第19話 Lv.1 vs Aランクモンスター take2

「【インパクト】!」


 先手を打ったのはエリィ。

 スキルを発動し、一気にレッドミノタウロスへ肉薄した。


 ――そのスキル、移動にも使えるのか。


「――はぁぁぁあああっ!」


 勢いに乗せ、大剣を振りかぶる。

 エリィの斬撃は見事ミノタウロスへ命中……だが浅い傷を残しただけであり、大したダメージは入ってない。


 ――それも計算済み!


 エリィはくるりと振り返ると、再び大剣を構える。

 今のは出力30%。相手の後ろに回り込むためであり、本命の攻撃はこの次。


 ――出力70%!


「【インパクト】!」


 今さっきみたいな速さだけではない、重い一撃が見舞われる。

 いつもならこの戦法で大抵のモンスターは落とせるのだが……。


「ヴォォォオオオオオッ!!」

「っ!」


 相手はAランクモンスター。エリィの攻撃を受けながらも、咆哮を上げて攻撃体制に移る。

 相手が倒れないことを確認したエリィは即座にバックステップ。ミノタウロスから距離を取っていく。


 ミノタウロスは斧を構え、エリィへ突撃の体制を構えた。

 だが、その行為が命取り。


「させんよ?」

「――ォォォオオッ!?」


 すかさず懐まで間合いを詰めた壱郎がミノタウロスの腕にアッパーを放つ。

 その一撃だけで、斧を持っていた腕ごと天井へ突き上げられた。


 ――今!


 武器を失った今が好機。エリィは片腕のなくなったミノタウロスへスパートをかける。


「っだぁぁぁあああああ!」


 エリィは大剣を思いっきり振りかぶると、思いっきり首筋に向かって横薙ぎを入れた。

 だが……刃は貫通せず。ミノタウロスの首に突き刺さったものの、決定打になり得ていない。


 一旦退くか――エリィが体勢を整えようとしたその時、後ろから声が聞こえた。


「エリィさん、そのままスキル発動。フォローする」

「――っ!」


 迷ってる暇などなかった。今は戦闘中、一瞬の隙が勝負を分ける。


「【インパクト】っ!」


 ――【酸】!


 エリィの大剣が動く直前、壱郎の手が素早く動いた。

 透明の液体がミノタウロスの首筋に横一本の線となってかかる。瞬間、硬質な皮膚から僅かに煙が噴き出してきた。

 その線をなぞるようにして、エリィの大剣はいとも容易くミノタウロスの首を斬り裂いた。


「ヴォ……オッ……!」


 もうミノタウロスは叫ぶことすらできない。

 頭部を失ったミノタウロスの巨体は後ろへ倒れ込んだ。


「はぁっ……はぁっ……よっし!」


 息を荒くしながらも、エリィは渾身のガッツポーズを取る。


「どうよ、みんな! 壱郎くんとならAランクモンスターなんてこの通り! いぇーいっ!」

「あ、うん、いぇーい」


 テンション高めのエリィとハイタッチ。


:SUGEEEEEEE

:無傷やば

:はっやw

:単騎でも早すぎる

:エリィLv.50台なのに赤ミノ楽勝やん!

:Lv.70台の冒険者涙目やろこれ


 対するリスナーも称賛の嵐。どうやら今の戦闘は相当見ごたえがあったようだ。


 だが……そんな中、壱郎は少しばかり首を横に捻る。


 ――どうしてここまで褒められるんだ……?


 なんて疑問に思うのも束の間、すぐに理由を閃く。


 ――そうか、俺がLv.1だからみんな褒めてるわけだ。普通ミノタウロス一体倒したくらいじゃ、ここまで褒められないもんな。


 彼は知らない。今倒したレッドミノタウロスは推奨Lv.75の強敵。大抵の人は勿論、ソロで敵う冒険者など数多くないということを。


「さぁーて、回収回収っ。レッドミノタウロスの角はかなり貴重なんだよねぇ」


 嬉しそうにエリィがレッドミノタウロスの頭部から角の剥ぎ取りを始める。


「エリィさん、その角は何に使うんだ?」

「んー? そうだね、装備や武器に使われるんじゃないかな? 私には不要だけど」

「……じゃあなんで剥ぎ取りする必要があるんだ?」

「高く売れる」

「なるほど、それは重要だ」


 欲望に素直なエリィの理由に、壱郎は大いに納得した。


「さて、と……さっきの地震、なんか心当たりがありそうだね壱郎くん」


 エリィはレッドミノタウロスと出会った時の壱郎が言っていた台詞を思い返す。

 想定外の敵と遭遇した際、彼はどこかわかりきったような反応をしていた。何か考えがあるのだろう。


 壱郎は「あぁ」と頷く。


「もう一回、探知してもいいか? それで大体説明がつくと思うんだ」

「ん、いいよ」


 エリィが了承したのを見ると、そっと手を地面に置いて探知を行う。


「……やっぱり」

「?」


 数秒後、探知を終えた壱郎は紙に地図を書いていく。

 最初こそ疑問符を浮かべていたエリィだが、地図が完成していくにつれて違和感に気づいた。


「あれ……最初の地図と違うね? 間違ったの?」


 そう。壱郎が最初に書いてくれた地図とまるで違うのだ。一回目の地図を頼りにしてきたから、最初の道は間違ってないはずなのだが……二人が歩いてきた道すらも形が全く異なっている。


「間違ったんじゃなくて、変えられたのさ」

「変えられた……?」


 いまいちピンと来てないエリィに壱郎は丁寧に説明していく。


「少し変だと思わなかったか? ダンジョンにしては道が整いすぎてる」

「そういえば……なんていうか、人工的だったような」


 以前の配信で『なんかダンジョンっぽくない地図』というコメントがあった。これは道が整いすぎていて、自然でできた道らしくなかったからだ。


「まぁ俺の推論なんだが……このダンジョン、道を分離して移動することができるんじゃないか?」

「ぶ、分離? そんなことできんの?」

「あぁ。この道の幅と高さ、ほぼ一緒だろ?」

「…………。……あぁー。そんな気がするような、しないような?」


 目視だけでは判断できず曖昧な返答をするエリィ。しかし壱郎がそうだと言ってるのだから、きっとそうなのだろうとわかったフリをしておく。


「これを奥行まで同じ長さに分離してしまえば立方体になるだろ? つまり細かく分離して、別の道を作ることができる。この壁の向こう側は空洞なんじゃないかな?」


 コツコツと壱郎がダンジョンの壁を叩く。分厚い壁なのだろう、空洞だとしても音が反響しない。


「な、なるほど……つまり、えーっと……」


:スライドパズルみたいなもんか


「――そう、スライドパズル! このダンジョンはスライドパズルみたいな構造をしてるってことなんだね?」


 ――あ、コメント見たな今。


 明らかにコメント欄の方をチラ見していたエリィに壱郎は勘づいたが……コメントを拾うこと自体は悪くないので、何も言わずにコクリと頷く。


「そして、今俺たちがいる場所はここ」

「ふんふん」

「ここから一本道に変わっていて――絶対にこの部屋を通らなくちゃいけない」

「ふんふん……ん?」


 壱郎の説明に頷いていたエリィだが、彼の指した部屋に少し違和感を覚える。

 そこは大きな間取り。通路に対して5倍はあるであろう広さの正方形の部屋。その妙に象られた部屋を見て、少し……いやかなり嫌な予感がしたのだ。


「……壱郎くん、さっきモンスターが集結してる場所があるって言ってなかったっけ?」

「あぁ、言ったな」

「その数ってわかる?」

「15……いや16だな」

「それって全部Aランクモンスターだったり?」

「まぁ……気配を察する辺り、Cランクモンスターとかじゃないな」

「ちなみに16体も集まれる場所ってさ、相当広くないとじゃないかな?」

「そうだな」

「………………この部屋が、そうだったり?」

「あぁ、そうだったりするな」

「世間一般的に、それってモンスターハウスって呼ばれてたり……?」

「そうなんじゃないかな?」

「…………」


:\(^o^)/オワタ

:はい積み

:マジ?

:おいおいおい

:今回は引き返しても、ええんやで……?


 まさに絶望的状況とはこのことだろう。エリィだけではなく、コメント欄もその過酷さに気が付いている。


「……もっかい、地震待ってみるのってアリ?」

「可能性はなくはないだろうが……いつになるかわかんないと思うぞ?」

「…………」

「それに、迷い込んだ三人組のことも心配だしな。あまり時間はかけられない」


 壱郎の言う通り、三人組と合流するには早めに動いた方がいいし、逃げられるわけがない。

 どうやら攻略を進めていくにはこの道を行くしかないのだ。


「あと、モンスターハウスでの戦闘は割と見せ場になると思うんだが……」

「――!!」


 ――配信において見せ場は重要! しかも、いつもの倍以上の同接なら……尚更!


 配信者命のエリィの心に闘志が灯った。


「すぅー……はぁー……」


 ゆっくり深呼吸すると……エリィは覚悟を決める。




「や、や、や――やってやろうじゃんかぁぁぁあああああっ!!」


 若干震える手を抑え、いざエリィたちはモンスターハウスへと挑みにかかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る