呪われた剣鬼と誠を背負う少女(やいば)たち~かつての仲間から命を狙われたオレが長年の眠りから目を覚ますと、仲間の子孫たちがめちゃくちゃ執着してきて困ってます(白目)~

龍威ユウ

序章

第0話①:開幕からピンチかも

 大通りを歩くその男は、深編笠をすっぽりとかぶっていた。

 大通りはわいわいと人々の活気によってとても賑わっていた。

 この光景は、男にとってはいつもとなんら変わらない光景である。

 今日も特に問題はなく、とても平和だ。男はそんなことを、ふと思う。


「あ、新撰組だ!」


 不意に誰かがそう口にした言葉に、男はちらりと横目をやった。

 小さな覗き穴の向こう、だんだら模様の羽織を纏う少女達が隊列を成して大通りを歩いている。

 その堂々とした様は勇ましくもあり、一輪の花のごとくとても可憐であった。

 人々は自然と道を譲り、同時に彼女らを畏怖と敬遠の眼差しをもって静かに見送った。

 男も、その内の一人として彼女らをジッと見やった。


「すいません、こんな男を見かけませんでしたか?」


 と、一人の少女が一枚の紙を懐から取り出した。


 そこに記されているのは、俗にいう人相書きである。

 逃走中の犯罪者を捕まえるために、各地に配布される。

 こうすることで逃走活動を一気に収縮させるのだ。


「やつめ……いったいどこにいるというのだ?」

「まぁまぁ、落ち着いて落ち着いて。我ら新撰組から逃げ切ることは絶対にできないんだから」

「それにしても、この人相書き……いったい誰が描いたんだ? 私達の中に絵心のある者がいたとは思えないが」

「あ、それソコカラで依頼したの」

「だからか。道理でアニメ調のデザインになっているわけだ……」


 会話はひどく平和的で、しかし少女らの身より発せられる気は凄烈である。

 さて、肝心の人相書きだがそこに描かれた人物はとても若々しい男だった。

 齢は20歳であり、朱殷色しゅあんいろの髪が印象的であるという。


(本格的に俺のことを探し始めたな……)


 と、男は思った。


 何故ならば、人相書きの人物とは今正にここいる男のことであったからに他ならない。

 元とはいえど、新撰組隊士が指名手配されるなどいったいなんの冗談だというのだろう。

 まるで笑える話ではないし、今この瞬間にも男は命の危機に晒されている。


「あの人相書きのやつ、確か元々新撰組にいやがったやつだよな?」


 と、野次馬の中からそのような声がふと、あがった。


「あぁ、なんでも【禍鬼まがつき】を使って国家転覆をはかろうとしたって話だろ?」

「マジかよ! そいつはとんでもない重罪人だな!」

「それな。見つけたらただじゃおかねぇ、あの人相書きを見てるだけでオレぁイライラして仕方がねーんだ」

「わかる~。なぁんで俺も、あんな犯罪者野郎なんかに店の物売ってたのか不思議で仕方がねぇわ」

「…………」


 次々とあがる男に対する言葉は、お世辞にも穏やかなものではなかった。

 罵詈雑言はやがて殺意へと変わり、さっきまであったはずの穏やかさはもうどこにもない。


(まだ、ここには戻ってくるべきではなかったな……)


 と、男はこっそりと殺伐と化したその場から退散した。


 町から遠く離れたそこは、なにもない平原だった。

 広大すぎるという点すらも除けば、特にこれといってなんの変哲もない。

 どこにでもありそうな景色が視界いっぱいに広がる中で、男は深い溜息を吐いた。


「くそ……半年ぐらい離れてたいたが、やっぱり駄目だったか」


 男は、ある呪いをかけられていた。

 その呪いというのが、対象の好感度が反転するというものである。

 要するに、これまで抱いていた好意が殺意へと変わるというものだ。

 非常に厄介にして、精神を著しく疲弊させるこの呪いに男は蝕まれている。


「くそっ、術者はもうとっくにこの世にいないっていうのに……厄介なモンを残していってくれたもんだ、まったく」


 一年間、第二の故郷とも言うべき場所から離れていた。

 名残惜しさや寂しさは多少あったものの、見方を変えればある種の気分転換ともなった。

 世界は、とてつもなく広い。一か所に留まるのももちろん、それも一つの人生だろう。

 だが男はその性分から、一つの場所に留まることをあまりよしとしなかった。


『ちょうどいい。長い休暇だと思って、しばらくの間のんびりと旅でもするか……』


 と、こうして男は一年間ずっと旅に出ていた次第である。


「一年だけじゃ足りなかったか……」


 いつになれば、この呪いは解けるのだろうか。

 男は真剣な面持ちをして、うんうんとうなった。

 とはいえ、いくらうなろうともそれで事態に進展があるのならば誰も苦労はしない。

 とにもかくにも、ほとぼりが冷めるのは当面先の話らしい。男はそう思った。


「どうするかなぁ……」

「――、久しぶりねぇ」


 音も気配もなく、一人の女性がひろりと現れた。

 質素な着物に身を包んでこそいるものの、編み笠の下には美しい顔が隠されている。

 絵に描いたような端正なその面立ちだが、今はどこか悲し気な感情を示してもいた。


「お久しぶりですね。でも、いいんですか? 神ともあろうあなたがこんな場所にいて」

「平気平気ぃ、みんなにはバレてないからぁ」

「そうですか」


 と、男はふっと頬を緩めた。


「それよりもぉ、ざっと一年ぶりってところかしらぁ」

「えぇ、それぐらいになりますね」

「……いうまでもないとは思うけどぉ」

「さっき目の当たりにしてきたばかりですよ。皆まで言わなくてもわかります」


 男の溜息に、女性は難色を示した。


「意外としつこい呪いねぇ。まるでお風呂場のドアパッキンのところにつくカビみたいだわぁ」

「……すいません。その例えはよくわからないです」

「わたくしもいろいろと探してはいるんだけどぉ。う~ん……」


 カミ・・の力をもってしても、未だ進展がないらしい。


「……一つだけ可能性があるといえばあるんだけどぉ」


 もはや打つ手なし、と思っていたところにこれは朗報であった。

 いかなる手段であるかは、男は知る由もない。

 だが、ほんの少しでも可能性があるのであれば試す他あるまい。

 男は食いつくような目で、女性をジッと見やった。


「……どんな方法なんだ?」

「それはねぇ」


 女性の右手には、いつの間にか一振りの短刀が握られていた。

 陽光をたっぷりと浴びて美しくも、妖艶に輝く。


「これしかもう方法がないかなぁって思うのぉ」


 と、女性はにこりと笑った。


 その笑みはとても美しい。男性ならば誰しもが彼女に釘付けとなろう。

 もっとも、鋭利な切先を向けられては素直に見惚れることもできないが。


「お、おいなんのつもりだ……!?」


 男の顔からは、どんどん血の気が引いて青くなっていく。


「簡単な話よぉ……ここで死んでちょうだい、ねぇ?」


 女性の言霊に、嘘偽りの感情は一切ない。

 程なくして、男の身体に小さな衝撃が走った。


(まさか……こいつもなっていたのか……?)


 男の身体がぐらり、と大きく崩れる。

 心臓を一刺しで穿たれた。急所を攻撃されては、どれだけ強靭であろうとも死からは逃れられない


「……おやすみなさい」

「く……そ……」


 薄れゆく意識の中で、男が最後に目にしたものはどこか悲し気な笑みだった。


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