の加護

称号:ヌームの守護者


「レベルたっか!」


思わず突っ込む。一部のパラメータなんかカンスト寸前じゃないか!


「え……っ!?」


そんな俺に、エルファリアさんが驚いて声を上げた。


「ち、ちょっと待つの! どこまで見えたの!?」

「ええと……名前とレベル、スキルが4つ。パラメータはDEXがカンスト寸前。それと世界樹の加護とか、あとは称号かな?」

「全部見えてるの!」


指折り応えた俺に、目をぱちくりして驚くエルファリアさん。

そしてハッとしてから、なぜかいい笑顔になった。


「……私は17歳なの」

「え? でもひゃく……」

「いいの? 私は17歳なの。そういうことになってるの。永遠なの」

「あ、はい」


ゴゴゴという、地鳴りと地響きが同時に聞こえた気がした。

これは触れたらいけないやつだ。エルファリアさんは17歳。心に刻んでおこう。


「それにしても、君はとんでもないの……私のステータスを丸裸にできる人なんて、世界でも数えるほどしかいないの。えっち」

「いや、えっちって……」


スリーサイズとかも見えちゃってるから、あながち間違ってないのがなんとも……。


「しかしそのレベルで、なんでこんなところで受付なんてやってるんだ?」

「それは私が【生活魔法】を使えるからなの」


エルファリアさんが軽く説明してくれる。


「薬師ギルドは今、とっても忙しいの。何がとは秘密なので教えられないけど、町の危機なの。だからみんな頑張ってるの。それこそ徹夜で。家に帰らず。お風呂にも入らないの。だからとっても……きちゃないの」


後ろの阿鼻叫喚をちらりと見て、困ったように言う。

はい。その秘密も薬師ギルドが阿鼻叫喚な理由も知っています。

何なら遠因は我々です。


「だから臨時で雇われたの。主にきちゃない人を綺麗にする「清潔」の魔法をかけて回るのがお仕事なの。臨時収入でウハウハなのよ。……みんなゾンビみたいにきちゃないけど」

「何度も言っちゃうくらい、きちゃないんだ……」

「そうなのよ、きちゃないのよ……。でもそろそろ成果が出るって言ってたの。昨日、制作中の薬の正しいレシピが回ってきたから、あと何度か徹夜すれば何とかなるって、ひと踏ん張り中なの。頑張ってほしいのよ」


何度も、頑張ってほしいのと力説するエルファリアさん。

なんだろう。ギルド全体が昔の俺みたい……社畜でブラック。う、頭が……。


「本当に早めに成果を出してほしいの。はちょっとイヤなのよ、気持ち悪過ぎるの…興味本位で見て後悔したの……自分を【鑑定】するのも怖かったの……」


ああ、赤い箱の中身見ちゃったんだ……。


「というわけでここはとっても忙しいのだけど……あなたたちは何しに来たの?」

「俺達はな、とある呪いを解くための薬草のことで、詳しそうなここの人に相談しに来たんだよ」

「呪いなの? 薬草? ……ああ、そこの子にかかってる呪いなのね?」


エルファリアさんが俺たちを見回して、トーラを見て目を細める。


「……これはすごいの。魂に直接、くさびを打ち込む危険な呪い。それこそ、生まれる前から用意されてるの。しかも子供が生まれるのに代償が必要……母体を犠牲にする術式が見えるの。これを書いた奴は頭がおかしいの……!」


トーラの悲しそうな顔を見て、エルファリアさんが憤慨する。

俺の【鑑定】では見えなかった、呪いの根幹を読み取ったみたいだ。

凄い人だな、この人。さすがに187歳「……君?」永遠の17歳だ。


「必要な物を言うの。わかるだけ説明するのよ」

「俺は助かるけど……いいのか?」

「エルフの英知を嘗めないでほしいの。呪い特攻の聖草「月の滴」は必須として、他に必要なものがあるのよ?」


この人すげぇ! 先生が挙げた素材のひとつを言い当てたぞ!?


「さすがは「永遠の17歳なの!」だな!」


年齢に触れそうになると完璧に被せてくるのもすげぇ……。


「聞いた限りだと「月の滴」「黒陽草」「ティラの茎」「聖水」「世界樹の葉」が必要らしい」


「「黒陽草」は、ハスクの森でも採取できるのよ。暗くて日の当たらない場所。洞窟とか、遺跡の奥とか。「ティラの樹」は、西の山の峰に群生してるから、朝一番に伸びた茎を採取すればいいの。「聖水」は、王都の教会から取り寄せればいいの。お高い寄付金を用意するのよ。「月の滴」は時期が悪過ぎて多分採取できないの。薬師ギルドの保管魔道具にストックがあるはずだから、ギルド長と交渉してみるといいの」


エルファリアさんはどうやら、考察や解説時に、熱が入るタイプらしい。


「……最後の「世界樹の葉」が一番厄介なのよ」


そう言ってから、言葉に詰まるエルファリアさん。


「エルファリアさんって世界樹の加護持ちなんだろ? なんとか頼めないかな」

「加護持ちは、この場に葉を呼び出すこともできるのよ。でも、今はできないの」

「それはなぜ? 掟とかいろいろ制約があるのか?」

「ううん。そうじゃないのよ」


エルファリアさんが少しだけ言葉に詰まり、思案してから、ゆっくり。


「里にあった世界樹はもう……枯れてしまって葉を付けないのよ」


絶望的な言葉を口にした。


「世界樹が枯れた!?」


あまりのことに驚き、叫ぶ。


「そうなのよ。里では秘密にしようと手を尽くしたけど、もう公然の秘密なの。だって、巨大な枯れ木が、森の中にあるのが……見えてしまうのよ」


エルファリアさんの言葉は続く。


「世界樹はこの世にただ一樹。枯れて死ぬとき、世界のどこかに新たに生れ落ちる。だから私は里を出たの。それを探すために旅立って……もう随分と経つのよ」

「それでも……見つけられていないのか?」

「村からエルフたちがたくさん旅立ったの。それこそ、村がなくなった森もあるの。でも今だ、世界樹を見つけたエルフは、いないの……」


エルファリアさんが遠くを見るように、天井を見る。

そしてすぐに俺を見て、にこりと笑った。


「でも君は運がいいの。世界樹の加護を持つ私に会えたのだから。世界樹の葉はもうないけど、葉よりも効果の高い、世界樹の滴なら出せるの」

「マジか!?」

「マジなの」


得意げにピースサインで、ピスピスするエルファリアさん。


「でも、それには対価と儀式が必要なの。とても難しくて、困難なの。私の加護の力はもう、滴を生み出せるほど残ってないのよ」

「その力って……どうすれば戻るんだ?」

「聖なる地の聖なる泉で身を清め、魔力を消化するために、ただ只管ひたすら瞑想しないといけないの。MPを切らせないように神酒もたくさん用意するの。できれば自然豊かな所が望ましいの。でも今の「神の加護を失った」ウィンダルシアに「聖域」なんてほとんど残ってないのよ。それもこれも、40年前に魔神教団が大暴れしたせいなの。里の世界樹も魔神教団のせいで枯れたの。ギルティなの!」


何やら興奮してまくし立てるエルファリアさん。

でもなぜだろう。俺にはその聖域に心当たりがあるんだが。しかも割と近場に。


フィルもそのことに気づいたのだろう。

俺を見てこくりと頷く。

トーラとベリトは事の成り行きをじっと見守っている。

ならば俺のすることはひとつだな。


「なぁ、エルファリアさん……ものは相談なんだが」


そして俺は、エルファリアさんにこう提案した。

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