闇夜を歩く。《フォビドゥンサンクチュアリ》

竜翔

第1話 闇 刃を立てる

人間は闇夜を恐れる。それは潜在的な恐怖から生じるものかそれとも別の要因から触発したものかは定かではない。


だが事実闇夜には恐怖が柳のように立っている


ゆらり、ゆらり、火の灯ったろうそくが風に躍る


さらり、さらり、去り行く風に光が攫われていく


恐怖とは無形むけいであり無稽むけいである


畏怖とは無形むぎょうであり無常むじょうである


異形とは奇怪であり滑稽である


だからこそそれに刃を立てなければならない。その隠れ潜む隠形を絶つ刃を


現世に現す影が鏡ならば、俺はそれを切り裂くヤイバでいい…。


仮面に覗くその先は、怪物を怪物をもって屠るどくでなければならない



詩編 109


『呪いを衣として身に纏うがよい

呪いが水のように彼のはらわた

油のように骨に染み渡るように

呪いが彼の纏う衣となり

彼を締める帯となるように』



ベイルは呪いである

呪いであり鎧である

内臓と骨髄を冒しながらも

ヒトならざるモノとなろうとも

首のスカーフは正義の証となるだろう


****************


風が、冷たい。闇夜を駆けるライダーが独り

闇夜を裂くように自身の影から逃げるように疾走する


胸が、痛い…


引き裂かれたような胸の傷跡は手術痕であり何かを移植された痛みを背負いながら


逃げていた。俺はどこかの施設から脱走していた


俺は誰か分からない。記憶がなくなっている。一時的な障害だと良いがと己を安堵させる言い訳を考えながら


『――寄生植物 ベイル投入。―――拒絶反応なし。―――適正100。閾値いきち変化なし これ以上ない被検体です―――――』


不愉快なノイズが脳を軋ませていた


あいつらは何を言っている?あれは本当に同じ人間なのか?


例え記憶がないにしても常識というものが消えていても

あれが異常でありヒトのカタチをした何かに違いないという確信は持てる


アクセルとは別の左手で胸に手を当てる


ここに何かを埋め込まれていて。なんらかの異常があって記憶がなくなって

気が付けばバイクを走らせて逃げていた。というのが現状だ


ただひたすら走らせた。どこへ?

ただひたすら逃げていた。どこへ?

ただひたすらに問い続けた。俺は、誰だ?


闇夜が消えていく。朝日が闇を切り裂いている

闇の衣は薄暮へ変わり、朝焼けが全身を駆け巡ると同時に

温もりとめまいに眩む。抑えていた恐怖心が弛緩し眠気を誘い


「――――――――――――――」


どこかの町。どこかの人のいる場所へ意識が飛んだ


***********


「えー、君は飲酒運転か何かしたのかい?酒気アルコールは確認できなかったし居眠り運転か何かかな?ともかく夜遊びは感心しないなぁ」


目が覚めるとどこかの病院のベッドに搬送されて今は警察の事情聴衆を受けている

初老の警察官はマニュアル通りの仕事をこなし見下した態度で質問していた


「いえ、記憶がはっきりしないんです。俺は誰なんですか?」


身分を証明するものは何もない。裸一貫無一文でバイクを走らせて記憶にあることのあらましをかいつまんで説明した。何かを手術で施されたことは伏せておいた。

病院で身体共に異常はないと判断された時は戦慄した。何も異常がないわけがない

それ自体が異常なのである。記憶喪失もあってか胸の痕は昔の古傷と思われ俺も反論は出来なかった


ともあれ心身ともに異常がないのは疑うが現状俺が頭を悩ませるべきはこの警察官をどう説き伏せるか今後の衣食住についてだろう。


「しっかし、記憶喪失ねえ。ホントかね?ただ無免許で走らせたかっただけじゃないの?拉致されたとかも疑わしいし」


「信じてもらえなくて構いません。俺は本当のことを言い続けるだけです…」


その神妙な態度で信じてくれたのか警察官はお手上げといった様子で


「はぁ…嘘を言っているようにも見えないし。わかった

君の処分はとりあえず自宅謹慎だ。学校にもそう伝えておくよ」


「?」


「君の名前はね 神楽かぐら 啓二けいじ

両親ともに連絡は着いたし免許も不携帯ながら持っている

君の処置は今後とも問題にならないよう自宅で頭を冷やす事だ

わかったかね?あと盗んだバイクはこっちで処理させてもらうよ」


「…わかりました」


なるほど、疑うはずだ。記憶喪失は嘘で夜遊びの言い訳で俺がこんなことを言っている様にしか聞こえないわけだ。まともに取り合ってくれるはずがない

自宅が近くにあり俺の身分は学生らしい。この町も生まれ故郷でそこをがむしゃらに運転していたわけだ。聞いているだけで間抜けな話にしか聞こえない

だが俺の体験したことは事実だと胸がうずく。この町のどこかで拉致されて俺は逃げ出した。つまりここには何かがあるという事だ


*********


「やっこさん。嘘を吐いてねえな。あの少年がいたと思しき周辺を調べさせろ」


「はい?あんなの苦し紛れのいいわけでしょ?あの年によくあるはしゃぎがちな時期ですよ」


「だと良いがな。にしても…こいつはなんだい?」


「なんでしょうね?盗難に遭った人のバイクでしょうが当該人物がヒットしません」


「このご時世盗まれた用に盗難チップが埋め込まれているってのにこいつにはまったくない。そして調べりゃ調べるほどおかしなシロモンだ」


初老の警官にその部下が話している奥に例の少年が乗っていたバイクが鎮座していた


あの少年が盗んだバイクで免許不携帯での運転。それはまだいい


問題はこのバイクがどこの車種とも照合しないシロモノだという事だ


改造バイクということは調べでついているが中身を見てみれば見たことのない機材が詰め込まれそこから生み出される時速は350キロというモンスターマシンときた。どこの物好きが作ったかは知らないがたまたまそんなバイクを盗んだとも考えられないし何よりも


『350キロの突風とGを生身で受けてなお無事であるという事実』


それも17の高校生。自称記憶喪失の子供が乗るにしてはじゃじゃ馬が過ぎる


誘拐事件は珍しい事ではない。だがそれ故に見落としている事件もまた存在する


この町並木沢なみきざわでも少ないケースであるが行方不明事件が起きている


小人数で発見されることが多く取り上げるに至らない事件ではあるが


ぽりぽりと頭を掻いて悩まし気にたばこを一服吸いため息を吐くように煙を吹かせる


「一体、何が起こってんだかねぇ」

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