第10話 スラストホーク

俺たちの目の前でホバリングしながら、ゆっくりとその姿を見せる、

鳥型の魔物。

翼を広げると3メートルくらい。

鋭い嘴に鈎爪。頭部には特徴的なブレード状の角のようなものが生えている。


『【スラストホーク】

 頭部のブレードを使い、高速で近づき対象を切り裂く。

 質の悪い鉄の盾程度なら簡単に引き裂くため、飛翔するクレイモアと呼ばれ

 恐れられている。頭部のブレードは非常に硬く、武器の素材になるため、

 高価で取引されるも、返り討ちに遭う冒険者も多い。ギルドでも危険な魔物

 として知れ渡っている。本来はもっと西方の山間部に住む。

 ハスクの森でスラストホークを倒せる存在はほぼなし。

 一度獲物に定めた対象に異常な執着を持つ。討伐難易度:D』


スラストホークはホバリング旋回を続けつつ、明らかにベリトを威嚇する。

……いや。

ベリトというより、ベリトの近くでぐったりしている白いトカゲを明らかに

狙っているな。


「クエエエエエエエエエエエッ!!」


スラストホークが高らかに鳴く。

それは獲物を取られて怒り狂う、上位捕食者の雄たけびだ。


「な、なんかすっごく怒ってない!?」

「こいつは獲物に執着するみたいだ。多分お前のことを、獲物を横取りした敵と勘違いしてるんじゃないか?」

「ええっ? あ、この子を守ってるように見えるのかな??」

「多分な。どうする? 獲物を渡せば見逃してくれるかもしれないぜ?」

「スラストホークは狩りを邪魔されるのを嫌うと聞きます。見逃してはくれないと思いますよ」


どうやらフィルはこの魔物を知っているようだ。

明らかに警戒しながら、襲い掛かるスラストホークを牽制している。


「そうだろうなぁ、つまりだ」

「つまり?」

「二人とも、やっちまえってことだな!」

「えぇぇぇぇ!?」

「私たちEランクなんですけど……」


俺の言葉に、困惑の声と表情の二人。


「大丈夫だ。鑑定してみたけどマンティコアよりは楽らしいぞ」

「それはそうでしょうけど……」

「どっちにしろ見逃しちゃくれないんだ。やるしかないだろ? 今ならコーラの効果も続いているし、たぶん何とかなる!」

「気軽に言いますねぇ……」


飛び掛かってくるスラストホークを牽制しながら、フィルが諦めたようにつぶやいて、そのままスキルを放ってカウンター気味に剣を振るう。


「っ!?」


しかしそれも余裕とばかりに、スラストホークは悠然と躱して、逆にカウンターを仕掛けてきた。


「は、はやい!」

「ファイアアロー……! でも当たらないよー!!」


フィルもベリトも、パラメータの貸出で大分強化はされている。

しかし装備面の不安と、プレイヤースキルの未熟はいかんともしがたい。

高速でヒットアンドウェイを繰り返すスラストホークに苦戦していた。


「何かいい手はないもんかな……」


ぼそっと呟く俺の声に、先生からの追加情報が!


『お肉はとっても美味しいですよ! -女神ペディア-』


今はその情報はいらない! 弱点とか対処方法をくれ!


『耐性:風 弱点:雷・氷 ちなみに冒険者ランクEの冒険者が10人がかりで格上ランクの魔物1体を被害ありで討伐できるかというのが、討伐ランクの目安になります! -女神ペディア-』


俺の魂の慟哭を受けとったのか、鑑定結果に弱点属性が追加される。

つまり今の5倍の戦力が必要ってことか、それはちょっときついな。

しかし、+25のブーストを受けて、かつレベルも上がっている。

今の二人なら、パラメータ的にはいける気がするし、

いまだペ〇シマンモードだ。防御力も跳ね上がっている。

討伐は可能だと思う。


とりあえず弱点を突くことを念頭に考えたほうがいいかもと、俺はベリトに問う。


「ベリト! 氷か雷魔法は使え…」


「使えないよっ!」


以前の【鑑定】でなんとなくわかってたけど、食い気味で返事が返ってきた。

というかなんでちょっと誇らしげなんだよ。


「ベリト、警戒! 速度優先のファイアボルトで牽制しなさい!」

「うん!」


フィルがスラストホークとベリトの間に割り込み、双剣を振るう。

その背後から、フィルが呪文と共に火球を4つ生み出し、スラストホークに向ける。

「ファイアボルト! ってなんかでっかいし多い!?」


多分それはコーラの効果でパラメータが爆上がりしてるからだと思うぞ。


「えーい! っ!? ひゃああああ!? いったーい!」


次々に火球を打ち出すも、その反動で見事な尻もち。

そのスキを突き、綺麗なバレルロールですべての火球を避けて見せたスラストホークがベリトに頭部のブレードを向け、宙を舞う。


「させません!」


その動きに合わせてフィルが双剣を振るう。


ガキィイイイイイイン!!!


フィルの右手の剣と、スラストホークのブレードが交差し、凄まじい金属音を辺りに空き散らす。

同時に、


「うっそー!?」


スラストホークのブレードに抗いきれずに、剣がぼっきりと折れた。

その衝撃で右手が痺れたのか、堪らず折れたほうの剣を取り落とすフィル。


「お姉ちゃん!? えーい、ファイアボルトー!」


姉のピンチにベリトが魔法を放つ。今度は尻もちをつかなかった模様。

4つの火球が、砲台から次々発射されるミサイルみたいにスラストホークに襲い掛かるも、それを余裕でかわし、少し舞い上がってから、フィル向かって急降下を開始した。


「っ!?」


しびれた右手を庇うように半身で、左手の剣を振るうフィル。

しかしそれは、スラストホークのブレードを迎撃できるほどの威力はなく、左手を跳ね上げられる。


「お姉ちゃん!?」


無防備になったフィルに向かって急上昇したスラストホークが反転して身を翻し、飛び掛かる。

それはスラストホークの死の飛翔。

鉄の剣を叩き折るほどの威力に、レザーブレストのフィルが抗う術などない。


スラストホークが何度も獲物を仕留めてきた必勝パターンだ。


ベリトが放つ火球に当たれば、それなりに痛い目に遭うのをスラストホークは察知している。

しかし自身の速度に絶対的自信を持つスラストホークにとって、あの程度の速さなら、高速飛行で木々の隙間を潜り抜けるよりも容易い。

当たらなければ全く問題ないのだ。

今まで何度も、自身より強い魔物を返り討ちにしてきた動き。

ブレードによる高速斬撃に絶対的自信を持っていたスラストホークは、すべてをかわし、迎撃し、いつものように頭部を振るった。


「う、ぐぅっ!」


吹き飛ぶ獲物から、いつものように鮮血が噴き出す……はずだった。


「いったー……あ、あれ?」


吹き飛んだその獲物の身体には、傷ひとつついていなかった。


「お姉ちゃん、大丈夫!?」

「う、うん、大丈夫……多分重人さんのポーションのお陰? 鎧がちょっと切れちゃったけど……」


その必殺を受けてなお、獲物が無傷だったことに、スラストホークは少なからず狼狽する。

しかしすぐに立て直したように襲い掛かり、鋭い爪で何度も、二人を切り裂きにかかる。

だが、それも。


「だ、ダメージが……」

「全然痛くない……」


銀の被膜の効果か、鈎爪の攻撃がほぼ届いてこない。

HPは一応減ってはいるのだが、ほぼ最小ダメージかノーダメージの2択。

鉄の剣を叩き折ったブレードの攻撃すら、その倍くらいのダメージしか受けない。

つまり最小ダメージ2回分。

ベリトのほうが被弾はあるっぽいけど、それでもほぼ最小ダメージ。


「ど、どうしよう、お姉ちゃん……」


一生懸命攻撃するスラストホークが哀れに感じてきた二人は、視線を合わせて困惑する。


「とりあえず……攻撃してみようか」

「う、うん……」


もはやカカシに襲い掛かる鳥のようなスラストホークを多少哀れに感じながら

も、超至近距離から剣を振るい、魔法をぶち当てる二人。


「クエエエエエエエエエエエッ!?」


よもや防御もされずに攻撃を放たれるとは思わなかったのだろう。

不意打ち同然で攻撃をもろに喰らい吹っ飛ぶスラストホーク。


しかしとどめはさせなかった様子。

忌々しそうに二人を睨んでから、聖域の結界近くまで上昇し、スラストホークが魔力の風を自身の身体に纏わせていく。

それは「飛翔するクレイモア」と恐れられた、スラストホーク渾身の攻撃。

風の魔力によりほぼ全ての攻撃を跳ね飛ばしつつ、下手な金属鎧すら盾毎貫く威力の突撃を放つ、必殺の飛翔の前触れだった。


「あれは……無理かしら」

「さすがに死んじゃうと思うよ」

「そうよね」


フィルは無事な剣を右手に持ち替え、油断なく空を見上げるも、その表情は曇りがちだ。


「ベリト、一番大きな魔法を準備して」

「わ、分かったけど、でも、多分当たらないよ?」

「アレは私が……何とかして止めるわ」

「ええ!? 無理だよ、お姉ちゃん!?」

「無理は承知よ。でも重人さんのコレが守ってくれてるし、たぶん行けると思うの」


フィルがニコッと笑って自身の包む銀色の防護服を撫でる。


「私が止めるから、目の前で最大火力をぶちかましなさい。ベリトの魔法のダメージも重人さんが守ってくれるから、思いっきりね」

「で、でも……」

「やらなければどのみち助かる術はないわ。防御の効果がいつまでも続かないの、分かるでしょ?」

「うー……」

「大丈夫よ。重人さん言ってたでしょ、マンティコアよりは弱いらしいわ

よ?」


すでに覚悟を決めたのであろうフィルに諭され、ベリトの表情に、決意の炎が

灯る。


「……わかった、思いっきりやる!」

「いい子ね」


風の魔力の膜につつまれたスラストホークがゆっくり加速しながら墜ちてく

る。


「タイミングを合わせなさい。うまくいけば私がやっつけちゃうかもしれない

けど」

「剣、片方折れちゃったね」


スラストホークが急加速に乗って体を回転させていく。


「買いなおさないといけないわね。お気に入りだったんだけどなぁ、この剣」

「バーゲンセールの安売り中古品だったけどね!」


スラストホークが目前に迫る。

それは黒い砲弾のようだった。


「止めてみせる……!」

「絶対、当てるよ!」


気合の乗った二人の声が聖域内に響く。

空気が引き裂かれるような轟音が、黒い砲弾から聞こえてくる。

それはこのハスクの森に住むすべての生物、魔物にとって、レクイエムに等しい音だった。


「そんなタイミングで俺! 参上!」


だがしかし。

その緊張感溢れる場面に、空気の読めない気の抜けるような声が響いた。


「【ワープポイント】!」


スラストホークの攻撃が届く瞬間、俺はスキルでフィルの前に飛ぶ。


「えっ!?」


突然目の前に現れた俺を見て、目をぱちくりさせる二人。

そしてそのまま、ペットボトルの身体で、スラストホークの攻撃を受け止める。


「ええええええっ!?」


空気を切り裂く、キーーーンという音が辺りに響く。

しかしそれは、【不壊】の身体を貫通することはできなかった。


「クエェェェェェェェッ!?」


たかが500㎜サイズの物体に、全身全霊の攻撃を防がれて驚愕したのか、スラストホークが声高らかに叫ぶ。

それはなぜか、えーーーーーーーー!?という困惑の叫びに聞こえるような鳴き声だった。


「重人さん!?」

「大丈夫だ。二人は俺が守る……!」


これが先ほどレベルが上がった際に解放されたスキル。

【ワープポイント】だ。


『【ワープポイント】

 対象を【登録所有者】の近くに転移することができるスキル。

 基本、対象の目の前に転移する。転移の位置はある程度任意に変更可能。

 なんなら服の中でも可能ですけど、エッチなことに使っちゃだめですよ!

 -女神ペディア-』


そんな用途では使わんわ!と言い切れないのが困ったものだなぁ、これ。

隠された場所に転移しないとヤバそうな時とかな。

ふ、深い意味はないんだぞ、ホントだぞ!?

だが今回はこのスキルで、攻撃に割り込んだってわけだな。

そして【不壊】のこの身体で強力な衝撃を受けた結果。


「ギェェェェェェェェェ!?」


いつぞやのベリトのように、いや、それをはるかに上回る反射の衝撃を受けて……。


「ズドンッ!!!!!!!」


スラストホークの身体が跳ね飛ばされた。

それはもう、ものすごい勢いで。


「どっかあああああああああああああああああああああああん!!!」


そしてその着弾地点では、ものすごい衝撃音と共に噴煙が立ち上がる……。


「うっわー……」

「ひど…すっごいねぇ……」


二人もドン引きである。

ベリト今ひどいっていいそうになったろ、ちゃんと聞こえてたぞ。


「頑張って助けに来たってのに……」




「あー、うん。それは助かったし、うれしいんですけど……」

「なんかびょーんを通り越してどっかーんだったよ」


もくもく上がる煙が晴れると、そこには軽いクレータが出来上がっていた。

その中心では、首が変な方向に曲がったスラストホークが、息絶えていた。

頭のブレードがぽっきり折れ、近くに墓標のように突き刺さっているのが

また、哀愁を感じさせる。


「ねぇ、重人さん……」

「言うな、これはさすがに俺もないわーって思ってる……」


あまりの結果にため息をつく俺とフィル。


哀れ、ハスクの森の頂点捕食者は自身の攻撃で跳ね飛ばされ、吹っ飛んで敗れ去った。

多分スラストホーク自身も、どうやって自分がやられたか理解できていなかっただろう。


敗因はペットボトルである。


「ねぇ瓶さん、さっきのはなにしたの? なんかお姉ちゃんの前にぴゃって飛んできたように見えたんだけど!?」

「ぴゃってなんだよ……いやなに、さっきレベルが上がったろ? その時に

【ワープポイント】っていう所持者の近くに転移できるスキルをゲットしたん

だ。それでちょっとな」


試しに使って見せ、ベリトの目の前に転移してやる。


「わぁ、瓶さんすっごーい!」


そんな俺をキラキラした顔で捕まえて、胸に抱くベリト。

おっふ、なんかすっごい。


「はぁ……マンティコアに次いでスラストホークですか……普通のEランクが勝てる相手ではないんですけど」

「そう言われでも出ちまったものは仕方がないし、勝ったのも事実だ。

受け入れたほうが楽だぞ?」

「それは理解はしてるんですけど……その理解が追い付かないというか」

「あきらめろ、というか俺のMPも尽きたから移動は無理だな。今日はここで野宿だ。というわけで」

「なんですか?」

「スラストホークを解体しないとな。あ、肉は美味しいらしいぞ。よかったな!」


俺の言葉に盛大なジト目を向けるフィル。

対照的にベリトは、ぴょんぴょんと嬉しそうに飛び跳ねる。


「お姉ちゃん、早く解体しよう! おいしいお肉嬉しいなー」

「なー」


ベリトが俺を胸に抱き、ぴょんぴょん飛び跳ねて喜ぶ。

そしてどことは言わないけど、ばるんばるんしてらっしゃる。

そんな俺たちを見つめ、色々な感情が織り交じったようにフィルが、ジト目で俺を見てから、諦めたように、はぁっとため息をついた。

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