第二話 鉱山の劣悪なりし労働環境

 鉱山を訪ねる前に、当然ながら閣下は内偵を終えられていた。

 ゲーザンさんの死を受けてから準備したのでは間に合うわけがないので、もっと以前から調査を進めていたのだろう。

 また、いまだ密偵が労働者に紛れ込んでいるとも言う。


 ミズニーさんはそれを知ってか知らずか、宿舎などの施設を丁寧に案内してくれた。

 もっとも、他意があってもなくても対応はさして変わらなかったとも思う。

 統治者と現場監督では、奮える強権が違いすぎるのだから。


「どうですか。こちら監督官用の宿泊棟となっておりまして、労働者どもとは違い冷暖房を完備、雨漏り一つない完璧な造りとなっておりまして」


 では、労働者の宿舎はといえば、とてもではないが長期間住めるような場所ではない。

 100人以上の労働従事者がいるはずだが、建物は明らかにその人員を収容出来るほど大きくなく、かろうじて雨風がしのげるかという程度の安普請。

 ベッド、机、椅子といった家具も見受けられない状況で。

 加えて事前の調査によれば食生活も劣悪。日々の糧は種なしパンと野菜屑のスープ、たまに干し魚が一切れ出る程度だという。


「……私は恵まれていますね」

「その言葉が出てくることに、お嬢様の世間ズレを感じるばかり。カレン、驚愕」


 実家での座敷牢暮らしを思い出して独白すれば、隣のメイドが茶々を入れてくる。

 読書が許可されていたのだから、我が家は充分に文化的だったはずだ。


 さて、続いて訪れた現場――山の坑道では、目に光のない人々を多く見ることになった。

 みな全身が黒く汚れており、制服は擦り切れ、身体はやつれている。


「当鉱山独自のシステムとしまして、ゴーレムとアンデッドの二重利用を行っております!」


 自慢げに胸を張ってミズニーさんが指し示す先、そこには二つの異形があった。

 一つは土人形ゴーレム

 全身が泥と岩で構成されたゴーレムは、持ち前の巨体と力を活かして、どんどん岩盤を掘り進めていく。

 思ったよりも機敏であり、足回りも軽い。


 もうひとつの異形は、歩く死者アンデッド

 特殊な魔術で使役されている物言わぬ死体が、砕掘によって出た成果物を黙々と後方へと運び出す。


 人員はこの二つのサポートが主な仕事らしいが、それでも重労働だろう。

 また、内偵によってこのアンデッドにはとある嫌疑――法律違反の疑いがかけられている。


 しかし、ゴーレムもアンデッドも、直接見るのは初めてだ。

 もっと間近で観察しようと知らず一歩を踏み出したとき。

 突然閣下が、私の身体を包むように抱きしめてきた。


「なっ」


 驚きと羞恥を発露するよりも速く、耳をつんざく地響きが鳴り響く。

 周囲が騒然となり、間を置かず土煙が吹き付けた。


「落石だ!」


 誰かの警告。

 ミズニーさんが、即座に状況確認の言葉を投げる。


「ええい、何があった! 報告しろ」


 結論から言えば、事故が起きたのだ。

 炭鉱夫数名とゴーレム一体が傷を負ったとは、モーガンさんが集めてきた情報だ。

 事実、半壊状態のゴーレムが砕掘の最前線からこちらまで運び出されてきた。

 ネズミ顔の監督官が、顔色を変える。


「ゴーレム技師をすぐに呼べ! 視察の最中に不祥事なんて……許されない!」


 わめくばかりで事態の収拾もおぼつかない彼。

 閣下はその様子を観察し、見切りを付けたように瞳の冷ややかさを強める。

 そうしている内に、ゴーレム技師が二名やってきた。


「ローエン、アゼルジャン! さっさと修理しろ、お前達の責任問題だぞ!」


 怒りにまかせたミズニーさんの叱責しっせきを受けて、技師達は半壊したゴーレムへと取り付く。

 だが、すぐに彼らは顔をしかめることになった。


「こりゃあダメっすね、監督官の旦那」


 短髪の男性、ローエンと呼ばれたほうが両手をあげる。


躯体からだを構築する泥がほとんどなくなっちまってる。今の設備じゃおぎないようがないっすよ」

「それをナントカするのが貴様らの仕事でしょうがっ」


 真っ赤な顔で怒鳴るネズミ顔。

 けれど、アゼルジャン――学者然としたメガネの技師も反対意見を口にした。


「死者が横たわった土がなければ、ゴーレムの修復は出来ませんよ。そもそもは長い時間をかけて魔力を吸収した墳墓ふんぼの土で作るのがゴーレム。ただでさえ壊れるペースが速いので、死体が寝そべった下の土で今日まで間に合わせてきましたが……あと一度が限界でしょうね」

「だから、それをやれと言って」

「横たわる死者すらいないでしょう、うちには?」


 アゼルジャンさんが、複雑そうな眼差しをローブの人物へと向ける。

 モーガンさんは、死霊魔術師。

 なるほど、どうやら事前調査の内容は事実であったらしい。


 ……この鉱山では、事故で死んだ人間を死霊魔術で非合法に操り、失われた労働力の代わりにしている。

 だから、採掘基地の近辺には墓がない。

 そんな報告があったと、私は閣下から聞かされていた。

 或いは墓も死体もあったが、全部使ってしまったのか。


「……あの」


 不意に湧き上がった疑問。

 私は思わず、技師の二人に問いをかけてしまっていた。


「テイマーが使役するモンスターとゴーレム、労働力として何が違うのですか?」


 同じならば、その辺の魔物を捕まえてきて働かせる方が手っ取り早いはずだ。補給をどうこうと論じる必要もなくなるだろう。

 そんな安直な疑問を受けて、二人は顔を見合わせた。

 どう答えたものかと思案する彼らに、「さっさと解説して差し上げろ!」とミズニーさんが急かす。


「簡単っすよ」


 答えてくれたのは短髪の技師――ローエンさんだった。


「テイムされたモンスターは、主人の命令を逐一受けて行動するっす。でもゴーレムは、一度与えられた命令を忠実に繰り返すっすよ」


 つまり?


「ゴーレムの額に紋章が刻まれてるのが解るっすか? ここに指示式が刻まれていて、無くなればゴーレムは土塊つちくれに戻るっす。それまでは、どんな過酷な状況でも命令を遂行するんす。モンスターはあんまり過負荷をかけると逃げちまうか死んじまうんで……」


 なるほど、絶対に主人を裏切らない土人形か。


「はいっす。もっとも、そのぶん各所に無理が出て、壊れるときは盛大に壊れるんすが。さて、監督官の旦那。俺とアゼルはゴーレムを治せないかなんとか試してみるっす。というわけで、失礼するっすよー!」


 ミズニーさんが反論するよりも速く頭を下げた彼らは、適当な人員を見繕い、ゴーレムと一緒に退出していった。

 ネズミ顔の監督官さんは額を押さえ、それからハッと気が付いたようになり、こちらの様子を窺う。


「これは、大変お見苦しいところを……!」

「よい」

「ですが、不手際ですので。ええと……そう! 今宵は歓迎の席を準備しておりまして、ささやかながらこの地の名産品などをご笑味いただければ……」


 言いながら、彼は閣下の懐に何かを入れようとする。

 賄賂わいろか、それに類する物。

 しかし閣下は颯爽と身を翻し、


「見るべきものは他にもある。次へ案内しろ」


 と、にべもなく歩き出すのだった。

 冷酷無慈悲な辺境伯?

 潔癖の間違いでは? なんて、私とカレンは小声で笑い合うのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る