異世界スラム街の神様に草束を

mrtk

第1話 1日目ー1

 最初に襲って来た感覚は息苦しさだった。



 思いっきり息を吐き出したと同時に、鼓膜が破れるかという位に耳鳴りがした。

 荒い息を繰り返している内に耳鳴りが収まって来た。

 恐る恐る目を開けると、薄暗いせいで周囲の状況がはっきりとしなかった。


 よく見ようと目を凝らすと、明るく見える様になったが、相変わらず周りの状況がさっぱり分からない。


 目に入る光景はゴミが散乱した路地裏だ。

 何故か異国情緒という言葉が頭を過よぎる。

 次に襲って来たのは匂いだ。腐臭とすえた匂いとアンモニア臭と獣臭が混じっている。


 さっきまで、異様な空間で誰かと話していた気がするが、具体的には思い出せない。


 何が起きたのか、いや、何が起きているのかもさっぱり分からない。



「あの・・・ 大丈夫?」


 頭をはっきりさせようとこめかみを揉んでいると、心配そうな声色の子供の声が聞こえて来た。 


 途端に意識がはっきりした。


 声がした方に顔を向けると、そこには継ぎ接ぎだらけの鞄を抱えて、襤褸切ぼろきれを身に纏った、小学生の高学年くらいの男の子と幼い女の子がこっちを心配そうに見ていた。


 長い間、風呂にも入っていないのだろう。くすんだ色の金髪はべったりと頭に張り付いていて、顔は汚れと垢で元の肌色が分からない。


 だが、2人とも西洋人の顔立ちで、かなり整っている事は分かる。


 目の色は地球では有り得ない事に、まさしくきれいなゴールドなんだが、見慣れない筈なのに顔に似合っていて違和感が無い。


 ハンサムで有名な同姓のサッカー選手に似ていると言われて来た俺もそれなりに自信が有ったが、本物の西洋人顔には脱帽だ。



「ああ、心配ない。それよりも今すぐここを離れるぞ。怖い大人たちがやって来る」

「え!?」



 体内のエネルギー容量を確認すると、この世界の神様モドキに使える様に訓練してもらった3つの力の中の「魔力」が半分ほど溜まっていた。 

 「命力」は1割足らずか?

 「神力」は1%も溜まっていない。ほぼからと言える。


 今の状態では、安全策を採るしかない。


 異世界転生モノの小説でいう所の闇魔法で設置型の罠を20個ほど生み出して、どうあっても引っ掛かる様に配置する。


 現地人類と非友好的に接触した時のROEは非致死が最優先だから、死にはしないが行動に大きな阻害が掛かる魔法を仕込んでいる。 


 この世界では初めて使われる魔法だけに、喰らった人間は対処が難しいだろう。



「俺の名はジョージ・ウチダだ。2人はリカルド・ドムスラルドとフローラベス・ドムスラルドで合っているよな? 詳しくは後で説明するが、2人のお友達に頼まれて来たんだ」


 そう言って、左手を差し出す。


 ちょうど、そのタイミングで罠魔法に引っ掛かったのだろう。下品で粗野な罵声が聞こえた。


 その声に反応して、後ろを振り返った2人だったが、どうやらここに居ては悪い事が起こると理解したのだろう。素直に俺の手を握って来た。


 溜まるのにまだ時間が掛かりそうで貴重な「神力」を使って、空間転移を行う。

 転移先はこの城塞都市の外側だ。

 転移したと同時に更にもう一度転移する準備に入った。

 2度目の転移は転移先をしっかりと確認してからだ。


 無事に転移を終わらせた。現在位置は緩やかに曲がっている山の中の河原だ。


 のどかな夕暮れ前の光景が広がっている。近くに魔獣が居ない事は俺の気配察知とのどかな鳥の鳴声から明らかだ。


 まあ、それだけではなく、俺にしがみつく様にくっついていた二十数匹の変わった蝶モドキも飛び跳ねているんだが、見なかった事にする。


 連続で風景が変わるという出来事に、声も出せずに目を見開いていた兄妹が俺の顔を見上げた。



「すごい、すごーい! おじさん、あのカメの子としりあいなの!」

「ああ、2人の事を助けて欲しいと頼まれたんだ。さあ、今夜はここに泊まるぞ。晩ご飯を食べる前にお風呂にしようか?」

「え、おふろがあるの?」

「今から作るのさ」


 土砂魔法で河原の小石と土を材料に、高さ1.5㍍、一辺5㍍の正方形のごく薄い壁を造り出す。

 その中に俺のマンションの浴室を参考に浴槽を造って、液体魔法で42度の湯を注いだ。

 お湯が溜まるまでに「命力」を使って、2人の体調を整える。


 粗食が続いたのだろう。不衛生な生活と栄養失調から来る体調不良が見られた。

 もっとも体調不良の改善は簡単に出来る程度だった。


 そして1分もせずにお湯が溜まった。

 今の俺って、何気に現代のガス給湯器よりも高性能だな。


 魔法では石鹸もシャンプーもタオルも造り出せないので、またもや貴重な神力を使ってお風呂の3大神器を自分が使っていたそれらを参考に造り出す。


 本当に汚れていたら、なかなか泡立たないって何かで読んだが、本当だったんだな。

 なんとか頭と身体の汚れを落とし、お風呂に漬からせる。


 久しぶりのお風呂で2人ともご機嫌で笑顔だ。


 気体魔法を使って巨大なドライヤーモドキの温風を造り出し、2人の身体を乾かす。


 なんか、この辺りになると楽しそうにキャッキャと声を上げて笑い出したんで、思わずホッコリとしてしまった。


 俺をこの世界に引きずり込んだこの世界の神様モドキが俺に言った事は本当だったみたいだ。


 俺が思っていたよりも、俺の父性は多いみたいだ。


 




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