20

夏休みが明けてから毎日一緒にお弁当を食べていた実子が、今日は弾むような足取りで教室を出て行った。

実子の代わりに私の隣に座った千里がご機嫌な様子で色々と話しかけてくるけれど、ほとんど右から左へ聞き流してしまうくらいには、実子がどこに行ったのか気になっている。


探したいけれど、お弁当が食べられるような場所、と考えてもすぐには思いつかなかった。

どこに行くのか聞いても答えてくれなかったことに苛立ちすら感じる。


突然肩をゆすられ驚いて横を向くと、口を尖らせて不満そうな千里と目が合った。

「ねぇ、聞いてる?」

聞いてないよ、なにも。どうでもいい。

「ん?ごめん、なんの話だっけ?」

「だーかーら、今日の放課後みんなでカラオケ行こって」

「あぁ、うん」

私の生返事にすら嬉しそうに口角を持ち上げる千里に、本当に私の本心など気にもしていないんだなと呆れた。


実子は、千里は私のことが好きだと言うけれど、千里が好きなのは“佐々木百合の親友”という肩書きだ。

実子が考えているような純粋な情ではなく、千里のそれはただの打算。

そんなことも分からずに、嫉妬するくせに素直にそれを私にぶつけられない実子が可愛いから、この事はまだ教えてあげない。


「五限は現代文かー。だるいからサボろっかなぁ」


何気なく耳に飛び込んできた誰かの台詞に、そうか保健室があったんだと閃いた。

一学期、実子は事あるごとに授業をさぼって保健室へ行っていた。

ということは、今日は養護教諭の村上先生に会いに行ったということになる。

落ち着け、それぐらいどうということはない。

自分に言い聞かせるように頭の中で呟く。

それと同時に、実子のことになると歯止めが効かなくなる自分を抑えられない。


結局私は保健室に実子がいるか確かめに行くことにした。





保健室の前まで来て、中から先生と実子の声が聞こえた。

何を話しているのかまでは聞き取れず、とにかく中に実子が居ることだけは分かる。

扉を開けてもよかったけれど、そこまでするのはなんとなく気が引けて私は踵を返した。

教室へ戻ろうとしたその時、保健室の中から実子と先生の笑い声が聞こえた。

久しぶりに聞く、実子の笑い声だった。


それで気付いてしまった。

もう随分、実子の笑顔を見ていない。その笑い声を聞いていない。

私だけが知っている顔も、声も、たくさんあるはずなのに。

実子が優しく笑う顔が好きで堪らなくなって、誰にも見せたくないと思ったから実子の笑顔を封じ込めたのに。

どうして誰にも見せないどころか、私だけが見れない顔になってるんだろう。



私は衝動的に保健室の扉を開けていた。

ガラガラッと大きな音がして扉を開けば、2人の笑い声がピタリと止んだ。

「あら、佐々木さん。珍しいね、どうかした?」

「ミコを迎えにきたのー」

村上先生の質問にそう答えて、入り口から椅子に座ってお弁当箱を持ったままの実子を見つめる。

「ここに居るって、よくわかったね…?」

不思議そうに私を見る実子の表情には、さっきまで声をあげて笑っていた余韻が残っていた。


「随分楽しそうだったね、ミコ」

私がそう言うだけで、実子の表情からはその余韻すら消えてしまった。




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