第9話 のこぎり制作

 翌日鏡はクォールの工房へ行き、のこぎりの製作に入った。猛るような熱が渦巻く工房。その中で鏡はファイアークリスタルによって燃焼を強め、更に強く火を焚く。このクリスタルは鏡の物ではない。クォールが使いたかったら自由に使えと鏡に渡した一品である。


 パチリと火が爆ぜて、鏡は炉がベストな温度になったことを確認すると、炉で鉄を溶かして型の中へと流し込んでいく。


「おおっ、今度はどんな物を作るのか」


 工房で別作業をしていたクォールは鏡の仕事を見て心を躍らせる。型へ流し込んだ鉄が冷えて、木型を開く頃にはのこぎりの形になっている。


 出来たのこぎりの刃を休ませる為に鏡は台の上へ置いて冷やすと、暫く時間が経つのを待ってから刃に廃材で作った持ち手を付ける。


 留め具の箇所に溶けた鉄を流し込み、のこぎり自体が完全に冷リリーのを数日待って鏡はのこぎりの刃を鉄ヤスリで研いでいく。


 煌びやかに光る鈍色の刃はまるで刀剣のようだとクォールは感想を抱く。手を当てれば切れてしまいそうな刃に圧倒されるようにクォールは手を翳して見やる。


「おおっ……なんたる神々しさ……最早のこぎりとは思えん。これはまさに神剣の類」

「ははっ……」


 かなりのオーバーな表現を聞いて鏡は乾いた笑みを浮かべる。のこぎりを神剣と言われたことが嬉しくもあり気恥ずかしさもあった。


 徒弟も出来上がったのこぎりに対し手を前に翳しながら観察する。鏡は休憩をする為に工房の隅に置かれている椅子に腰を掛けて水を飲む。


「ふうー。これで修繕にいけるかな」

「おーい、キョースケ、ちょっとこれで木を切ってみてもいいか?」


 休憩を挟んでいた鏡にクォールが声を掛けてくる。どうやら彼は出来上がったのこぎりにご執心のようだと思うと、鏡は嬉しくて首を縦に振る。

「よーし、切ってみるぞおー!」


 クォールはにんまりと頬を緩めると、外へ廃材を取りに行く。廃材を取ってきた彼は台の上で木を固定して切る準備を始める。


 そこでクォールが気がついた事がある。それは刃が上下に二枚ある事であった。

「そういえば、この細かい刃はなんに使うんだろうな」


 大きく枝分かれした刃と、小さく枝分かれした刃を眺めるクォールを見てから鏡は腰を掛けている椅子から立ち上がって助言をする。


「えーと、大きな刃は後で使って下さい。まずは小さな刃を木に入れて切りやすくして、そしてその後に大きな刃を入れて切ります」

「ほうー、二段構えの刃という訳か」

「先に大きな刃で切ると、どうしても切りにくいなどがありますので」


 木を切ろうとしているクォールの隣に鏡は立って助言をする。彼は鏡の助言通りに最初に小さな刃で木に印を付けるように切っていく。


 自分たちが使っていたのこぎりとは比べものにならない程の感触で木を切るのこぎりに彼は感激をする。


「おおっ……なんと切りやすい。まさに神の刃」


 木から木片が零れ、地に溜まる。木片の粉が舞い散るのを鏡は眺めると今度は粉塵マスクが必要だなと考えた。


 今度というより、こののこぎりが完成した時点で家の修繕に入ることになるだろう。家の修繕は木の粉が舞い散り、体に悪い。そう考リリーと鏡はこの後にぼろ切れを再利用した粉塵マスクを作ろうと心に決めた。


「そこら辺で大体大きな刃を入れます」

「そうか、よし!」


 クォールは新しいおもちゃを与えられた子供のように頷くと上下の刃を変えて切り始める。

 ギコギコという木が裁断される音が鳴り響く。腕をしならせ切る様は本当に男らしいものだと鏡は素直な感想を抱いた。


 暫く切ると、コロン、カフーラルという音を立てて裁断された木が地面へと落ちる。そんな木の断面を眺めてクォールは大きな息を吐く。


「なんとも素晴らしい切れ味、そしてこの滑らかな断面。紛う事なき良品だ」

「ありがとうございます。そう言っていただけると嬉しい限りですな。よし、これで修繕計画に入れます」

「おおっ、そうかそろそろなのか」

「はい、大体の部品や道具は揃いましたので、そろそろやろうかと」

「わくわくするな……」


 先祖代々から受け継がれてきた家をこの男はどのように変えてくれるのか非常に興味がある。この仕事ぶりから察するに決して下手なことにはならないとクォールの勘が告げていた。だからこそ心が躍る。


 感無量な気持ちになり、彼は鏡の肩に手を置くと力を込める。


「よろしく頼むぞ。俺たちも手伝うから」

「はい、ご期待に添えるように頑張ります」


 そして鏡とクォールは力強い握手をする。もう言葉はいらない。あるのはお互いの信頼感のみ。鏡は彼の気持ちに応えたかのように大きく頷くのであった。


 火が爆ぜて粉が舞い散り、互いの視線が交錯した後に、各々は自分たちの仕事へ戻るのであった。


 こうしてクォールの家の修繕へと入るのであった。

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