死にたくないから、早く死にたい

凛太朗

退屈な日々が嫌い

 僕はとあるド田舎で生まれ育ちました。

 周りには畑や田んぼばかりで、コンビニもかなり遠いというような田舎町です。


 よく都会の人たちは田舎を好むような意見を目にすることがあるのですが、まさに、ないものねだりで、小学生の頃の僕は都会に憧れており田舎を嫌っていました。

 大人になった現在の僕は、当時のような田舎に対する毛嫌いはありませんが、それでも田舎と都会を選べと言われれば、迷わず都会と言うでしょう。

 それほどに幼少期を過ごしてきた田舎に対する退屈感は苦痛だったのです。


 僕は退屈が嫌いです。暇が嫌いです。

 時間の流れがのっそりと遅いように感じてしまい、時間が勿体ないと考えてしまうのです。子供の頃の僕に「時間が勿体ない」という感覚はありませんでしたが、それでも暇で、退屈な日々は、ただただ苦しいだけという記憶は残っています。


 それが顕著に現れるのが、夏休みでした。

 普段は小学校で授業を受けて、友達と遊び、あっという間の時間を過ごしていたのですが、夏休みになるとそんな日常が一変します。

 僕の家庭は三人家族で、父と母と僕の三人です。そして父も母も仕事をしており、共働きの状態でした。そんな共働きだった両親の代わりに、僕の面倒を見てくれた人が、父方の祖父でした。

 祖父の家は実家から近く、普段から両親が帰って来るまでの間、ずっと祖父の家で過ごしていたのです。

 その為、夏休みになると両親は仕事に出掛けて、僕は祖父の家へ向かい、祖父と二人で過ごすのが当たり前でした。

 ですが祖父もかなり歳で、体を動かすのも一苦労な状態でしたから、基本的には一人でずっと過ごしていたのです。


 当時の夏休みの過ごし方は様々です。

 一番多くしていたのが、虫取りです。田舎で畑や竹藪などすぐ近くにある環境でしたので、祖父の畑や庭でよく虫取りをしていました。

 田舎っぽい遊び方ですね。

 というか、やることがそれしかなかったのです。


 僕の家庭は比較的貧乏な家庭で、周りの同級生はDSとかWiiを持っていた頃、僕にはそんなゲーム機はありませんでした。

 なので、自然と遊ぶしかなかったのです。

 これは小学校中学年くらいまでのことですが、当時は虫博士になるという夢を持っていたことも、よく覚えています。

 それくらい虫ばかり取っては育ててみたり、観察をしたりしていたのです。


 ですが、誰でも飽きというものがあります。

 いくら虫が好きでも、それを夏休み中ずっとするなんてことはありません。

 そこで僕の大嫌いな退屈な時間が訪れるのです。別に勉強もそこまで好きではありませんでしたから、宿題も適当に済ませ、余る時間をどう過ごすか。そこが子供の僕にとっては難題でした。

 今になって思えば「あれをしておけばよかった」なんて考えが出てくるのですが、当時の僕には答えは出てきませんでした。


 子供なので、仕方ないと言えばそこまでですが、それでももう少し当時の僕には足掻いて欲しかった……。


 祖父と他愛のない会話をしたり、テレビで放送していた祖父の好きな時代劇を見たり、いろんなことをして時間を潰す期間が、小学校中学年までの夏休みだったのです。


 子供の時から、退屈が嫌いな僕だったからなのか、現在でも暇や退屈が嫌いなのは変わりません。

 僕は退屈な日々が嫌いです。

 ただ過ぎていくだけの毎日が嫌いです。


 だからこそ、創作という生き甲斐に出会えたことは、本当に運命だと思っています。ドキドキやワクワク、高揚感が止まない、創作の世界に足を踏み入れて、退屈な日々から時間が足りない日々に変わりました。

 あの退屈な時間があったからこその、時間に対する飢え。きっとあの頃の退屈にも意味があったのでしょう。そう思えば、いくらか僕も報われると思っています。

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