第8話 真水の味

「重人さん、水のほうはどうですか?」


食事を済ませ、一息ついたフィルが、俺をひょいと持ち上げる。


「結構な水が入ったっぽい。データ的には100リットル以上収納できてる」

「そんなに入ってるのに、軽いままですね……」


フィルは俺を軽く振るが、中から水の振られる音はしない。


「別の所に収納されてるっぽいけど、詳しくはわからないなぁ」

「不思議ですねぇ」

「はーい、あたしそのお水の味が気になります!」


そんな二人の横で、びしっと右手を挙げたベリトがコップを差し出してきた。


「ちょっと待て、出し方は……ほうほう、なるほど」


先生にやり方を教わりつつ、フィルがコップにペットボトルの口を向ける。


「何もないところから水が出てくる……」


ペットボトルの中から水が出てるわけじゃないらしい。

見た目は口の所に見えない空間の亀裂みたいなのができて、そこからちょろちょろと出てくる感じだ。


とりあえずコップ1杯分の水を出してみる。

出すときの水量は、ある程度俺の意思で選べるらしい。


「綺麗なお水だねぇ」


木のコップに注がれた水を見て、ベリトが嬉しそうに言う。


「では頂きまーす……こくこく……ん~~~~……?


コップの水を飲むにつれ、ベリトの表情が変わっていく。


「ど、どうした?」

「瓶さん……このお水……全然味がしないよ?」


不思議そうな顔をして、水をすべて飲んでから、やはり不思議そうな顔を

する。


「あー……真水だからな、それは仕方がない」

「ふつうのお水となにが違うの?」


そう言いながら、湧き水の水をコップに注ぎ、再び飲むベリト。


「こっちのお水のほうが甘くておいしいよ!」

「それが自然水と真水の違いだ」

「どういうことなんですか?」

「自然水、湧き水とかにはミネラル……鉄分とかナトリウムといった見えない成分が含まれているんだ。それが味として感じられるんだが…真水はそういうものを完璧に取り除いて作られる」

「つまり、まったく味がしないわけなんですね……ホントだ、なにも感じない」


ベリトから受け取ったコップに俺の真水を注ぎ、味を確かめて納得の表情を浮かべるフィル。


「海の塩水に対して川の淡水のことを真水っていうこともあるんだけど……俺のこれは超純水ってやつだからなぁ、料理には不向きだな。水浴びには使えると思うけど」


純粋なH2Oってやつだ。原子記号なんてこの世界にはないだろうけどな。


「お水を大量に持ち運びしなくて済むだけでも有能ですけどねぇ」

「それは間違いないな」

「おいしいのなら、しゅわしゅわしたのを出してくれればいいと思います!」


ベリトがはいはいと手を挙げながら力説する。

それを見て笑いあう俺たち。

俺のペットボトルボディは冷たい飲料に対応してるらしいし、もしかしたら将来、温かいもできるかもしれない。

まぁ、できてもコーラを温めようとは思わないけど……。

温かいができるようなら、風呂やシャワーにも使えるだろうし利便性は上がる。

俺は風呂に入る必要はないんだけどな。あはは……。

でも二人は女の子だし、寒い日にあったかいお風呂は喜ぶんじゃないかなぁ。

できるようになったら試してみようと心に誓う。


休憩の間に俺のMPもだいぶ回復したので、帰りのためにコーラを生成しようとしてふと考える。

コーラの種類についてだ。

コーラとドクペのように、微妙に効果の違うものが出せるのは分かった。

ではもっと他のコーラ……例えば青いほうのコーラや、特保などはどういう効果になるのだろう?


「とりあえず試してみるか」


俺は青いほうのコーラを思い浮かべて【飲料生成】を行う。

MPを消費する感覚と共に、俺の姿が青いほうのコーラになった。

丸の中に赤青白の模様のアレもばっちりだ。


「重人さん、このコーラは? 赤いのと違いますけど」

「紫のとも違うねぇ」


変化した俺を見て、二人がしげしげと見つめてくる。


「俺の世界で赤いほうと同じくらい有名なブランドのコーラだよ。解毒の代わりに防御力が上がるらしい」

「効果はどんな感じなんですか?」

「回復(微)と防御(小)らしい」

「飲んでも?」

「いいぞ。ちなみに基本ステータスのバフは弄ってないから、さっきの通りだ」

「了解です」


そう言ってフィルがキャップを外して中身をあおる。


「んく、んく、こくこく……」


飲み方は……いつものように……エロい。

美少女が恍惚とした表情で液体を飲む様は一部のフェチに刺さるのではなかろうか。

俺はそこまで重度ではないと思うが。

半分ほど飲み終えると、フィルの身体が微かに輝く。

そして……。


「ぶはっ!?」


思わず吹き出してしまった。


「え? な、なんですか?」


鑑定するまでもなく、明らかに見た目が変わってるのはわかる。


「あはははは! お姉ちゃんなにそれ!?」

「え? ええ??」


姉を見て失礼にも腹を抱えて笑い転げるベリト。気持ちはわかるけど。

そんな俺たちを見て、フィルがそっと自分の姿を見る。


「……なんですか、これ?」


フィルの今の姿は……一言でいえば銀色の全身タイツ。

左肩から腹部から下に向かって斜めに青色の線が走る。

胸の中央には赤と青の陰陽みたいな丸いマーク。

困ったことに頭部も銀色のスーツの一部……もじもじ君みたいになっている。

しかもだ。元々フィルが装備していた衣服やレザープレスト等は見当たらず。

つまりペ〇シマンそのままだった。色的に後期型だな。

顔の部分だけくり抜かれてフィルのままなのがまた……。

女の子座りをしてきょとんとしているフィルには悪いが……。


「あはっはははははははっは、くる、し……」


ベリトが過呼吸に陥りそうになるのも、もはや仕方がないだろう。

だがわかる。本能が訴えている。ここで俺が笑うと……色々まずい。


『乙女の危機を感知しました、スキルを調整しなおすのでしばらくお待ち

 ください! -女神ペディア-』


困惑する俺の脳裏に、なぜかちょっと焦った感じの先生の声が届く。

同時にフィルの身体が再度輝き……なぜかフィルが「ひゃうっ!?」と可愛らしい声を上げた。


その輝きが収まると、そこにはコーラを飲む前の姿に戻ったフィルが。

いや、ちょっと違うか。

フィルの着込んでいる装備の下に、銀色のスーツが現れ輝いている。

首元はタートルネックのようになっていて、そこから上には何もない。

もじもじ君じゃなくなって一安心する俺の前で、フィルが肌に張り付くように現れた銀色のスーツを触ったり引っ張ったりして確認する。


『スキルの効果を調整しました。

 「防御」の効果エフェクトを、デフォルトですべての装備下に現れるように

 調整。

 頭部の表示はデフォルトでOFFに調整。

 これらは設定で変更できるようにしておきました。

 さすがにアレは女の子的にアウト案件です! -女神ペディア-』


そう思うなら最初からデバッグしとけ!と心の中で叫ぶ俺。

多分、俺の青い方のコーラのイメージがペ〇シマンだったせいかなんかで、

効果エフェクトがああなったんだろうけど……アレは笑い芸人的なあれだぞ。

ったく。

まだ本人は気づいていないみたいだし、永遠に秘密にしておけば……大丈夫だよな?

一抹の不安を感じベリトを見ると。なぜか真っ青な表情を浮かべ正座をしていた。

どうやら姉を見て笑い転げた先の未来を感じ取ったらしい。


「この服?みたいなものがスキルの効果……ですか?」


そんな俺たちの心情も知らず、フィルは自身の身体を包んでいる銀色の全身スーツを確認していた。


「あ、ああ、うん。どうやら防御力が上がる膜みたいなのが体を覆う仕様

らしい」


「仕様?とは?」

「神様がそう作った、って感じかな?」


実装失敗してたけどな!などと心の中で考えつつ、改めて鑑定をしてみる。


「なんか防御が30くらい上がってるな」


フィルのレザーアーマーの防御力が3なので、10倍の効果らしい。

それが全身。見えない頭部にも効果がある。

表示OFFでも実はモジモジ君状態なのかもしれないな、言えないけど。

ちなみにベリトのローブの防御力は1。ベリトに使えばローブ30着分だ。着ぶくれすげーな。

そのことを説明してやると、フィルがちょっと顔をしかめる。


「それってこの効果だけで全身鎧以上の効果があるってことですか?」

「他の装備を鑑定したことがないから何とも言えないけど……そうかも?」

「はぁ、ほんととんでもないですね、重人さん……」

「瓶さん凄い!」


なぜかベリトが胸を張ってドヤる。


「それで、動きとかに何か不都合はないか?」

「そうですね……」


フィルが立ち上がり、双剣を手にして流れるように振るう。


「特にはないですね、動きも阻害しませんし、これで防御力が30アップとか、とんでもないとしか。ただ……」

「ただ?」

「ええと……体に密着しててくすぐったいというか……下着のさらに下という

か、素肌に直接なので、その……違和感が……」


もじもじして赤面するフィル。仕草がちょっとかわいい。


「それは……慣れてくれ、すまん」

「はい……仕方がないですよね、破格ですし……」


ふぅと一息ついて座りなおす。


「それで、なんで先ほど……ベリトが笑い転げていたのでしょうか?」


正座をしたままだったベリトの身体がびくっと跳ね上がったのが分かる。

脂汗が滝のように流れている。

そしてなぜだろう。

俺も全く同じ心境だ。


「詳しく……お話死していただけます、よね?」


お話の後ろに「死」って文字が見えるんだが。

ねぇ、これ、誤字じゃないの? 誤字はちゃんと報告しないと……。

あはははは……。


    *


「……つまり、最初のはスキルが暴走して、今のこの状態が正しい姿だと?」

「はい、その通りでございます」


全身タイツ姿になってのは理解できていたのだろう。自身を抱きしめるようにして赤面するフィルがちょっとかわいい。

頭部のことには気づいてないのが不幸中の幸いだ。

……頭部の設定は永遠にオフっとこう。絶対。


「で、ベリトはなんで大笑いしていたのかしら?」

「にゃ、にゃんでもないれしゅよ、ほんとだよ? ねぇ、瓶さん!?」


かみかみでわたわたするベリトはちょっと面白いが、さっきの不具合(主に頭部)のことは言ってはいけない、というか言ったらヤバい。

この不壊の身体を貫いて輪切りにされる予感しかしないもん。


『おいベリト、絶対言うなよ?』

『言えるわけないよ!お姉ちゃん怒るとものすごっく怖いんだよ!』


俺の視線に必死になってベリトが答える。


『わかる。アイツの称号、ヤバいし』

『え、お姉ちゃん、鬼!悪魔!フィルおねえちゃん!とかそんなの付いてるの!?』

『お前もたいがいひどいな!?』


「……なにか失礼な事、視線で示し合わせてません?」

「そそそそ、そんなことないよ!?」

「イエスアイマム!」

「なんですかそれは、もう……まぁいいですけど」


フィルがうーんと考える仕草になる。


「要は重人さんの出すポーションは、パラメータの底上げと別に、こーら?の種類によって別効果があるってことですね」


「そういうことみたいだな」


「他にはないんですか?」


「他かぁ……今はコーラだけだな。なんかレベルが上がれば出せるようになるみたいだけど。」

「ほうほう、どんなものがあるんですか?」

「どうかなぁ、実際生成してみないと分からない部分が多いんだが……」


多分なんだけど、俺が飲んだことのあるものなら、項目に追加されるような気がする。

紅茶とか、コーヒーとか。乳酸菌系とかスポドリ系とか。

お酒も一応ペットボトルで出てるよな。5リットルとかだけど。

まぁ、今の俺は500㎜ペットボトルだから、どこまで適応されるのかは謎だけどな。

って。


「そういや、コーラカテゴリーならまだいくつかあるなぁ」

「それっておいしいの!?」


「おいしいというか、特殊な効果というかダイエット志向というか、美味しいかはともかくクラフトってのもあるか、そういや……」


「「……ダイエット?」」


ん? なんか女子二人のトーンが変わったような?


「ああ、コーラなら特保と言って脂肪の吸収を抑える特保とか、そもそも太りずらいゼロとか……」


「それは!」「詳しくだよ!」


びょんと飛びつくように俺に詰め寄る二人。

姉妹二人のものすごい食いつきに若干引き気味になる俺。


「こ、コーラの中には太る成分を省いたものや、太りづらくなる効果を持つのがあるんだよ」


「なにそれ!?」「そんな素敵なものがあるんですか!?」


「お、おう……主に糖質オフとか食物繊維とかいろいろ……」


「「出して!」ください!」


綺麗にユニゾンする二人。


「い、今はMPが足りないから無理だな……今度試してみるよ」

「絶対ですよ!」「約束だからね!」

「お、おう」

「私、重人さんと出会えた感謝を女神様に感謝します……」

「あたしちょっとお腹のあたりが気になってて……えへへ、瓶さぁん~」


どこの世界も女性とダイエットは死活問題なんだなぁと、鼻息の荒い二人を見て遠い目をするのであった。

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