サブスト_小さな科学者とランチタイム

「友達ってなんなのでしょうか」


 中庭のベンチにもたれかかるまちこは唇を尖らせて不機嫌そうに言う。私はその隣で紙パックのオレンジジュースを口に流し込む。


「正解のないものは嫌いです」

「科学者なのに?」

「科学者だからですよ」


 この中庭はα棟とβ棟の中間地点に位置する場所にある。中庭の中心地には本校のシンボルでもある大木が植えてある。数百年生きる桜の木である。四月の中旬でも桜の花びらは枝に残っていて見晴らしのよいこの場所で、私とまちこはランチをとっていた。


「さっきからどうして不機嫌なんだい? こんなに天気に恵まれて心地よいランチタイムだというのに」

「自分がどうしてこんなに不機嫌なのかよく分かりません。ただ目の前のアベックが「あ〜ん」したり頬ずりしたり身体を密着しているのを見ていると心がざわつきます」

「アベックはもう死んでいる」

「目の前で生きてますが?」

「死語と某アニメを掛けたんだけど、いや私が悪かったよまちこ。この話はやめておこう」


 昭和ネタを引き出すとまちこが激昂してせっかくのランチタイムが台無しになってしまう。友達(仮)だからって言っていいことと悪いことの線引きはできているつもりである。口を滑らせかけたが。それでもまちこが不機嫌であることには変わりない。それもこれも目の前のカップルたちのせいである。


「そんなに不快なら見なきゃいいのに」

「不快なんて言ってません。それにこの状況下で見ないでいるほうが難しいですよ。なんでこの中庭にはラブが充満しているんですか。胸焼けしそうです」


 中庭は誰でも利用できる共用スペースだが、実態は恋人たちの憩いの場とされている。境界線を越えず、かつ、一般生徒と接触しなければβ棟の生徒も利用できる。だから一般生徒は寄り付かない。檻のない場所で珍獣とは会いたくはないそうだ。


 だからこそこの中庭は一般生徒の目に触れたくない恋人たちの穴場となっていた。ベンチはすべて恋人たちで埋められている。地面にはレジャーシートを敷いてお弁当を食べている者もいる。私たちがいるのにお構いなし。『恋は盲目』とよく言うが珍獣と呼ばれる私たちの存在も見えないくらい、向かい側のベンチでいちゃらぶを見せつけられている。このままだとまちこの眉間がシワだらけになりそうなので、冒頭の話題に戻した。


「話を戻すけど友達の定義はたくさんあるよ。その尺度は人それぞれ」

「カレンさんにとって友達とはなんですか?」


 小首を傾げるまちこに、私は指を曲げて数をかぞえる。


「笑えることや悲しいことを共有できて、居心地の良さを~」

「言葉に影が見えました。目の前のアベック並みに不愉快です」

「まちこは鋭いなぁ~」


 私はコンビニ弁当の生姜焼きを口に運ぶ。まちこの膝の上には両手サイズの手作り弁当が置いてある。そのお弁当箱に手をつけず、箸を置いて私の顔をジッと見つめる。はぐらかしたつもりだったが答えを待っているようだ。


 友達とは何なのか考えたこともない。そもそも友達は居なかったわけで、それを言ったところでまちこは納得してくれない。私は仕方なく考えて、桜の花びらの散りざまを目で追いかけながらポロっと口に出す。


「命尽きる間際、走馬灯に映るヒト、かな」


 この無期限の命がいつ尽きるか分からないけれども。


「重たい女だと思ったでしょ?」

「いいえ、とてもカレンさんらしいです。その考え方はロマンを感じてステキだと思います」


 目の前のベンチに座るカップルは、肩を寄せ合い片耳ずつイヤホンをしてスマホをみている。手と手を重ねて笑いあっている。とても幸せそうに。それを羨ましく思ったのか、まちこの手が私の手を覆いかぶさる。


「私もいつかカレンさんの死ぬ間際に思い浮かべるヒトの一人になれたらうれしいです」

「まちこは素直になって可愛さが倍増したなあ。心臓が持たないよ~」


 コンビニ弁当を完食し、袋から小さなシュークリームを取りだした。5個入りのひと口シュークリーム。まちことシェアするために買ったのだ。


「そういえば私たちのクラスって個性的といいますか好きな事に一直線といいますか、そういう人が集められていますよね。ステラハートさんは棺桶持ってるし、ハリボテの天使の輪っかを頭に乗せている人もいますし。だからβ棟なんでしょうけど、カレンさんも何か好きなことや得意なことあったりするのですか?」

「なははっ、あんな変な奴らと一緒にしないでよ」

「今一瞬、悪寒がしました。変なこと口走らないでくださいよ」

「私は普通だよ。まちこみたいに小さくないし、まちこみたいな昭和チックな名前じゃないし、まちこみたいに」

「わたし馬鹿にされてませんか? むぐっ」


 よくしゃべる口にシュークリームを押し込んだ。まちこの口端からこぼれ落ちそうなクリームを親指で拭い、指についたクリームを咥えた。甘い。


「私はね才能に恵まれた天才じゃないし、これといって熱中するものもない。そもそもヒトという枠組みに入っているのかすら分からない」

「その自虐はカレンさんが思ってるよりも破壊力抜群なのでやめてください。まだ未熟な私にはカレンさんを励ますにも笑い変えるにも、それらを見繕う言葉をみつけることが出来ませんので」


 それを言われてしまったら私は「ん、分かった」以外に返す言葉がなかった。次回から気を付けよう。


「そうだなぁ、しいて言うならば……」

「言うならば?」

「普通の人よりもたくさん歩いている、かな」


普通の人よりもたくさん歩いて、たくさんの景色を見てきた。美しいものも汚らわしいものも。


「健康的ですね?」

「そうでしょ!」


 その後も予鈴が鳴るまでダラダラと実のない会話を続けた。緑茶とシュークリームの洋と和の組み合わせをお供に日向ぼっこをして過ごす。肩の温もりに安心を覚えながら。


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