第15話 ペットボトルとして
「目覚めの一発にしてはち~と激しすぎやしないかね、アルマくん」
頭部にでっかいたんこぶを作った筋肉ひげダルマが豪快に笑う。
「永遠に目覚め無くしてもよかったんですが?」
そんなひげダルマに、表情変えずに冷たく言い放つアルマさん。
あれは本気の目だと戦慄するも、ひげダルマはHAHAHAと笑い、つるんとした頭を撫でる。
「まずは挨拶かな。このエリムナの町のギルドマスター、ヴァンディーア・
フォン・リクシアーデだ。ついでにこの辺りを取りまとめる辺境伯でもある。
長いのでヴァンとでも呼んでくれ」
自己紹介しながらすっと姿勢を正す筋肉ひげダルマことギルマス、ヴァン。
身長は優に190を超えるあたり。
まるでクマのような巨体、膨らんだ筋肉。全身に負った傷跡。
左目は古傷でつぶれているようだ。
歳のほどは60らしいが、どう見ても若々しい筋肉ビルダーだな。
深い皺と白い髭、頭髪はなくつるっとしている。
顔だけを見ると年相応。全身で見るとただの筋肉。そんな男だった。
実際まだまだ現役を豪語し、町外れの道場で後進の育成に精を出しているらしい。
とまぁ、ここまでなら割と立派なギルマスではあるのだが。
趣味が女と酒。それもヤバいレベルの女好き酒好きらしい。
書類仕事を投げ出しては、道場で特訓か、郭屋で女と遊ぶか、酒場で酒を飲むことしかしない。
これでなんでギルマスなんてやってんの!? ってなるだろうが、実はこの人、世界に5人しかいないSSランクの冒険者なのだ。
通常、冒険者のランクはSが最高。
ではなぜSSランクなんてものがあるのかというと、国難に立ち向かい、国を救うレベルの偉業を成し遂げた人に贈られる称号なのだそうだ。
つまりこの人、国を救っちゃった英雄なのだ。
ちなみに何をしたかというと、聞いて驚け。俺を踏み潰した敵と同じ、7つの厄災龍の一尾と5日間戦い続け、撃退しちゃったらしい。別個体だけどな。
とはいえ倒すまでには至らず、追い返しただけらしいが。話を聞く限り、最後のほうは厄災竜のほうが逃げ回り、悲鳴のような鳴き声を上げていたらしい。
今では北の氷山エリアの「万年氷雪の迷宮」という場所に逃げ込んで20年ほど気配の毛すら感じさせない引きこもりになっているそうな。
そんな英雄が、なんでこんな田舎町のギルマスなんぞやってるかというと、
さもあらん。
女癖が悪すぎて王都の手が出せる限りの女性、それも貴族や王族にまで手を付けてしまい、無事に王都を追放。
かといって厄災竜を単身撃退できるような戦力を国外に出すわけにもいかず、場末の辺境伯の地位とギルマスを押し付けて、監視下に置いているらしい。
もちろん、他国からの勧誘も相当数あったことはあったらしいが、なぜか
ヴァンはこの国を出ようとはせず、悠々自適に日々を暮らしているらしい。
つまりここの最高権力者ではあるけど、割と名ばかり。
実権はサブマスターが握っていて、今も王都に呼び出されて胃の痛いお仕事をこなしている最中らしい。
ちなみにサブマスの次に強いのはアルマさん。権力的にも、物理的にも。
「私たちの仕事の一環として、ギルマスの厚生と監視というのがあるんですよ。でもこの通りでしょ? 最初の府は気を使っていろいろ言ってはみたんですけど、暖簾に腕押し《のれんにうでおし》、糠に
そんな昭和の家電みたいな使いでいいのおじいちゃん!?
「ちなみにコツは斜め45度からこう、ゴツンと」
やっぱり昭和の家電扱い!!
「とりあえずじゃ、ワシがいない間の大物討伐、感謝する」
俺が心の中で次々ツッコミを入れていると、ギルマスが頭を下げた。
それはもう、軽く。
この人、貴族の最上位かつギルドの最高責任者なんだぜ。
雲の上の存在に頭を下げられて、フィルやベリトですら困惑して顔を見合わせている。
「ギルマス、森に行く気なんてあったんです?」
「ないぞ?」
「はぁ……まったく……」
そこにアルマさんがツッコミを入れると、さも当然のように返してくるギルマス。
ホントにこの人がギルマスでいいのだろうか、ちょっとどころではなく不安になる。
やっべ、俺の正体明かしたの早まったかもしれん。
などと考えていると、カップのお茶を一気に飲み干してから、がははと笑うおじいちゃん。
通常サイズのティーカップが、一口サイズにしか見えない不思議。
このおじいちゃんがでかすぎるんだよなぁ……。
ソファからも半分はみ出してるし。ケツが。
「でもまぁ、助かったのは確かじゃ。たぶん国軍はここに来やしないしな」
「なぜです? マンティコアはともかく、魔神教団は間違いなく殲滅対象でしょう?」
「それはそうなんじゃがなぁ……大将軍のビーツとはちょっと。昔にのぉ」
「……なにをやらかしたんです?」
「昔にのぉ……あ奴の妻と娘に手を出した」
「端的に言って最低ですね」
おじいちゃんお盛んすぎるだろう……。
「「「……………………………………」」」
目の前で繰り広げられる、もはや漫才なんじゃないかと思われる応酬に、俺とフィル、ベリトは固まったまま何も言えないでいた。
いや、俺は心の中のツッコミで忙しいし、ベリトは飽きて眠りこけてるだけだった。
「それにしてもふぅむ、おぬし、けったいな構造物じゃのぉ」
アルマさんとの言葉の応酬が終わると、ギルマスの興味が俺に向かう。
「プラスチックはこの世界にはないものですからねぇ」
「ほう、ぷらすちっくというのか? なんでできておるのじゃ?」
「ポリエチレンテレフタレートだな」
聞きなれない単語にここにいる全員が目をぱちくりさせる。ベリト以外。
「ぽ、ぽり……???? なんじゃそれは?」
「エチレングリコールとテレフタル酸の脱水縮合で作られる化合物だよ。
だが……科学が発展してないこの世界じゃ、説明できるないんだよなぁ」
「ふむ。では一言でいえばなんじゃ?」
「神の奇跡」
「ほっほ、神と来たか」
「実際、プラスチックを作った化学っていう分野は、長年神の奇跡と呼ばれてきたものも多いんだよ。それを地道に研究し、理解し、やがて神の手から人の手に渡ったもの、って言うとかっこつけすぎかな」
「そのかがくというのは理解できぬが……そうじゃな、この世界には神がたくさんおる。神の奇跡なんぞ、掃いて捨てるほどあるでな」
「そうかもしれないなぁ」
実際俺は、その神の奇跡でここに来たわけだし。
どこぞの駄女神のミスでこんな身体になったけど。
どこかで駄女神はひどいっすー!という叫び声が聞こえたような気がするけどきっと気のせいだろう。先生も反応してないしな。
「意思を持つ神器、EランクをBランククラスまで引き上げるとんでもない能力。無限に水を保管できるスキル……まだ何か秘密があるじゃろ?」
女神ペディア先生とかな。
これ、やり方次第で、神の啓示受け放題のやべぇスキルだと最近気づいた。
「主の存在ひとつで国のパワーバランスが傾くレベルじゃ」
「傾くことはないな」
「なぜじゃ?」
「俺は国に使われる気は毛頭ない」
「では何を求める?」
「この二人と共に歩むことを望む」
「ふむ?」
ギルマスが髭を撫でながら、俺を見る。
「俺の力なんてしょせんただの道具だ。使われてなんぼだと自分でも思う。でもなぁ、どうせなら使ってもらう主人は自分で選びたい。そしてこの二人は俺が力を貸すに値する人物だと確信している」
「おぬしの意志に関係なく、国に狙われ、あるいは封じられる可能性もあるが?」
「あるだろうな。でも俺は一切力を貸さない。戦争の道具に使われるのはまっぴらだし、一部の権力者のおもちゃになるつもりもない。ついでに言うと俺が力を貸せるのは5人までだ。軍隊丸々強化はできない」
「逆に言えば国の選んだ5人までなら強化できるというわけじゃな。国の選りすぐった、狂気のようなモノでも」
なんとなく、ギルマスが今口にしたモノは、者ではないニュアンスを感じる。
狂った戦争バカに力を与えることもできると、暗に言ってるわけだ。
だが。
「それも不可能だ。国に使われる云われはないし、そのつもりもない」
「おぬしに意思があるというのも問題じゃ。意思は洗脳という手段で上書きされる可能性がある。わしはそれをできるアーティファクトを……存在を知っておる」
その言葉と共に、ギルマスがほんの少しだけ、表情を歪ませる。
「幸いにも俺は【不壊】だ。この世界の理じゃ破壊することはできないらしいぞ? そして操り人形にする術すら弾く。だから俺は操れない」
「……ふむ」
「結果として恐れられ、どこかに封印されるなら……神に願ってこの世から消し去ってもらうだけだ」
「しげ、アーティさん、それは……!」
俺の言葉に、フィルがはっとした声を上げるも、俺はそれを制してギルマスに向かう。
「神に願うということは……おぬしは神と繋がりがある、ということなのかの?」
「さぁて、ご想像にお任せするよ。ただ言えることは、俺はアーティファクト。
【神器】だってだけだな」
「……たかだかEランクの若造に、容易に老齢マンティコアやスラストホークと倒せる力を与える存在……普通に考えたら野放しは危険すぎる。そして他国に渡すわけにいかない超特大の火種……厄介な事この上ないのぉ」
ギルマスがふぅむと腕を組み目を瞑る。
「アーティよ、ひとつ聞きたい」
「なんだ?」
「その二人が……いや、今後おぬしが守護する者が、驕り世界に害をなした時。
おぬしはどう責任を取る」
「取らないな。というかとる必要はない」
「その心は?」
「俺が選んだ奴は折れない、曲がらない、堕ちない。当然のことだ」
そう言い切った俺を、ギルマスが目を見開いて見つめている。
「しげと、さん……」
俺の横でフィルが万感の思いを浮かべ、俺を見つめている。
いつの間にか目覚めたベリトが、俺を見てにっこり微笑む。
「だからここで誓う。俺の選んだ人たちを害するというのなら、俺はどんな手を使ってでも守ってみせる。あんたが相手でも、厄災竜が一尾「ガルベルク・リーネ・デ・エルスフィン」が相手でもだ」
「その名は……ずいぶん大物が出てきたものじゃ」
「そいつは前世の俺を殺した張本人だ。いつかリベンジする予定もあるぞ、
「それは、相当難儀な敵討ちじゃ」
真っ白い髭を撫でながら、細目で笑うギルマス。
「フム、分かった」
やがてギルマスがふぅっと息を吐いてから、面白いものを見つけたような顔で俺を見た。
「ヴァンディーア・フォン・リクシアーデ辺境伯の名において、SSランク「蜃気楼のヴァン」の名において、ここに宣言する」
それは世界で5人しかいない、SSランクに与えられている一つの権利。
「このアーティファクト「アーティ」を、冒険者ギルドの冒険者として登録する!」
この会議室にいた全員が息を吞む。
それはSSランクが成立して以降80年。ただ1度しか使われたことのない、超法規的処置の宣言だった。
この宣言において発した事柄は、どの国家も、団体も、個人も、異を唱えることはできない。そしてすべての責任を、全ての立場をかけて、宣言した人物が負うことになる。SSランクの人物が、生涯ただ一度しか使えない、それほど重いものだ。
それを使ってギルマスは、まず俺のことを冒険者ギルドに取り込むことにしたらしい。それは、冒険者ギルドの絶対的教えでかつ、決まりであるところの「冒険者な何者にも縛られず、いかなる世界、国においても冒険者が自由である権利を害することまかりならぬ」という概念に、アーティファクトである自分が守られるということ。
国や貴族が俺を欲しても冒険者ギルドの名において守ると。敵対すなわち全世界の冒険者が全て敵になることを暗に示すと、このヴァンという人は宣言したのだ。
「マジか……俺は二人についていければそれでよかったんだが」
「それでも後ろ盾はあった方がよかろう? なにしろこの老いぼれ、人望はないが権力と力だけは腐るほど持ち合わせておるでの」
一応これでも最強の辺境伯だしのぉと、かっかと笑うギルマスの横で、アルマさんが頭を抱えて深いため息をつく。
「アルマ姉……いいの?」
「まぁ、色々思うところもあるし、これから書類仕事が大量に発生して地獄でウェルカムしてるのが見えるのだけど……いいんじゃない?」
「いいのかよ、それ……」
「サブマスに全部ぶん投げるから大丈夫よ」
「わしは書類仕事が苦手だしのぉ。サブマスが適任じゃな」
「あんたは仕事しろ!」
まだ見ぬ名も知らぬサブマスになぜか自然と敬礼が……。
胃に穴が開く前に、俺のお茶を飲ませてあげたい。切実に。
「それにしても筋肉ギルマスにしてはいい「アルマくん?」考えね。確かにこのひげダルマじゃなかったギルマス「少しは隠そうとしてくれんかのぉ?」を物理的に敵に回すバカはいないでしょうし、王家だって冒険者になったアーティさんを強制的に押収はできないでしょう」
「ほっほ。喧嘩なら7日7晩連続で買ってやるぞ?」
「やめてください。国が滅びます。あと陛下にこれ以上心労を与えないでください。誰の尻ぬぐいでサブマスが王家で缶詰になってると思ってるんですか?」
「思い当たりがありすぎるのぉ」
「最近の陛下の口癖知ってます?「ヴァンの奴が夢の中にまで現れて訓練を強要する!」ですよ? もうお歳なのにお労しい。少しは責任感じてください」
「はて? マグリアスに訓練を施したのなんて若いころに一度しかないはずじゃが?」
「そのただの一度で多大なトラウマになってるんですよ、筋肉このひげダルマじじいじゃなかったギルマス」
「なんか罵倒が長くなってないかのぉ?」
「気のせいです」
というギルマスとアルマさんのやり取りを聞きながら、俺はフィルとベリトを見た。
二人は小さく同時にこくりとうなずいてから、一人は笑顔で、もう一人は俺を抱えて喜びを爆発させた。
そして俺は、この世界で初めてそして唯一の、ペットボトルの冒険者として、世界に知られることになる。
しかしそれが世界に伝わるのはもう少し後の話。
今はただ、辺境の小さな田舎町で、その存在がゆっくりと知られ、その影響力が世界に浸透していくことになる兆しであった。
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とりあえず書き溜めたところまで。
今後は反響次第かなぁ。GWで時間があったから数日かけて書き溜めただけだし。
一応この先のコンセプトとプロットはあるんですが、基本勢いでがーーと書くタイプなので、時間が取れないとなかなか難しいところ。
誤字が多いことで定評がある自分なのでその辺はご容赦を。
長い休みサイコー(引きこもり体質)
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