第31話 6日目ー5




「丁寧な挨拶、痛み入る。ああ、それと頭はもう上げて欲しい。お互い立ったままというのもどうかと思うので、座って話をしよう」



 聞こえて来た声は、驕りとか思い上がりとかと無縁の優しげなものだった。

 もっとも、異常な状態は続いている。

 ごく普通の大きさの声に聞こえるのに、どうしてこの距離で明確に聞こえるのだ?

 それは、みんなも一緒の様で、何か腑に落ちない空気が流れた。


 視線を戻すと、一瞬で見るからに高級そうなソファが向かい合わせに出現するところだった。

 思わず、「え?」という声が出たが、それはみんなも同じだった。


 

「さあ、遠慮をせずに座って欲しい。第一、このソファはこの城の備品の予備だから気にしないで欲しい」

「では、遠慮無く」


 我らが王はこの異常な状況にもかかわらず、普段と変わらない様子で対応をしている。

 誇らしい気分になってしまうのも仕方が無いだろう。

 大精霊ゴックス様もはっきりとは視えないが、ソファに登った後で寝そべった様だ。

 しかし、ソファをどうやって取り出したか全く分からない。



「ゴックス様から聞きましたが、ドムスラルド家の幼い兄妹を庇護する為に御来訪されたとの事でしたが?」

「その通り。ゴックス殿、迅速な対応、心より感謝する」

「・・・・・・・・・・・・」

「いや、正直なところ、動いてくれるのはかなり先だと思っていたんだ。本当に助かったよ」

「・・・・・・」

「ははは、意外と頑固だな」



 大精霊ゴックス様の声は聞こえないが、ジョージ様の言葉を聞けば、応答の大体の内容は掴める。

 我らが王も、やり取りの内容が分かるのか、相槌をうっている。


「さて、これからが本題だ。今回の件、かなり危惧を抱いている。何故なら、大精霊をないがしろにした訳だからな。これは人類史で初の事態だ。ザビナオーレ様も直接は言わないが、心を痛めている」



 謁見の間の空気が薄くなった気がした。

 いや、呼吸を忘れてしまっていたのだ。


「似た事は以前に4回有った。まだ原始的な部族単位の時代だったが、庇護されている一族は居らず、庇護されている土地のみを先住部族から奪った事案だ。困った事に、今回の件は曲がりなりにも社会制度が高度になっていて、庇護されている一族が明確にされているにも関わらず起こっている。ザビナオーレ様はお優しいから、この件を御自身では解決出来ないとお考えになった様だ」


 息が止まった。


 魔獣の大量発生でも無く、

 食糧危機でも無く、

 収まらない流行り病でも無く、

 長過ぎる異常気象でも無く、

 泥沼の人類同士の争いでも無く、

 大規模な自然災害でも無く、

 人口爆発による危機でも無い・・・・・


 我らは知らない内に驕り高ぶっていた? 

 大精霊様をないがしろにし、ザビナオーレ様の御心を曇らせ、新たな神を遣わすほどに心配させた?

 


「・・・・・・・・・・・・」

「ゴックス殿、確かにこれまでに起こった4つの事案には特に対応して来なかったのは事実だ。だが、人類社会が発達した分、ザビナオーレ様や大精霊などどうでも良いという具合に奢り始めたと思われても仕方ないと思わないか? それと、大精霊ドムスがザビナオーレ様から任されていた土地を離れざるを得ない状況にした罪は誰が贖うのだ? 新たな地に根付かざるを得なかった大精霊ドムスの力は大きく削がれた。その責は誰が贖うのだ? 庇護していた一族と離れ離れにされた大精霊ドムスが抱いた悲しみは誰が贖うのだ?」


 ジョージ様の悲し気とも言える声色で言われた言葉が耳に収まった時、初めて事の重大性を心の底から理解した。

 

「ああ、確かにザビナオーレ様御自身はこれまで通りに不問に付すだろう。ザビナオーレ様は人類を愛しているからな。だが、甘やかされてばかりの人間は碌な人物にならないのではないか? 口にはしないが、その事に思いが及んで、断腸の思いで俺を使者にしたと思わないか?」


 まずい・・・

 このままではまずい・・・

 言い知れぬ焦燥感が湧いて来た。


「俺は生まれたての神だが、これまで顕現した神と違って人間の機微が分かる。何もしなければ、人類のエゴは加速度的に肥大して行くと思うよ」


 今まで一度として浮かんだ事が無かった考えが頭をよぎる。



 人類が神々から見放される可能性など、誰が想像出来たのだ?




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