第29話 6日目ー3




「な、な、なにがおこった? なにをしたんだ?」



 驚きの余り、セリフがひらがなになってしまった三下級したっぱクラスの悪役に成り下がった邪罵じゃば(もうこの名で良いだろう)を問答無用でソファから浮かした。


 文字通り浮かべてやった。

 今、コイツの身体にはこの星の重力は作用していない。

 俺が遮断しているからだ。


 慣性の力まで完全に消す事も可能だが、そんな事をすればこの部屋を起点として大惨事の発生だ。


 生きていて絶対に感じる事の出来ない運動エネルギーが有る。自分自身が宇宙を移動している慣性の力だ。

 自転や恒星の周りを廻る公転の他にも、銀河内でも移動をしている。


 神の端くれの俺でも、銀河内の移動は無理でも、この星の重力や公転による運動エネルギーを打ち消す事は可能だ。

 打ち消した結果はどうなるか?

 秒速460㍍の自転速度を無視しても、公転速度の秒速30㌔(時速11万㌔超・マッハ換算88)の相対速度で動く、自重150㌔の物体の出来上がりだ。


 地表に被害を齎す様な隕石に比べれば、とても柔らかいし、自重もかなり軽いが、速度は地球で観測された隕石の最高速度の1.5倍になる。レールガンと比べても10倍以上の高速だ。

 時間帯によっては(自転の影響でベクトルが変動する為)、城は吹き飛び、クレーターくらいは余裕で出来るだろうな。


 ま、最近神になったばかりの俺が言うな、って話なんだが、神の力と言うのは人間が扱って良いものでは無いと思う。


 何故なら、直径200㍍の球形の神域内に存在する全ての物質の慣性の力を完全に『無』にすれば、この惑星に巨大クレーターを造るのも可能だという気がするからだ。


 下手すれば生命体が住めなくなりかねんな。



 この段階に至って、護衛の近衛騎士から驚きの声が上がった。

 異常事態が発生している事に呆然としていた彼らが、命力を使った自己の身体強化をしようとして不可能になっている事に気付いたからだ。


 出来る筈が無い。

 俺の神域内だぞ? そんなモノ、とっくに出来なくしているに決まっている。


 出来ないと言えば、もう1つもだ。


「何故だ、何故精霊が応えてくれない?」


 神域内に居る精霊には一時的に魔法の要請に応えない様に命令してある。

 まあ、精霊もそれどころでは無いんだが。

 平均存在期間が1000年を超える精霊たちにとっても初めての神域だ。

 もう、神域内のあらゆる所を大喜びで踊り飛び廻っている。


 下手すれば数万匹の精霊が小進化するかもしれんな。



「もう一度だけ言うぞ。ダーモン・ドランツ2等近衛騎士、今すぐ、この国の王に、このジョージ・ウチダが会いに行くと伝えろ」


 名指しされた近衛騎士は文字通り飛び上がった後で、ギクシャクとした足取りで執務室を出て行った。



 戻って来るまで暇だし、ぼーっと立っているのもなんだから座らさせて貰おう。

 宙に浮いていて、必死に手足を動かしている三下級したっぱクラスの悪役の邪罵じゃばを邪魔にならない場所まで動かす。


 今気付いたが、コイツはこの惑星の人類で初めて無重力を体験した人間じゃないか。

 何か記念品を上げようか? 何が良いかな?

 待っている間の暇つぶしに考えてみよう。


 最終的にファンタジーモノの定番のモンスター、オークをモチーフにして、宇宙服のヘルメットだけを被ったイラストをプレゼントする事にした。


 惜しむらくは画力が無さ過ぎて、未確認生命体にしか見えないワッペンが出来上がってしまった。

 その頃には暴れる気力も体力も無くなった邪罵(じゃば)は、おとなしくワッペンを胸に貼り付けさせてくれた。



 ダーモン・ドランツ2等近衛騎士が戻って来たのはその直後であった。





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