第6話 覚醒

ベリトに運ばれながら、周囲を調べてみてわかったこと。

生物、魔物、道具、景色などはすべて、先生の説明範囲になるようだ。

大体ナビ音声付きで説明してもらえる。

そして最後に一言コメントが入るのがお約束らしい。

このコメントは何というか……まず間違いなく意思を感じる。

もしかしたら女神ペディア先生って、リアルタイムで誰かが監視、対応してくれてる類のものなのかもしれない。

それを知る術はないし、聞いたところで「禁則事項!」と言われちゃうんだけどね。


「うぅん…………あれ……」


そんなことを考えながら様子を見ていると、小さく息を吐いたベリト姉が目を開ける。


「あ、お姉ちゃん!? 目が覚めた!?」

「……ここは?」

「ハスクの森だよ。少しは移動したけど……ちょっと休む?」

「うん、ごめん、一寸ちょっと降ろして」

「わかったよ」


そう言いながらフィルを下ろして座らせる。


「……生きてるんだね」

「そうだよ! 魔物もほら、尻尾だけ!」

「そっか……ベリト、ちょっとこっち来て」

「うん? なぁに? って、『ごつん!』いったぁぁぁぁぁぁ!?」

「ばか! あれだけ助けを呼んで来いって言ったのに! なんで戻ってきたの!?」

「お姉ちゃんが心配だったんだもん!」

「だからって! 二人で襲われたら絶望するしかなかったのに、なんでよ、

ばか!ばかぁ!」

「ごめんなさい、でもお姉ちゃんが心配で……うわぁぁぁぁん!」

「無事で、無事でよかった……!」

「おねえじゃあああああああん!!!」


ベリトを強く抱きしめ涙するベリト姉。

その胸の中で子供のように泣きじゃくるベリトの頭を、ベリト姉がやさしく 撫でる。

美しい姉妹愛に(物理的に)挟まれた俺は、ひとまず泣くに任せて様子を見る事にする。

するのだが……ベリトのほうはともかく、フィルのブレザーアーマーに押しつぶされるのはあまり嬉しくないなぁ。

なんてぼやいてるうちに、二人は泣き止んで恥ずかしそうにえへへへと笑いあう。


「そういえば、ねぇ、なんであんな凄い魔法を撃てるようになったの?」


姉の問いにぐしぐし涙を拭いたベリトが、頭の上に「?」を浮かべたまま首をかしげる。


「すごい魔法? あたしまだ初級魔法しか撃てないけど?」


そう言ってファイアボルトの魔法を唱える。

顕現した炎の矢は、初級魔法らしいサイズのものに戻っている。


「あ、バフ切れちゃった」


その魔法を空に打ち上げ、多少しょんぼりした風に呟く。


「バフって……それどうやって付けたの?」

「ンとね、この瓶さんのお陰!」


問われて気づいたのか、ベリトが胸に挟んだままだった俺を取り出す。

その際暴力的に胸が揺れたのを見て、フィルの表情が一瞬だけ闇に沈んだのは見なかったことにする。


「その瓶……瓶? 確かに透明だけど」


フィルが差し出された俺をいぶかし気につんつんする。


「瓶さん凄いんだよ! アーティファクトで転生者でジュース出せるの!」

「アーティファクト!? 転生!? ちょっと待って情報量が多すぎてわかんない!」


旗から聞いてる俺でもわかんないので、仕方なく俺が答えることにする。


「ええと……初めまして?」

「きゃぁ!? なんかしゃべったぁ!?」

「ええと、妹さんが言う瓶でアーティファクトてのは俺のことで……転生前は有馬重人って名前でした」

「え、ええと、はい……私はフィルと言います」

「ベリトだよ!」

「うん、それは知ってる……」

「とりあえず何から話したもんか……」


俺は地面に降ろされ、二人の美少女から見下ろされるような感じで見つめられる。

その視線を受けながら、ドラゴンに踏み潰されたところから、ゆっくり思い出しながら説明を始めた。



「……つまり重人さんは、女神見習いが転生に慣れていなかった関係で、

そんな恰好でこの世界に呼び出されたと」

「たぶんそういうことなんじゃないかなーってレベルだけどね」

「それはなんというか、ご愁傷さまです?」

「ははは……」


自分が理解できているレベルで説明し終わったところで、ベリト姉があからさまに憐れむような視線を俺に向ける。


「異世界からの転生なんて聞いたことはないけど……目の前にあるんだから

言っても仕方ないのかな?」

「俺がただのインテリジェンスアイテムで、妄想垂れ流してる可能性もあるけどな」

「うーん……聞いた感じだけど多分、それはないんじゃないかなぁ。この瓶? 

ぷらすちっくっていうんでしたっけ? こんな素材、この世界にはありませんし」


二人が散々、中身がないと超軽い俺の身体を掴んで色々調べた結果、そういう結論に達した。

化石燃料そのものはこの世界にもあるらしいが、そこから素材を生み出す技術なんて聞いたことがないらしい。

そもそもインテリジェンスアイテムは「ただの知恵のある道具」であって、

知恵=スキル扱いのため、スキルを使う道具としては存在できないらしい。

もちろん、知恵を付けつつスキルを併用できる技術があるかもしれないが、

今のところそんな発表はされてはいないし、あっても軍事機密レベルで

隠匿されているレベルでヤバい技術らしい。

しかも俺の身体にはギフトとして【不壊】と【飲料生成】が付いている。

スキルはともかく、ギフトは神による恩恵で生物にしか現れないもので、

それを持っているすなわち生物に他ならないんだそうだ。

ついでに俺の地球の知識がこの世界では聞いたことがないものばかりで、

もはや考えるだけ無駄という結論になったらしい。


「とにかく! 私が言えることはただひとつです!」


ベリト姉が俺の前に姿勢を正して正座して、深々と頭を下げる。

おぉ、この世界にも土下座の概念があるんだ。


「妹ともども、助けてくれてありがとうございました。あなたがこの世界に降りてこなければ、私は多分、死ぬまで……」


涙ぐんでそれ以上言葉が出なくなったフィルを見て、ベリトも同じように慌てて土下座する。


「あたしとお姉ちゃんを助けてくれてありがとうございました! 瓶さんはあたしたちの命の恩人です!」

「そんな大げさな」


誰もいない森とはいえ、女の子二人がペットボトルに頭を下げている姿はなかなかシュールである。


「私たちにできる事なんてたかが知れてますけど……私たちにできる事ならなんだってします。それで恩返しができるかなんてわかりませんけど」

「あたしもなんでもするよ!」


ん?今何でもするって言った? というテンプレ的な何かが再び浮かぶも、

実際俺の現状、この二人に運んでもらわない限り何もできないのだ。

それならいっそ……。


「それならひとつ、頼みたいことがある」


「はい」「はーい!」


「見ての通り俺は一人じゃ移動もできないし、能力的にもサポート系だし。

よかったらなんだけど、俺を冒険で使ってほしい」


「え?」「いいの!?」


驚き顔のフィルと対照的に、爛漫笑顔のベリト。


「それと俺のパラメータに「所有者登録」ってのがあるんだ。ついでに所有者登録に協力してほしい」

「わ、私たちが所有者……ですか?」

「うん。どうも俺が悪い奴に使われることがないためのセーフティ機能らしい。登録者の元から離れても、自分の意志で手元に戻ってこれるようになるみたい」

「盗難防止機能的な?」

「説明を見る限りそうっぽい」


俺の話を聞いて、ベリト姉は難しい顔をする。


「……それ、私たちでいいんですか?」


少し考えてそんなことを口にする。


「その機能は、所有者が善人でかつ信頼できることが前提ですよね?」


そうだね。俺もそう思う。


「出会ったばかりの私たちにそこまで信用しないほうがいいのでは?

私、自分で言うのもなんだけど結構打算的ですよ?」


少し困ったように笑うベリト姉。


「俺を悪いことに使うつもりはある?」

「ない……とは言い切れません」

「はいはい! あたしは悪いことになんか使わないよ!」


そうだね、ベリトとならそうだろうね。

短い付き合いだけど、この少女からは今の今まで悪意の欠片も感じない。

そういう意味ではベリト姉のほうが打算的な部分は確かにあるだろう。

例えばベリトが俺関係で何らかの悪意を受けた場合、俺とベリトどっちを選択するか、とか。

でもその場合でも、この少女は最後の最後まで抗って、そのうえで涙を流しながら俺に謝る気がする。

まぁ、結局の所、そうなっても俺が巻き込んだようなものだし、結果的に捨てられたり、売られたり、封印されても自業自得だと思う。

その際には諦めておとなしく封印されもいい。


「ひとつだけ、聞いてもいいですか?」


ベリト姉がおずおずと尋ねる。


「聞いた感じ、重人さんは……この世界でも規格外の道…人だと思います」


道具と言いそうになり、思い直して人と呼んでくれるあたり、この少女の優しさを感じる。


「このまま世に出れば……大きな国、王家や貴族の手に渡り、もしかしたら世界情勢を変えるほど活躍できるかもしれません。それでも、それでも私たちでいいんですか?」


フィルの表情が少しだけ悲しそうにゆがむ。


「ただの駆け出し冒険者の私たちでいいんですか?」

「うーん。はっきり言うとね、そういう大きな話には興味がわかないんだ。

ついさっき転生したばかりだし、この世界のことなんてこれぽっちもわからない。偉い人や英雄の手に渡って世界を救うために……ってのも、正直実感が湧かない。それなら初めて出会った君たちと……小さな世界でも共に行けたら嬉しい。身体を無くしちまった奇妙なペットボトルだけどさ。俺が厄介ではないというのなら、仲間にしてくれないかな」


俺はそう言って二人を見る。

明らかにうれしそうなベリトと、困ったように俺を見るフィルが対照的だ。


「……私たちでいいんですか?」


フィルがもう一度、そう口にする。


「君たちがいいんだ」

「…………」

「……お姉ちゃん」


ベリトがおずおずと声を上げる。


「瓶さんと一緒に冒険しちゃダメ?」


まるで叱られる前の子供のような声でそう言った。


「ベリトよく聞いて。重人さんはね……私たちが預かっていい力じゃないの。それこそアーティファクト……「神器」なのよ。それを力のない私たちが所持することがどれだけ危険かわかるでしょう?」

「うー、でもでも……」


それでもベリトは言葉を選びながら、何とか声を上げる。


「あたしは瓶さんと一緒にいたい。すごい力とか分かんない、でも、瓶さんはお姉ちゃんを助けてくれた、あたしのお願いを聞いてくれた。優しい瓶さんがあたしは大好き。力がないっていうならあたし、強くなるよ! お姉ちゃんを守れるくらい、瓶さんだって守れるくらい強くなる!」


ベリトが大粒の涙を流しながら、それでも姉の顔をまっすぐ見る。


「ひとりなのが怖いのはすごく知ってるもん! 瓶さんにそんな思いさせたくない! もう二度と! 誰も失わないくらい強くなるんだ、あたしは!」

「ベリト……」


彼女が言う二度とという意味……それは彼女たち二人が、今二人な理由のことなのだろうとなんとなく思う。

その万感の思いを口にしてまで、俺のことを想ってくれることが素直にうれしい。

俺だって、前世では一人で生きていた。

両親や妹のことを考えて泣いたことだって一度や二度のことではない。

この身体じゃなかったら、たぶん俺も泣いていただろう。

嬉しくて。

ただ嬉しくて。


「……はぁ」


長い沈黙の後、フィルが小さく息をついた。


「わかりました。正直言って重人さんほどの神器を手に入れることができるのなら、所有者登録くらいなんてことはありません。それに登録したら戻ってくるなら何度でも売れるじゃないですか!」


「おい!?」「お姉ちゃん!?」


驚く俺たちに、フィルはアハハと冗談ですよと笑う。


「私結構打算的なんで。使えるものは使い倒しますよ?」

「おう。上等」

「お金が無くなったら売ったりは……多分しませんけど」

「たぶんかよ!」

「重人さんの生み出したジュースってどれくらいで売れるかしら?」

「お、おう……」

「えー、売るならあたしが飲みたいよぉ~」

「そういえば私、毒消しのために飲んだんですよね? 覚えてないけど」

「うん、あたしが飲ませました!」


頬に指を添え、うーんと考える仕草のフィル。


「とりあえず、美味しそうなモ・ノ、飲みたいなぁ?」

「あたしも!」

「お、おう……」


純真爛漫なベリトの笑顔の横で、獲物を見定めた狩人のような視線を受け、若干生き気味の俺。


「ま、まずは所有者登録をしよう、そうだそれがいい!」

「「えー?」」


色々ごまかすように話題を振りなおすと、不満そうな声が上がる。


「こういうのはできれば街に着く前に終わらせたい。所有者登録をすれば、

わざわざ声にしなくても念話ができるようになるらしいし」

「あー……今の重人さんが話し出したら注目浴びまくりですしね」

「なのでとりあえず……名前を決めてくれ」

「重人さんではなくて?」

「別にそれでもいんだけど……登録者名ってのがあるんだ。このペットボトルの固有名みたいな?」

「ああ……真名の概念があるんだ」

「うん。俺の所有者としての契約名みたいな奴。登録者以外、悪用は不可能って説明が出てる」

「説明って……【鑑定】能力ですかそれ?」

「俺にもようわからん!」

「あはは、自分の体のことなのに~」

「ただのペットボトルだしなぁ……」


ひとしきり笑いあったのち、フィルがむんっと気合を入れる。


「まあいいです。確かに重人さんの身体は非常に珍しいものですし、悪用云々はともかく、盗難されそうですし……持ち運び用のホルダー作ろうかしら」

「はいはーい!あたしのお胸に挟んで運ぶから大丈夫!」

「いいね!」「やめなさい!」


返事がかぶって場が凍る。

ジト目で睨まれたので、ごまかすように口笛の物まねをする俺。


「はぁ……ソレじゃ私が運べないじゃない、ずるい……」


フィルがぼそりとつぶやいたのが聞こえてしまったが、ソレに触れたらいけないと第六感が激しく警鐘してるんで黙っておく。


「では名前…名前かぁ……うーん」

「瓶さん!」

「瓶じゃなくてペットボトルな」

「それじゃペット?」

「やめて!」


そんな拾った犬猫に適当に名前を付けた感じのものはやめてほしい。


「では……アーティファクトの『アーティ』は?」

「お、いいんじゃない?」

「瓶さんは瓶さんなのにぃ」

「だから俺はペットボトルだってば……」


ベリトのしょぼんとした顔を見ながら、俺は自身のステータス画面に意識を向ける。


『アーティ』/神器/アーティファクトLv:1(転生者)

所有者:

フィル・ベイシュタイン

ベリト・ベイシュタイン


名前と所有者が追加されていた。

この世界における俺の名前はアーティ。


「それじゃ行きましょうか……ええと重人さん? それともアーティ?」

「どっちでもいいよ。呼びやすいほうで。それと人混みの中では念話のほうで話するから慣れてくれ」


『こっち?』

『そうそうベリト、偉いぞ』

『えっへへ~』


ベリトにひょいと抱え上げられ、そこが定位置と言わんばかりに胸元に収める。

そんな妹を見て、フィルが自分の胸をペタペタ触り、悲しそうな表情を浮かべていたけど触れないでおく。


「よし、日が暮れるまでに街に戻らないと! ギルドにマンティコアとダンジョンのことも説明しないといけないし、忙しい!」

「あたし、おなかすいたよぉ~」

「そうね、今日は豪華に行きましょう! 重人さんも一緒に!」

「あ、瓶さん! あたしあのしゅわしゅわしたの飲みたい!」

「それ私も興味ある!」

「あー、出してやりたいのは山々だけど…すまん、MPがない。回復するまでちょっと待ってくれ」

「「えーー!?」」


元日本人で有馬重人。今はただのペットボトル。

元の世界よりちょっと高性能になったペットボトルだ。

今日から俺はこの二人の姉妹と共に、この世界で生きていくことになった。

物なので実際生きてるわけではないし、色々不都合なことだらけではあるけれど。

多分、面白おかしく生活できるんじゃないかなぁと。

美人妹の胸の谷間に挟まれた状態で移動しながら、なんとなくしみじみ思った。


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