第28話 Lv.1と新たな仲間

「……結構上手くいくもんだね」


 配信終了後、tweeterを眺めていたエリィが関心の声を上げる。

 嵐のようなアンチブロック祭りを終え、てっきり賛否両論かと思いきや……意外にも好評な意見が多く、あっという間にトレンド1位へとなっていた。


「特に個人配信者からの反響がすごいや。みんな悩んでたんだね、やっぱり」

「まあ……個人勢ができる対抗手段って、今まで黙ってブロックするもんですからね」


 と同じく個人勢で活動してたユウキが苦笑する。


「――というか、敬語! 私たちもう仲間なんだから、敬語禁止だよユウキ!」

「うっ……わかったよ、エリィさん……」

「敬称も禁止!」

「壱郎さんも敬称つけてるじゃないか!?」

「あっちもいずれ敬称外させるから!」


 一方。色んな意味で話題となっている壱郎は誰かと電話していた。


「助かった、ありがとう百合葉」

『……別に。これくらいでお礼なんていらないし』


 電話している相手は――妹の百合葉。壱郎が感謝するものの、ぶっきらぼうに答える。


 そう……今の配信の裏で動いていたのは百合葉。過激なコメントをするアカウントをピックアップし、彼に送っていたのだ。


「でも本当に助かったよ。これでアンチは減る」

『甘いよ、お兄。相手が複垢を使わないわけがない』

「複垢……なんだそれ?」

『複数アカウントの略。複垢ならブロックされてないし、コメント表示されるんだから』

「あぁ……その辺は大丈夫だと思う」


 壱郎は堂々とブロック宣言をした。今後荒れるようなコメントが来ても、サイレントでブロックすればいい。

 自分は許されているのか、それともブロックされているのか……ブロックされた本人にはブロック通知が来ないため、疑心暗鬼に陥るだろう。

 そうなればまた別のアカウントを作って、また疑心暗鬼になって……の繰り返し。次第に荒らす気力もなくなってくるはずだ。


「結局何度アカウント作ろうが無視するのみ。リスナーも相手にしない……そうやって自然消滅すると思うよ」

『……そっか』


 壱郎の考えに百合葉は納得するものの、『でも』と続ける。


『念には念を入れないとね』

「念?」

『うん。さっきブロックした人たちのtweeterアカウント全部特定した。その中で住所特定したのが4人……あ、今5人になった』

「おい百合葉? お兄ちゃん、そこまでやれとは言ってないよぉ?」


 とんでもない発言に壱郎がギョッとするが、百合葉が止まる気配はない。


『いや、全員特定するから。ついでに複垢らしき可能性があるのも洗いざらい。これくらいのことをしないと、こういう奴らは別のところで繰り返すんだから。これは仕方ないことなんだよ』

「……本音は?」

『私のお兄に暴言を吐いた。絶対許さない。電子の海底に沈めてやる』

「…………」


 いつになくやる気があるなと感じていた壱郎だが、声の感じから底知れない怒りが籠もっていることに気が付いた。


『というわけで、私今忙しいから。お兄は二人と今後の活動方針について話してな』

「あ、エリィさんが是非お礼が言いたいって――」

『それは後で……よし、6人目。それじゃ』


 と最後に怖すぎるカウントを残しながら、百合葉が電話を切った。


 敵に回すと最も恐ろしいのは百合葉なのかもしれない――と我が妹ながら畏怖してしまう壱郎である。


「ね、ね、壱郎くんっ」


 と。

 電話が終わったのを見たエリィが、満面の笑みを浮かべながら彼の元へ近づいてきた。


「ほら見てっ、みんな壱郎くんをべた褒めしてるよっ。『壱郎ニキは個人勢のヒーローだ』って!」

「ヒーロー……ねぇ」


 エリィの言う通り、SNSには壱郎への感謝の言葉を綴ったメッセージが流れてきている。


 そのコメントを一つ一つ読みながら……彼はポツリと呟いた。


「うーん……俺、ヒーローにはなりたくないなぁ」

「え?」


 意外過ぎる言葉にエリィは目を丸くする。


「だってヒーローってのはさ、常に正しいことをしてなくちゃいけないだろ?」

「それは……まあ」

「そんなの息苦しいだけじゃないか。誰かに監視されてるみたいで、もし何かあればすぐバッシング受けちゃうし」

「…………」


 確かに壱郎の言う通りだ。

 皆が求めているヒーロー像とは、完全な善の存在。別に何かしでかそうだなんて考えてないが……何かあれば少しでも批判されるだろう。

 抱いていた希望に黒点が見つかった時点で……みんなは裏切られた気分になるだろう。


「別にヒーローって存在を否定してるわけじゃないよ。でも、俺には荷が重すぎるかな」


 そう言い、壱郎はエリィの顔を見る。


「エリィさんはヒーローを信じる派?」

「……私は」


 彼に問われ、エリィは考える。

 今までヒーローなど存在しないと思っていた。


 だが今は……その気持ちが揺らぎつつある。

 目の前にいる男と出会ったことによって。


「私は……わからない」

「……そっか」


 迷いつつある彼女に壱郎はふっと微笑む。


「答えがわかったら、教えてくれ」

「……ん」


 エリィは短く返事をすると――ハッとして後ろを振り返る。

 見ると、妙な笑みを浮かべているユウキがそこにはいた。


「ん、んんっ……ごめんごめんっ。改めて――ようこそ! これからよろしくね!」

「よろしくな、俺は土日限定だが」


 軽く咳払いをして気を取り直すエリィに続き、壱郎も挨拶。


「うん、こちらこそ――の前に、一つ確認したいことが」

「?」


 と、ユウキは一本指を伸ばす。


「僕を仲間に誘ってくれたのは感謝してるんだけど……正直に答えて欲しい。その理由の中に、僕が壱郎くんの秘密を知ったっていうのも含まれてるんじゃないかな?」

「いや、そんなことは――」

「そうだよ」

「えっ、そうだったの? 初耳」


 あっさりと頷くエリィに壱郎がきょとんとしてしまう。

 どんな理由であれ、壱郎の正体を見せてしまった。ならばいっそ仲間に入れた方がいいのではないか――という考えがエリィにはあったのだ。


「……ごめん、怒ってる?」


 おずおずと訊いてみるエリィだが、ユウキは「まさか」と笑いかける。


「全然。でも、そういうことなら、僕の秘密も言っとかないとなって思ってさ」

「「……秘密?」」

「うん……まあ、壱郎くんに比べたら大したことじゃないんだけどね」


 首を捻る二人に、彼は頷く。




「僕は、女だ」

「「……………………」」


 一瞬。

 時が止まったかのように静寂が訪れた。


「じゃあお互いの秘密を共有したということで――」

「「ちょいちょいちょーいっ!」」


 さらりと終わらせようとするユウキに、未だ整理できてない壱郎とエリィがツッコミを入れた。


「ちょっと、失礼!」

「へっ――」


 その中でもエリィは行動が早かった。

 即座に彼へ詰め寄ると、シャツに手を掛ける。


「ちょ、えっ、何して!?」

「いいから、大人しくして! 今から確認するから!」

「そんなことしなくてもいいんじゃないかな!?」

「うっさい! とっとと脱げぇっ!」

「ひぃっ、待って――あぁっ!」


 ――そういうのは俺に一声かけてからやってくれないかなぁ……。


 エリィが大胆過ぎる行動を始め、壱郎はくるりと背を向けて部屋からそっと出ていく。

 ドタバタと音が聞こえ……数分後。扉の向こうから「壱郎くん、いいよ」というエリィの声が聞こえてくる。


 部屋に入ると、ソファーで平然と座っているエリィと隣で顔を真っ赤にしているユウキがいた。


「うん、ユウキは女だったよ」

「……いや」

「うん、嘘はついてない。大丈夫」


 ――当の本人が大丈夫じゃなさそうなんだけど。


 まるでリンゴのように赤くなってるユウキを見て、壱郎は少し心配になった。


 確かに顔立ちが整っている童顔だとは思っていたが……まさか女だとは思いもしなかった。そういえば、彼はいつも首元を隠すような服装をしていたこということに、今更ながら気が付く。


「で、でも、このことは内緒だからっ。これからも男として扱って欲しいなっ」


 とやや動揺しながらも、ユウキは手を差し出す。


「だから――これからよろしくね、二人ともっ」


 ――大丈夫かなぁ?


 お互い異なる秘密を抱えた三人。

 また新たな波紋が呼びそうな予感に、壱郎は先行きが若干不安になりつつあった。


――――――


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