私と竜は善悪の彼岸を走る。

@nanactan

英雄と白竜1

 ――しつこく追撃してくる帝国艦隊の推定戦力はおよそ二〇〇〇。


 高速巡洋艦アハトアハトを旗艦として、駆逐艦3、フリゲート艦4の編成だ。どの艦も新鋭艦で、乗組員の練度も高い。疾風怒濤を謳う国境警備隊らしい機動力で着実に追い詰めてくる。


 狭い山あいに追い込まれた教国軍の戦力は、聖竜騎兵1、魔導竜騎兵2、結界竜騎兵2、装甲竜騎兵6。その戦力はわずか八〇〇と、帝国艦隊の1/2にも満たない。まともな司令官であれば撤退すらあきらめて降伏するところだ。しかし、竜にまたがる兵たちの表情に絶望の色はない。


 山脈の陰から巨大な影―――アハトアハトが現れると、白い竜にまたがる聖騎士は旗を立てた。地に伏した赤い鳥が空を恨めしそうに見上げながら、破れた翼を今まさに羽ばたかそうとするその図形こそ――『不死鳥分隊』の紋章である。


「いくぞ、馬鹿者たち! ――後ろは見るな、ただ前を見据えろ!」


 そうおたげびを上げたのは、先頭を行く『毒食らいの聖騎士』である。その勇ましい声に後押しされて分隊の兵たちは手綱を強くひいた。二手に分かれて脱兎のごとく逃げだしたかと思いきや、くるりと旋回して敵艦に迫る。


 まさかの突撃に敵艦隊はたしかに動揺したようだった。しかしそれは一瞬だけのことで、すぐに砲弾の雨を分隊に浴びせる。通常弾ではない。近接信管が内蔵された炸裂弾だ。直撃せずとも竜騎兵のそばで爆発を起こして、鋭利な破片を広範囲にばらまく脅威の兵器である。


 機動力に優れる竜騎兵に通常弾はまず当たらない。敵艦隊の攻撃は、定石どおりの炸裂弾による面制圧だった。だが、不死鳥分隊もそれは十分に理解している。炸裂弾は攻撃範囲にこそ優れるものの貫通力にとぼしい。防御結界さえ展開すれば、豆鉄砲に等しいのだ。


 しかし、なぜか分隊はその防御結界をまったく展開していなかった。それどころか、分隊に配置されていたはずの結界竜騎兵二騎の姿がない。まさかすでに撃墜されたというのだろうか。


 雨あられと降り注ぐ炸裂弾のかけらを翼や胴体に食らって、飛竜たちが甲高い悲鳴を上げた。だが幸運にも負傷者はまだ出ていない。


 だが防御結界なしではそう長くはもたないだろう。いくら強固な鱗をまとった飛竜とはいえ、翼膜は薄くもろい。そこに穴があけば機動力がぐんと落ちてしまう。動きが鈍ればそこで終わりだ。飛竜など一撃で消し飛ばしてしまうアハトアハトの主砲が、いまも虎視眈々と分隊を狙っているのだから。


 絶望的な戦況を何度もくつがえした『毒食らいの聖騎士』といえど、この状況はあまりに不利に思えたが――


「腹の下にもぐれ!!」


 聖騎士を先頭とした不死鳥分隊は急に高度を下げた。艦隊の底をなぞるように、敵艦隊の下を一気に通り過ぎていく。不意をつかれた敵艦隊は散発的な砲撃をくわえつつも、いささか愚鈍な動きでそれを追って左へと旋回し始める。


 そのときだった。


 切り立った山脈の向こうに立ち込めていた暗雲から、突風が吹きつけはじめた。


 ――山脈に遅い春の訪れを告げる、花起こしと呼ばれる季節風である。風は山脈の複雑な地形によってかき回され、乱気流となって分隊を襲った。先頭の聖騎士が吹きとばされ、後続の竜騎兵たちも散り散りになっていく。


 だが、それを楽しむように笑う者がいた。聖騎士のすぐ後ろを飛ぶ装甲竜騎兵だ。まだ若いその従騎士――ニコラは、陶酔するように言った。


「――すごい……!! 聖騎士さまの言ったとおりになった……!!」


 ニコラは突風に振り回されつつも、背後をみやった。


 ゆっくりと旋回していたアハトアハトは横腹に突風を受けて、たまらず急旋回用のスラスター噴射機を停止させた。無理に逆らえば船体がぽきりといきかねないからだ。


 アハトアハトはそのまま風に身を任せて逆方向――左に旋回し、分隊へと艦首を向けるつもりのようだ。


 だが、それは大きな誤りであった。いつのまにか艦隊の腹の下に張り付いていた二名の結界竜騎兵が、大きな法杖を振りかざす。透き通った水晶のような壁――二重の防御結界が、旋回するアハトアハトの船尾のとなりに現れた。


 そこに尾をぶつけると、アハトアハトはギギギギィイ――と鋼鉄の悲鳴をあげた。さらに風が押し寄せ、船首は左へ左へと押される。だが船尾は結界に当たってしまってそれ以上は動かない。


 するとどうなるか――?


 明白だった。アハトアハトは尻を起点としてぐるぐると回りはじめ、制御を失ってしまう。竜騎兵のひとりが「ひゅう!」と口笛を吹いたときには、ねじが外れたプロペラのように回転しながらを山肌へと堕ちていった。


 分厚い装甲が山肌に当たり、ぐしゃりとゆがんだ瞬間、いくつもの爆発がおこる。艦内の弾薬庫に引火したのだ。 


 もくもくと上がる黒煙を見て、白竜に乗った聖騎士がぽつりとつぶやいた。


「――ふん。運のいい船だ」


 それ以上の爆発が起こらなかったところを見ると、アハトアハトに浮力を与えている『龍骨』に損傷はなかったようだ。


 これなら乗組員も大半が助かるだろう。


 そう聖騎士が判断したとき、がまんならぬと一隻の駆逐艦が前にでてきた。主砲から拡散弾を矢継ぎ早に撃って一矢報いようとするが、砲弾は分隊までとどいていない。射程外である。


「よほど頭にきているのでしょうか。錯乱しているみたいですね。――いかがなさりますか、聖騎士さま」


 そう従騎士にたずねられると、聖騎士は兜のバイザーを下ろした。


「ついでにもらっていくか。――そこでしっかり見ていろ、ニコラ!」


 聖騎士はそう不敵に笑うと、駆逐艦へと向けて単騎で突撃をしかけた。竜が翼をたたんで強襲の姿勢を取ると、聖騎士は十字架のような聖剣をかまえる。人間が扱うにしてはあまりに大きすぎる剣――聖騎士の証である『聖剣フルンティング』である。


「一騎討ちと洒落こもうじゃないか!」


 ぺろりと唇の端を舐めて姿勢を低くする聖騎士。至近距離からの飽和攻撃を幾度もうけるが、練達の結界竜騎士が二人がかりで展開した結界はびくともしない。突破できるとすればアハトアハトの主砲だけだが、すでにその巡洋艦は地に堕ちている。


 ――聖騎士の突貫を止めれるものは誰もいない。


「行くぞリリフロラ! ――飛べ、彗星のごとく!!」


 白竜リリフロラはその呼びかけに答えるように翼をはためかせる。ぐんともう一段加速した竜と聖騎士は一体となって、駆逐艦に正面から迫る。


「――はしれッ!!」


 駆逐艦とすれ違おうとするまさにその刹那、聖騎士は光の柱と化した剣を振りぬいた。手ごたえありと後ろを振り返ったときには、すでに駆逐艦はまっぷたつにされて高度をどんどん下げはじめている。そのままきれいに堕ちていくかと思われたとき、ずどんと大きく爆ぜた。龍骨が折れて、中身に引火したのだ。


 まだ原型をとどめているアハトアハトとは違って、駆逐艦の最期は悲劇的なものだった。爆発が起こるたびにふたつによっつにと砕けて、その断面からは無数の命がぼろぼろとこぼれ落ちていく。


 ……乗組員は助からんな。


 聖騎士は駆逐艦を最期まで見届けると十字を切ってから、聖剣を天高く掲げた。


「――次は誰だ! 我こそはと思う者がいれば、前に出るがいい!!」


 旗艦のみならず駆逐艦をも失った敵艦隊は、すっかり戦意を喪失したようだ。無防備な尻ををこちらへと向けて、なりふりかまわず敗走の途についている。


 わっと歓声があがる。兵たちの勝どきだ。


 まさに奇跡的な勝利であったが、それを奇跡だと口にするものはひとりとていない。なぜなら彼らはこの奇跡に匹敵するような大勝利を幾度も経験してきたからだ。


 ――従騎士のニコラは太陽を浴びて神々しく輝く聖騎士の姿を見て確信を深める。たとえ辺境の地に追いやられたとしても、不死鳥はいまだ翼を失っていないのだ、と。

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