寝取られ上手の俯見さん
大いなる凡人・天才になりたい
第1話
§
放課後、人混みに添って下駄箱まで向かうと、そこで友達の山本翔くんと別れる。
「今日は図書委員だっけ?」
翔くんは言うので、僕は頷く。
「そっか、頑張れよ」
と言ってくれるから僕も、
「翔くんも部活頑張って」
すると彼は「おうっ」と快活に返事をすると、軽く手を振ってから背を向けるので、僕もそれに応えてから図書室へと歩を進める。
水曜日の放課後は図書委員の仕事だ。帰宅する生徒たちを尻目に、委員会の仕事で図書室へと向かう。
階段を上がって三階に向かうと、廊下の突き当たりに図書室はあった。 引き戸を開けて中へ入ると――、
「あ、おはようございます周くん」
同じ図書委員の俯見己影さんがカウンターに座り、受付をしていた――彼女とは別クラスで、図書委員以外で接点を持たないので、今日が初顔合わせとなる為、僕も同じように「おはよう俯見さん」と応え、彼女の隣の席に着きカバンを床に置いた。 僕が一息吐くと俯見さんは、
「今日もきっと、暇なんでしょうねぇ」
独り言のように呟く。
辺りを見渡せば、僕たち以外に誰もいない。図書室は閑散としていた。うちの図書室の利用率は毎年課題になっているようで、閑散とした図書室は日常の風景だった。
「んんー」
おもむろに、俯見さんは天井に両手を伸ばして、大きく伸びをした。
すると胸が反り、大きな胸がさらに強調されて見えた。
無防備にも手を上げ、脇を広げる俯見さんの仕草はまるで「どうぞ胸を揉んで下さい」と主張してるかのようだった。
揉んでいいなら是非、揉みたい。
高一男子にとって俯見さんのおっぱいはあまりに魅力的で、悪魔的だった。アダムとイブがかじった禁断の果実のような、抗い難き魅力を放っていた。
あまりに脇が甘い彼女に僕は、居たたまれない気持ちになる。・・・・・・これは、試されているんだろうか。
俯見さんは僕と同じ陰キャで人付き合いが希薄な事から、自分の容姿に反して周囲の視線には疎い。
彼女は内向的な性格もあって、あまり目立たないけれどとても美人だ。 目鼻立ちが整い、肌も透き通ってて、背まで掛かる黒髪はサラサラしてる。
そしてなにより、胸が大きい。
大きいのだ(大事な事なので二回言いました)。
胸の大きさは自信の大きさと言っても過言ではないほど、女の武器となり得る。
胸が大きければ自信になるし、自信があれば胸を張って堂々と振る舞えるし、胸を張ればさらに胸は大きく見えるし、そうすればさらに自信が漲る。
自信があれば人は無敵だ。
怖いものなんてない、自信があれば人は空も飛べるしロケットで宇宙へも行けてしまう。
そんな自信増進装置である天賦の恵体を持ちながら、俯見さんはなぜか陰キャで根暗で人見知りだった。
俯見さんを見ると、誰にも気付かれず埋もれている才能というのは、この世にはまだまだあるのかもしれないと思う。
才能を無駄にする事は社会の損失だという言葉があるけれど、でも僕は、俯見さんには埋もれたままでいて欲しいと思う。
このまま誰も、俯見さんの魅力には気付かないままで、僕だけがそれを享受出来たらいいのに――「っ・・・・・・」
途端、僕は気恥ずかしくなって思考を止める。
俯見さんの事を考えると、僕の頭は浮ついた想いに引き寄せられてしまう。
僕は気を取り直して、彼女の独り言に返事を返す。
「暇な方が楽でいいけどね」
図書委員の言う事ではないと思うけれど、暇に越した事はない。
うちの図書は、流行した作品でもそう多くは取り揃えてくれなかったり、娯楽性の高いものは置いてくれないので、あまり魅力的なラインナップとは言い難い。それが利用率の低さなんだろう。
それもあってつい先日、委員会議で図書室利用率アップのアイデアを募る事となった。
僕は会話の糸口にその事について俯見さんに話を振ってみる。
「俯見さんは委員会議のアイデア、もう考えてる?」
すると彼女は「一応」と前置きを入れた。
「ラノベや漫画を取り扱うのはどうかなって思うんですけど」
「あぁ、それね。僕もいいと思う、」けど、そういうエンタメ色の強いものって教師から理解を得づらいのが現状なんだよねぇ。
「ですよねぇー・・・・・・ラノベや漫画にもいいものはあるのにっ」
そう言って声を上げるので僕は相槌を打った。
俯見さんは僕と同様、アニメや漫画、ラノベなどの文化を愛するオタクだった。
僕らが仲良くなったのは、この共通点があったからだ。
――図書委員を初めてすぐの事、皆で集まって自己紹介を行った際に、それぞれ好きな本や漫画などの紹介を発表する機会があったのだけど、大体の生徒は、別に本が好きで図書委員に入った訳ではなかったようで、好きな本と言われてもワンピースとか進撃の巨人とかスパイファミリーとか有名どころの名前を挙げるだけで、しかもそれだって漫画よりアニメが好きみたいな感じの有様だったのだけど、その時、俯見さんは『羽海野チカ』さんの名前を挙げたのだった。
好きな本を答えるのに、作家の名前を答えたというのもあるだろうけど、僕は彼女に意識が向いた。
作家名を答えるところに、他の人とは違う熱意の量を感じたのだった。 近年、電子書籍が主流になった事で作家名とタイトル名が一致しない現象が起きているらしいけれど、それは一重に、物語を作る作家像みたいなものに興味を示さない、ライトユーザーに起こりがちな現象のように思う。
だから、作家名を答えた彼女は、作品に対しても、その作り手に対しても興味の度合いが強い事を示していると言えるだろうし、だから僕は、彼女に興味を持ったのだった。
それと、彼女の雰囲気と『羽海野チカ』さんの作風イメージが、個人的にはしっくりきた。
好きなものでその人の傾向を理解したつもりになるのは傲慢な考えだろうけど、その一端だけでも垣間見る事は出来ると思うし、僕は彼女を『羽海野チカ』さんと連想して、家庭的で優しい人、というイメージを思い浮かべた。
そしてそれは、仲良くなるにつれ、正しかった事を知る。
周りからはツッコミを入れられ、俯見さんは恥ずかしそうにしていたけれど、でもあの時の自己紹介というキッカケがあったから、僕はそのキッカケをフックにして彼女に話しかける事が出来たのだ。
アニメや漫画について掘り下げて語れる友達がクラスにはいないので、俯見さんは唯一のオタク友達、ないしはオタク仲間だった。
「最近じゃあ、漫画を置いてる学校も少なくないって聞くし、そういう前例を引き合いに出せば、もしかしたら検討してくれるかな」
「だといいですね! 私は3月のライオンを推したいです!」
声高々に俯見さんは言う。一応ここ、図書室なんだけども。
僕は苦笑しつつ共感を示すと、俯見さんは僕に質問を向ける。
「周くんはなにか考えてます? アイデア」
そう聞かれて、僕も「一応」と答える。
と言っても俯見さんと同じようなものだ。
「僕は、原作小説が漫画になったものとか置けないのかなぁ、って思うんだよね」
たとえば『住野よる』さんの『君の膵臓をたべたい』や『か「」く「」し「」ご「」と「」』であったり『辻村深月』さんの『かがみの孤城』や『スロウハイツの神様』など文学作家の小説がコミカライズされているけれど、文学小説をコミック化したものであれば、読書の入門という大義名分を立てる事で採用してもらえる可能性はあるんじゃないだろうか。
「なるほど、それはアリですね。住野さんは本屋大賞に受賞してますし、辻村深月さんに至っては直木賞作家ですから」
「まぁ、ただの思いつきだけどね」
通るかどうかは分からない。でもやっぱり、漫画を置くのはハードルが高いかもしれない。
僕らは図書課題についてひとしきり話した後は、話題を変えて別の話題へと転ずる。そうして途切れる事なく話題を転々としながら、気付けば下校時間を迎えていた。
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