婚活令嬢荒野を行く!

初瀬 叶

第1話

「グリンダ……またダメだったよ」

申し訳なさそうに言うお父様のこの顔を何度見た事だろう。正直、見飽きた。


「そうですか。仕方ありませんね。さて!気持ちを切り替えて、次ですわ!次!」

私は努めて明るくそう答えた。実際は凹んでいる。

通算十五回。私が縁談を断られた回数だ。


いや、前世から数えると、既にもう三十回を超えている。


父は


「我が家は名家……とまではいかなくても、そこそこ歴史もあるし、金もある。何でなのかなぁ……」

と首を傾げているが、それが私の傷に塩を塗る行為になっている事に気づいていない。追い打ちをかけるのは止めて欲しい。心の傷がえぐられる。


そう、我がチェスター伯爵家と縁付く事は、喜ばれこそすれ、嫌がられる事は考えにくい。……という事は私本人に問題がある……という事だ。

……あ、泣きそう。




私には前世の記憶がある。よくラノベでみられる所謂、転生令嬢だ。

前世でも婚活に誠心誠意尽くしていたのだが、実を結ばなかった。

この世界で伯爵令嬢に生まれ変わった私は、正直喜んだ。だってこの世界なら、家柄さえ申し分なければ、気持ちなんてなくたって結婚出来ると思っていたからだ。

容姿だって別に悪いわけじゃない。上の下といったところだし、美容には気を使っている。その上教養だってある。

これだけのスペックがあれば、引く手あまただと思っていた……のにこのざまだ。



「は~~ぁ」

と言う私の大きなため息に、


「僕の可愛い妹の良さがわからない男なんて、こっちから願い下げだよ」

とシスコン気味の兄が私の頭を撫でながら慰めてくれているが、そんな事で私の気分が晴れる事はない。


兄には立派な婚約者がいる。私の気持ちなど分かるものか。


「お兄様……。そんな贅沢を言っている場合ではないのです。私、切羽詰まってますのよ?」

と私が口を尖らせれば、  


「別に結婚しなくたって、ずっと僕がグリンダを守るよ。安心して」

と言って私の額にキスをする兄に、心の中で『シスコンめ』と悪態をついた。


「お前、また王宮の夜会に参加しないつもりか?」

私の頭を抱き締める様に愛でていた兄は、ふと思い出した様にそう言った。


「ええ。王宮の夜会は殆どがパートナーの居る方々が参加されるものですし、丁度その日はロウ子爵の御子息と顔合わせですの」

と私が答えれば、


「ロウ子爵の?珍しいな、王都へ出て来るのか?」


「いえ、私の方が訪問する予定ですの」


「は?ロウ子爵の領地まで?片道三日はかかるだろう?」


兄が驚くのも無理はない。ロウ子爵の御子息、イーサン様が御歳二十九歳にして独身なのは、前世の言葉で言う所の陰キャのコミュ障だからだ。しかし、顔は良かった。姿絵で確認しただけだが。


「ええ。ちょっとした旅行だと思って楽しもうと思います」


「いやいや、あそこまで行くのに、結構荒れた地を通らなければならないぞ?」

と言う兄に、心の中で『知ってるわよ!そうでも思わなきゃやってらんないの!!』と叫びたくなる気持ちを私は飲み込んだ。


「グリンダ……そんなに焦る必要はないだろう?確かにもうすぐ二十歳。学友だった皆はもう結婚している者が殆どだろうが、そんな事は気にするな。イーブン・ロウなんて奴に嫁いだら、もう王都に帰って来られないだろう?グリンダはお兄様と離れても平気なのか?」

……兄は私に喧嘩を売っているのだろうか?


「お兄様、イーブンではなくイーサン様ですわ。もちろん結婚する事になったらロウ子爵領に骨を埋める覚悟でおりますもの」

とにっこり笑うと、


「そんな……。お兄様と一生会わなくても良いなんて……そんな」

と大袈裟によろける兄にイラッとするけど我慢する。より一層面倒くさい事になるからだ。


「お兄様……縁談が決まってから心配して下さい。……また断られるかもしれないのですから」


これが一番怖いのだ。いつも顔合わせまではいくのに、何故か会った途端に断られてしまう。最近では釣書すら届かない……。

やはり私に問題があるとしか……思えない。


「……分かった。可愛い妹の為にお兄様も祈るよ。今度こそ決まると良いな。そうか……じゃあ今回も夜会は欠席だな。……サイモンも久しぶりに会いたがっていたがな。デビュタント以来だろ?」

と言う兄に、


「確かに王家主催の夜会にはデビュタント以来出席しておりませんね。でもサイモン殿下が私の事を覚えているとは思えませんわ」



兄が気軽に『サイモン』と呼び捨てにしている相手はこの国の王太子殿下だ。兄とは学友で現在二十三歳。何故かまだ婚約者が居ないのだが、兄曰く『選り好みし過ぎだ』との事だ。

しかし、同じく婚約者が居ないという共通点があったとしても、あちらは王太子、私はただの伯爵令嬢。私と殿下には埋まらない差があるのだ。

向こうは選り好みしているのかもしれないが、私は必死。必死に婚活しているのに成果が上がらないだけだ。



「では行って参ります」

と馬車に乗り込む私に、


「気をつけてね、グリンダ」

と母が笑顔で手を振ってくれた。


兄は婚約者の所へと行っているらしい。……仲のよろしい事で。

兄はあと半年で結婚式だ。出来る事ならそれまでに私も決めてしまいたい。……焦りは禁物?そんな言葉は聞き飽きた。



私は笑顔で、見送る母に手を振りながら、イーサン様に好かれるには……と頭で色々と考えを巡らせていたのだった。


兄の言っていた通り、ロウ子爵領までの道のりは、なかなか険しいものだった。


一日目の宿までは良かった。しかし二日目からはかなり過酷な旅となった。


「痛たたた……」

とお尻を擦る私に、侍女のリリーは


「悪路でしたねぇ。腰まで痛くなりましたよ」

と顔を顰めた。


昼食で休憩を取ろうにも、適当な店もなく、乾いた大地に敷物をしいて昼食を頬張る。


「キャッ!」

風が吹けば、敷物の上は砂だらけ。木陰も見つからなかった為、日傘はさしているが、暑くて汗でベトベトの身体に砂が張り付いた。


あぁ……婚活とは修行の様だ。

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