サブスト_十四とまちこ

 天野十四に心中の誓いをした翌日。誰にも話すことのできなかった弱音を吐き、己自身と向き合ったことで天使様という殻を破り、さなぎだった彼女は羽化して色鮮やかな蝶へと変貌をとげた、かと思った。


「おはようございますカレン様」

「なんかあれだね。メイド喫茶で働いている時の友人を見ている感覚」

「その妙にリアルな例えで私を見るのやめてもらえます?」


 登校中、コンビニで昼食を買っていたら偶然にも十四と鉢合わせした。

 相変わらず彼女は天使の輪っかを装着し、丁寧に丁寧を重ねた言葉遣いで天使様を演じていた。信者に監視でもされているのかと訊ねてみたらそういうわけではないそうだ。


「本来は御神体とされている私が天使の役目を務めますが、私も人間ですから限界はあります。すだれの奥で正座しながらずっと拘束されるわけにもいかないので、私が対応できないときは私の代わりとなる者が天使の役割を担っています」

「影武者みたいなもの?」

「そう捉えていただいてかまいません」

「だったらなおのこと十四の好きなようにしてもいいんじゃない。今まで頑張ってきたんだしさ、制服を着ているときくらいは天野十四で居てもいいじゃん。私なら監視がないと分かれば背負ってるものすべてドブに捨てて自由に過ごすけどね。監視されてもいないのに天使様を演じ続けるなんて、十四は律儀だねぇ」

「ふふっ」


 そう言うと彼女は上品に笑みを浮かべるだけだった。なんだか最初に出会ったころに戻ったみたいで寂しさに囚われる。


 それでも昨日、天野十四に出会い、天野十四の心情に耳を傾け、天野十四を田んぼに突き落とし、天野十四と裸の付き合いをし、天野十四と最悪な未来を楽しく語った時間はけっして無意味ではない。

 天野十四にとっても、私にとっても。


「どうやら私は、天野十四のことが気に入ってしまったみたいだ」

「はうぇっ!?」


 それを聞いた十四は驚きながら赤面している。天使様の仮面は脆くなってしまったようだ。


「あれだけいけ好かないと思っていたのに」

「それ何回言うんですか。ちょっとだけ傷つきます。もう蒸し返さなくていいですから」

「それでも今は好きだよ、十四のこと」


 ぶわっと再び赤面し、彼女は指を櫛代わりにして髪の毛をとかす。どんな顔をすればいいのか分からないようで、迷った挙げ句ぎこちないスマイルを見せる。


「えっと、それは、どうも?」

「どうもって」

「そ、そんなこと両親にだって言われたことないので、なんて返事をしたらいいか分からないです!」

「エロ同人だったら?」

「次ページで”オセッセ”が始まりますね。返事はお前の身体が教えてくれるってね。舞台は放課後の空き教室で、、なに言わすんですか!!!?」


 そして変化といえばもう一つある。それは十四が放課後や昼休みに天使の輪っかを外すようになったことだ。どうやら「オン」と「オフ」を使い分けることにしたらしい。天使の輪っかを装着しているときは天使様、逆に外しているときは天野十四としている。


 なんの説明もなく口調も態度も一変する十四に、クラスメイトはおろか教師ですら困惑していた。はたから見ている分には相当面白かったけども。


 そんな十四から授業間の小休憩中に、廊下に呼び出されてあることをお願いされた。昨日もお風呂入りながら口にしていたことだが、湖畔まちこに改めて謝罪をしたいそうだ。そのために私が昼休みに二人の間を取り持つこととなった。


「こちらは、天使の皮を被った天野十四です」

「悪意しか感じない自己紹介やめて。海外ホラー映画の悪魔役みたいな言い方しないで」


 お昼休みなので十四は天使の輪っかを外している。つまり天野十四サイドだ。まちこはポケーっと十四の頭の上を眺めている。


「天使の輪っかはどうされたんですか?」

「ときどき外すことにしたの。私が私で居るためにね」

「天使ではなくなった……つまり今の天野さんは悪魔?」

「極端な考え方だねまちこちゃん。天使ではなくなったから悪魔になるわけじゃないよ。それともカレンの人聞きの悪い自己紹介のせいかな? きっとそうだね」


 十四はまちこに微笑みながら私を睨みつけてくる。トリックアートのように私の方からは鬼の形相に見える。器用なやつめ。彼女は悪魔というよりも鬼である。


「それとも堕天したのですか?」

「んっ! あながち間違っていないけど、間違っていないけど」

「違う違う、そうじゃ、そうじゃない~♪」

「昨日から何なのそれ。つぎ雅之したら引っ張叩くよ」


 拳に息を吹きかけて威嚇する十四。だんだん容赦がなくなってきた。とりあえず二人の会話が終わるまで黙ることにした。

 

 それから私たちは場所を移動してカップルの園である中庭で昼食をとることにした。芝生の上にレジャーシートを敷き、ご飯を食べながら昨日の一連の出来事を簡単に話した。それから十四は話題を広げて実家のことや天使様でいること、天使の輪っかのことを説明した。


「――という経緯があってね、私は天使様でいるの。それよりも私はまちこちゃんに謝りたくてカレンに紹介してもらったんだ。昨日はごめんなさい。私のせいで痛い思いをさせてしまって」

「いいえ、そんな謝らないでください。ずっと光を見続けていた私にも非はありますし、こうして天野さんとお近づきになれたのですから、今なら昨日の痛みも良かったと思えます。それに、こういうきっかけで仲良くなれたらロマンチックですしね」

「な、なんて優しい子なのまちこちゃんは」


 気を遣っているのではなく心の底から純粋な気持ちを伝えるまちこに、十四は鼻息を荒くさせて両手をワキワキさせる。エロ同人誌に出てきそうなオジサンである。


「変態が幼女に襲いかかろうとする寸前みたいな動作をするなよ十四」

「はっ、つい! 可愛いものには目がなくて抱きついてしまいそうだった」

「まちこは萌えの危険因子だからね。これから先は長いんだから理性を保てよ」

「誰が萌えの危険因子ですか。私をなんだと思っているんですか」


 まちこは冷ややかな目で私たちを見ていた。それから「それと」とまちこは話を続ける。弁当箱に箸を置いてその場に立ち上がった。


「天野さん。私のことは名前ではなく苗字で、湖畔とお呼びください!」


 右拳を胸に当てて決めセリフみたいにそう言い放つ。さすがの私も絶句した。もしやこれから友達を作ろうとする際、全員にそれをやるつもりなのだろうか。十四はお弁当を置いて、まちこと対面するように体勢を変えた。


「まちこちゃん、そう呼んじゃダメかな?」

「あ、でも、『まちこ』って名前は、なんていいますか……」

「昭和チックだもんな」

「だからそれを言わないでくださいってばカレンさん!」


 チクリっと足に痛みが走る。痛みのもとへ目を向けると十四が指先で皮膚をつねっていた。邪魔をするな、と言いたいらしい。


「『まちこ』って語呂が優しくて、つい呼びたくなる素敵な名前だと私は思うけどな。まちこちゃんにぴったりな可愛い名前だと思う。それにまちこちゃんとお友達になってもっと仲良くなりたい。関係を深めていきたい。その第一歩として、まずは名前から呼びたいと思ったんだけど、まちこちゃんって呼んじゃだめかな?」

「くはぁー」


 まちこは袖で目元を隠しながら悲鳴に似た声をあげる。十四の背後からまちこにしか見えない後光が差しているみたいだ。これが天使様効果だろうか。私のときとはリアクションが大違いだ。


「す、好きに呼んでください、、」

「まちこが折れた!」


 こうしてまちこにも新しい友達が増え、私の生活も、数十年ぶりに騒がしくなりそうな予感がした。




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