第26話 Lv.1はアンチにざまぁする
「これでOK……っと」
カメラとノートパソコンを拠点のリビングに設置したエリィが準備OKの合図を出す。
「いよいよだね、壱郎くん」
「そうだな」
「いい? どんな辛辣なコメントが来ても、取り乱しちゃダメだからね? 私たちを怒らせることがアンチの目的なんだから」
「わかってる……なんなら、もう既に来てるし」
「……ファンもアンチも待機中、ってことか」
同接数2万人。まだ配信前だというのに、コメントはかなりの速度で流れている。
今回の配信はダンジョンではなく、拠点で行う。配信タイトルは『ふじみ野ダンジョンの振り返り』。
「コメントは低速モード、スパチャはオフ……よし、頑張ろう」
「あぁ、心得た」
二人は軽くハイタッチし……配信開始のボタンを押した。
「時刻は午後5時――はい、集合。エリィさんが配信する時間だ」
:待ってたぞ
:配信の時間だあああああ!
:は?
:山田がタイトルコール!?
:は?
:死ね
:山田ぁ!
:人殺し
:元気そうでなにより
:よく出てこれたな
:失せろよks
:お前が死ねばよかったのに
――おー……これが炎上かぁ。
配信が始まると同時にコメント欄が爆速で流れ始める。
以前にも見た光景。明らかに違うのは、暴言コメで荒れていることだろう。
配信前からコメント欄が荒れてるのはわかっていたのだが、こうしてコメントが流れることによって改めて炎上してることを実感する。
――うーん、なんというか……。
:きも
:死ね
:詫びろ
:きも
:きもいんだよ
:人殺したクセによく生きてられるね^^
無限に流れてくる暴言コメントを眺めつつ……彼が思ったことは。
――案外大したことないな。
これくらいの罵倒、『永遠のLv.1』と蔑まされてきた壱郎は山程浴びせられてきた。今更この程度で喜怒哀楽などありもしない。
「ちょっと壱郎くんっ。タイトルコールは任せたんだから、元気よく言わなくちゃっ」
「あぁ、すまない。でもこのくらいの方が――」
「げ・ん・き・よ・く! ――ここは私のチャンネルなんだから、私に従う!」
「……善処するよ」
どちらかと言えば目の前にいるエリィの方が怖く、彼女の圧に少し首を竦める。
:は?
:舐めてんの?
:はよ謝罪配信しろ
:謝罪は?
:それが謝罪する態度か?
「え? 謝罪配信?」
ふといくつかのコメントが目に止まり、壱郎がPC画面を確認する。
「……タイトルにどこにも謝罪配信なんて書いてないんだが?」
:草
:草
:これは草
:煽ってて草ぁ!
「……っ」
壱郎の天然ボケに一部リスナーから草が生える。ついでにエリィもカメラから顔を背けてプルプルしだした。
確かにタイトル内容は『ふじみ野ダンジョンの振り返り』だが、謝罪するだなんて記載していない。彼は間違ったことを言ってないのだ。
「さて、ふじみ野ダンジョンの深層攻略について語るか。まずはエリィさんと一緒に大広間へ向かったんだよな」
「そうそう。あの時、壱郎くんが――」
と、こんな感じで経緯を思い出すかのように進行していく。時折裏話を入れることも忘れない。
なぜこんな配信をするのか――理由は荒らしへ来たユーザーたちにコメントさせるためだ。
彼らは謝罪配信だと思って、エリィたちの配信を観に来るだろう。
だが……蓋を開けてみれば、本当にただの振り返りするだけの内容。アンチがウィズドットコムのファンであるのなら、なおさら激昂するのが当然。
:つまらん
:くどい
:コメント見ないなら、配信する意味なくね?
:話逸らすのに必死過ぎワロタ
:君ら、配信者向いてないよ^^
:ドブボ
:人殺しを美しい思い出で処理するなよ
当然、このようなコメントが湧き出てくる。低速モードにして連続書き込みできないようにはしているが……それでも過激なコメントは止まらない。
だが、それでいいのだ。それこそが壱郎の狙いなのだから。
「で、モンスターハウスを切り抜けた俺たちは――推定Sランクのモンスター、ジャバウォックに出会った」
配信開始から十数分。とうとう話はジャバウォックに入る。
「……うん、強いモンスターだった。私、手も足も出なかったもん」
「あれは油断してくれてたから勝てたようなものだしな。俺だって一歩間違えれば負けてただろうし」
「でもよかったよ。結果的に私たちは助かったわけだし――ね、ユウキさん?」
:え
:え
:!?
:は?
:え?
「……はい」
と。
エリィがウインクをすると、カメラの前に現れたのは……金髪碧眼の少年。
元ウィズドットコムの木野ユウキである。
「というわけで、サプライズゲスト! 木野ユウキさんです!」
「はい、拍手―」
盛り上げようとする二人だが、コメントはそれどころじゃない。
:うわ出た
:ユウキくん!?
:は?は?は?
:あの時の子だ!
:なんでここにいるの?
:元凶じゃん
:元気そうじゃん。よかった
驚く者、ユウキに対し良くない反応をする者、無事であることに安心する者……誰にも言ってなかったサプライズゲストなだけあり、リスナーたちの反応はまさに十人十色だ。
「なんで彼を呼んだのかは……ただ一つ! 私たちが正式なパーティーに誘ったからです!」
「ユウキは配信者を続けたいらしい。だから、一緒に来ないかって声を掛けてみたんだ」
困惑するリスナーたちにエリィと壱郎が軽く経緯を説明すると、ユウキが一歩前に出る。ここからは彼が語る番だ。
「まず皆さん……ご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ございませんでした」
と深々と頭を下げるユウキ。
「自分たちの軽率な判断でウィズドットコムは解散となってしまいました……完全に自業自得です」
エリィは「別に深く謝罪なんてしなくていいんだよ?」なんて言ってくれたが……こればかりは彼も譲れなかった。
まず謝ることで、自分のファン及びエリィたちのリスナーたちへ誠意を見せたかったのだ。
「それを知っていても、エリィさんと壱郎さんは僕を助けてくれました。あの時、二人が来てくれなかったら、僕はここにはいません。本当に命の恩人なんです」
リスナーたちは今どんな顔をしてるのだろうか。
不安でいっぱいになりながらも、ユウキは自分の伝えたいことを伝える。
「だから――だから、エリィさんと壱郎さんに誘われた時、本当に嬉しかったんです……配信者という機会をくれたお二人に……! みなさん、ハルトくんを想う気持ちはよくわかります。ですが、彼も命を懸けて戦った冒険者、エリィたちに罪はありません……どうか、これ以上荒らすのはやめてください……!」
エリィは壱郎に「心を乱すな」と言っておいたが……ユウキに対しては「自分が思ってることを言っていい」と指示していた。
どんな事情であれ、彼はこの事件を起こした発端でもある。ファンへお願いする時、エリィのリスナーから認めてもらうには……この方法がベストだと思ったのだ。
精一杯頭を下げ……数秒。チラリとコメント欄を見てみる。
:謝れてえらい
:冒険者の自覚があるなら、いいと思う
:ユウキくんがやりたいようにやっていいんだよ
:エリィがOKなら、ワイもええで
:またユウキくんが見られるだけで、こっちは幸せだから!
:山田ぁ!優しくしろよぉ!
「……!」
流れてくる温かいコメント。どうやら彼の伝えたいことはリスナーたちに伝わったようだ。
:は?意味わかんね
「…………」
……だが、全員がそうではないようだ。
:つまんな
:推し辞めるわ。犯罪者の仲間入りじゃん
:結局ユウキくんにとってウィズドムは、その程度だったんだね
:今まで推してた意味わかんなくなった。なんなんこいつ
:さよなら。おかげで夢から覚めたよ
次々と出てくるネガティブコメント。
彼が誠意を示したところで……すぐに受け入れられないファンもいるだろう。そのことは承知済みだ。
――だけど。
「――ここまでユウキさんが頭下げてるのに、尚もそんなコメントできる奴がいるんだな」
壱郎の目がすっと細くなった。
思うこととコメントに打ち込むことは同じようで違う。コメントを送信する際に、一度踏みとどまることができるのだから。
それをわかってて、コメントを書くということは……ユウキの想いを踏みにじった者と判断していいだろう。
「エリィさん、もういいな?」
「……うん、いいよ。もう仕方ない」
:黙ってろ人殺し。とっとと死ね。
「ん、まずはお前からだな」
エリィから了承を得た壱郎はちょうど流れてきた暴言コメントが目に止まると、そのアカウントを選択し――赤いボタンをタップ。
「――はい、独裁スイッチ」
躊躇なくブロックボタンを押した。
途端、そのアカウントがコメント欄から消える。
:は?
:は?
:なにしてんの
「ブロックした。これであいつのコメントは配信に二度と表示されなくなる……あ、今反応したお前たちもさっきから暴言が止まってない奴らだよな? はい、独裁スイッチ」
壱郎の行為に反応したアカウントたちを選択し、一斉にコメントが消えていく。
:消えろ
「お前がそうなるんだけどな。はい」
:死ね
「人に向けて言っちゃいけない言葉だからな、それ。はい」
:つまんな
「それなら別の人の配信を観てあげるんだ。はい」
:こんなことしてもアンチは減らないけど?
「そう、本人が気づかぬうちにブロックされて見えなくなるだけだ。はい」
:人殺しの犯罪者がよ
「殺してないし、今そういうコメントをしてるお前はどうなんだ? はい」
:うわあああああw
:容赦なしで草
:いいぞもっとやれwww
ブロック、ブロック、ブロック。
次々と壱郎の手によってブロックされていき、コメント欄が次々と消えていく。
「お前ら、俺たちが個人勢だからって好き勝手暴れてくれたな?」
阿鼻叫喚するコメント欄を見て、壱郎の目がどんどん冷めていく。
「裁判に出せないから? 個人には何言ってもいい? ……勘違いするなよ。お前らを裁くのは法律じゃない。俺たちだ」
その声は冷静であるものの……明らかに憤ってることがわかっていた。
「……うん、そういうことだから。申し訳ないけど、これ以上過激なコメントは配信主として見過ごせないかな。ブロックさせてもらうね」
とエリィも頷き、落ち着いた口調で説明する。……が、壱郎と言ってる内容が同じであることに変わりはない。
「あと、さっきからだんまりし始めたやつら数名。コメントしなければ、逃げられるとでも思ったのか? ――もう遅いんだよ」
と。
壱郎が後ろに隠してあったスマホの画面を見せる。
「悪いけどさっきまで暴言吐いてた奴ら、全員リストアップしてある。ユウキさんの声はお前らに届いても――お前らの声は一生彼に届かなくなるんだ」
壱郎はそう言うと、ユウキにスマホを渡した。
「はい。こいつらをどうするかは――君が決めるんだ」
「…………」
スマホを渡されたユウキはじっとアカウント名を確認する。
「……みんな僕のファンだね。いつも配信に来てくれてた名前ばっかだ」
「そうなのか」
「なら――なら、僕がやらなくちゃだよね」
彼は迷わなかった。
リストアップされたアカウントを、一つ一つ選択していく。
:やめろやめろやめろ
:ブロック!ブロック!
:いいぞw
:やっちまえ、ユウキ
:盛 り 上 が っ て ま い り ま し た
:死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
:ごめんなさい、許してください
:ボタンを押すんだユウキ!
:一生恨んでやるからな
:自業自得だな。遠慮することないぞ
:こんなことをしてただで済むと思うなよ
「……みんな、ごめんね。でも僕もこれはないと思った、から」
「別に俺たちのことをなんて言おうが、知ったこっちゃないが――お前らはこれから、誰からも見向きされず一人で叫ぶことになるんだ」
途端に謝ってくる者、尚も罵倒する者。
反応は様々なものだが……ユウキは容赦なく赤いボタンを押した。
「あぁ、最後に一言――手を出したお前らが悪い。ざまあみろ」
「――ど、独裁スイーッチ!!」
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